006 町長の息子
エミルはそれからも毎日明るく元気一杯で過ごしている。なるべく一緒に過ごすようにしてきたけれど、私の方がエミルから元気を貰ってばかりいる事に気がついた。
レンリもエミルを気にかけてくれて、時間があるとラッヘさんも一緒に三人で釣りに行ったりしている。
レンリと二人で話す時間がほとんどなく、相変わらずのすれ違い生活で、あの手紙の事は聞けずにいる。
私はレンリに今後の事も相談したいと思っていた。
女騎士も素敵だなと思っていたけれど、教会で子供達に文字や剣の扱いを教えることも好きだと気づいたから。シスターも大分ご高齢で、今後、あの教会を引き継げる人を探していると言っていたので、私がその任を継ぎたいとも考えていた。
そんな矢先、教会に一人の男性が訪ねてきた。
身なりは良いが、紳士というよりちょっと派手な感じで品のない貴族モドキみたいな男性だった。さっき貸家の近くでも見かけた人で、エミルも初めてみる人だと言っていた。
「シスター。お久しぶりです」
「あら、町長さんの息子さんの……」
「はい。ジョルジュ=パラキートです。実は、最近父の具合があまり良くなくて、私が街から戻って来たんです」
「あら。パラキートさんにはとてもお世話になっているんです、お見舞いに――」
「結構です。それより、この辺りの森ですが、伐採して小麦畑にすることにしました。シスターももうご高齢ですし、引退して自由に残りの人生をお過ごしくださいませ」
「でも、子供達が……」
突然の申し出にシスターは戸惑うが、ジョルジュはそれを見てケタケタと笑っていた。
「コイツらは捨てられてた子供ですよね? 元いたところに捨てておけば良いんです。今まで通りタダで食事が貰えてベッドで寝られるなんて、そんなに世の中甘くないって知った方がいいんですよ。私は父の様な偽善者ではありませんからね」
「な、何て事をっ。そんな事はこの町の人々は認めません。それに、パラキートさんが哀しみますよっ」
「はいはい。綺麗事とかどうでもいいですから、来週中には出てってください。話は以上です」
「お、お待ち下さ――きゃぁっ」
軽く頭を下げてその場を去ろうとするジョルジュを引き止めようとしたシスターは突き飛ばされ、私が受け止めた。
「シスターっ。大丈夫ですかっ?」
ジョルジュはこちらを一瞥すると鼻で笑い、足を止めようともしなかった。
「待ってください。ご高齢の方に手を上げることも、子供達から居場所を奪うことも……そんなこと許されませんっ。いくら貴方の土地だといっても、そこに住む人々のことを考えられない人なんて、領主である資格はありません。上に立つものは、それ相応の社会奉仕を――」
「はぁ? 知ったような口を利くなっ。お前、あのボロい宿屋から出てきた女だな。あそこも畑にするから立ち退いて貰う。お前もさっさと出て行く準備をしておくんだな」
「何ですって!?」
「あの宿屋の孫は俺に借金をしていてな。あの老夫婦が折れるのは時間の問題だ」
「でしたら、その借金を返せば良いのですね?」
「いいや。借金を返さなかったから、担保にしていたあのボロ宿屋を貰ったんだ。だからアレは俺のもの。そうだな……金貨を五十枚くらい出せば教会もあの宿屋も売ってやってもいいぞ」
「この土地にそんなに価値がある筈ありません」
「うるさいっ。ここを小麦畑にすれば将来的にそれぐらいの儲けが出るんだっ。言葉で説明している内に理解を示さないと、痛い目を見るぞ」
視線の先には、護衛と思われる恰幅のよい男性が二人見えた。腰に剣を携え、こちらを睨んでいる。エミルが私のスカートの裾をギュッと掴んで震えていた。
「分かりました。考えておきます」
怯える子供達を見て、シスターはこの場を納める為にジョルジュに頭を下げると、彼は男達を引き連れて教会を去っていった。
「シスター……」
「町の方々に相談してみるわ。この場所を守ることは出来ないかもしれないけれど、この子達を守れるように」
「私も、力になりたいです」
「ありがとう。ゲインズさんも心配だわ。今日はもう――あっ、エミル?」
ずっと私の後ろに隠れていたエミルは、急に教会を飛び出し貸家の方へと走っていった。
「私、追いかけますっ」
「ええ。エミルをお願い」
「はい」




