008 迎え
フィリエルの顔が頭を過る。彼女が私に真意を確かめるために会いに来たのかもしれない。
レンリはお兄さんと連絡を取っているのだし、ラシュレ家の力を使えば探し出せないことはないかもしれない。
でも、会ってどうしたら良いのだろう。
もう前のように友達には戻れない。
身分違いも甚だしいのだから。
あの日の誤解は解きたい。でも、私はフィリエルの側にいられないのだし、私に後ろめたくてガスパルと仲違いするのは申し訳ない。
ガスパルのしたことは許せないけれど、近衛騎士の夢は私がぶち壊してやったのだから、お互い様だし、身体の弱い兄の分も期待を背負わされ続けたガスパルが可哀想だという気持ちだって微かにある。
それに、元々ガスパルはああいう風に楽な道を生きていきたいタイプだって知っていたから、フィリエルだって――。
「コレット先生、どうする? 悪い奴らいるかな?」
「あっ。あの馬車は悪い奴の馬車じゃないわ。私の……知り合いかもしれないの」
「お友達?」
「……どうかしら。最後に会った時、とても辛い思いをさせてしまったから」
「そうなんだ。あっ、出てきたっ」
貸家から青藍騎士団の藍色の鎧の騎士が出て来てくと、エミルは私の後ろに隠れて、生騎士だぁと感嘆の声を漏らした。
フィリエルに会えると思い緊張していたのに、生騎士って言葉が衝撃的でそっちに意識が向いてしまう。でも、フィリエルはいつもメイドしか連れていなかったのに、隣国ともなると警備が厳重になるようだ。
二人の騎士は私を見るなり言葉を交わし、一人は貸家内へ戻り、もう一人はこちらへ歩み寄ってきた。
「コレット先生っ。騎士様こっち来るよっ」
「だ、大丈夫よ。私がついているから」
騎士は私の前で立ち止まると跪き、私へ手を伸ばす。
これは、忠誠の証?
「お迎えにあがりました」
迎え? 騎士の行動に混乱していると、もう一人の騎士が足早に貸家から現れた。
そしてその後に続いて現れた人物に私は硬直した。
藍色の鎧を纏った長身の騎士。
紺碧色の鋭い瞳は私を捉えると更に凄みを増した。
うん。怖すぎる。
一歩でも動いたら、剣を抜いて首もとに宛がわれ、斬り捨てられる。直感的にそう感じさせられた。
「お前が、エミル=カースだな?」
「……エミル?」
エミルは名前を呼ばれると身体をビクつかせて私の後ろに隠れた。私が守らなくちゃ。
「え、エミルという人物に何か御用ですか?」
「俺はその少年に尋ねた。君は黙っていてくれ。――そこの臆病な少年よ。それがお前の両親から教わった礼儀なのか?」
「ち、違うっ。おおおお前の方こそ、先に名前を名乗るべきだぞっ」
エミルは私の後ろから顔だけ出してそう叫ぶと、目の前の騎士は微かに口角を上げると口を開いた。
「俺はメルヒオール=ラシュレ。隣国、ファルケ王国の公爵だ。そして、ラミエル=カースの弟だ」
「え? 母様の?」
「ああ。姉上の最後の願いだ。エミル。お前をラシュレ家に迎え入れる。一緒に来い」
「や、やだっ!」
「は?」
エミルの即答に、メルヒオールは眼光を更に光らせ私達を睨み付けた。
「ひぃっ……嫌だっ。こんな怖い顔の人が、母様の弟だなんて信じられるかっ。嘘つきっ」
「な、なんだとっ」
メルヒオールの後ろに控える二人の騎士は拳を口元に当てて笑いをこらえている。彼は二人に殺気を送った後、私を睨み付けた。
「コレット先生だってそう思うでしょっ!?」
「えっと……」
私はメルヒオール様と面識がある。
でも、それはもう十年近く前のこと。
今思えば、髪色は違うけれど、あの頃のメルヒオール様は今のエミルそっくりだった。
メルヒオール様は、優しくて前向きで笑顔が素敵で、誰よりも剣を愛する方と記憶している。
だから……目の前のこの人がメルヒオール様だと言われても信じられなかった。
「何か身分を証明する物や、エミルとの関係を立証するものはお持ちですか?」
メルヒオール様は目を細めて咳払いをすると、貸家へと踵を返した。
「ついてこい。それなら中にある」
そして振り返りもせず貸家へ入っていった。




