幕間(レンリ*フィリエル)
送られてきた二通の手紙を読んで、僕は悶々としていた。怒りと喜びが入り交じり、己の立場をより煩わしく感じていた。
まさか、自分がコレットの立場を悪くするなんて、考えてもみなかった。
僕とコレットは、二人で駈け落ちした事になっているらしい。
家の事情と言って雇い主であるキールス侯爵へ挨拶もせずに辞めてきたけれど、その理由は歪められてしまっていた。
兄のところに僕を訪ねに来た侯爵は、退職金を渡し損ねたと言って金を積んできたらしい。コレットと僕は仲が良かったとか、突然いなくなってしまって僕に会いたいとか色々言ってきたそうだ。それから僕とコレットが一緒にいるところを見た人がいるとか。
要するに、僕とコレットが駈け落ちした事にしたいから僕と会って口裏を合わせ、資金繰りに困っているベルトット子爵家の足元を見て金をちらつかせて来た訳だ。
そして兄はというと、ちゃっかりお金を受け取ったとか。
向こうも僕がコレットと一緒にいることに確証はない様子で、本当に一緒にいることを勘ぐられないように、キールス侯爵の意向を全て受け入れた雰囲気を醸し出して、お金を受け取ったらしい。
名目は退職金。駈け落ちした事にするという契約を書面で交わした訳でもない。
僕は実際にコレットといる訳だし、反抗して変に探られても都合が悪いから、これが最善だった。と手紙に書かれていた。
そうかもしれないけど、こんなことコレットには言えない。
コレットなら、もう国でどう思われようと関係のないことだと言うかもしれない。逆に僕の立場を悪くさせたと心配するかもしれない。
どちらにせよ、気を悪くさせるだろう。
今はまだ、知らないでいて欲しい。
僕はまた、彼女に一つ嘘を重ねることになる。
◇◆◇◆
ガスパルは庭の噴水の前で私を待っていた。
短い銀髪は噴水の水滴と同じく陽の光を反射して、美しく眩しい。腰には近衛騎士の剣を差している。
あんな剣と引き換えに、自分の幼馴染みを売るなんて許せない。
私はガスパルを問い詰めた。
「近衛騎士になれたのですね。コレットのお兄様とは仲がよろしいそうね」
「フィリエル。これは俺が稽古を重ねて、試験を合格して、漸く手にした剣なんだ。コレットは関係ない。それに、コレットは……」
彼はコレットの名を口にし、気まずそうに地面へ視線を落とした。私の目を見ないということは、また嘘を重ねるつもりなのだ。
「また嘘を吐くの? これ以上、コレットを侮辱しないでっ」
「フィリエルっ。落ち着いて聞いてくれ……。コレットは、もうキールス家にいないんだ」
「どういうこと? まさか、追い出したの?」
「違うっ。自分から出ていったんだ。レンリ=ベルトットと一緒に」
何処かで耳にした名前だった。
コレットから聞いたことがある。
「レンリ……? 確か、赤毛の執事の……」
「そうだ。コレットは自分の所業が全部バレて居辛くなって、あの執事と駈け落ちしたんだ」
ガスパルは私の目を見てそう叫んだ。
コレットはもういない。もう会えない。
言い様のない喪失感に襲われ目眩がして、私の肩をガスパルが支えてくれた。
「フィリエル。大丈夫か?」
「触らないでっ」
「辛いのは分かる。俺だってコレットは幼馴染みだ。でも、あいつはもういない。俺達を裏切って、何も言わずに逃げたんだ」
「やめて。聞きたくないわ……」
裏切った? 誰が何を?
何もかもが理解できなくて、涙が溢れて止まらなかった。
「俺はずっとフィリエルの側にいるから。この剣に誓う。君を一生守るから」
ガスパルは近衛騎士の剣に私への忠誠を誓った。
馬鹿ね。それは王族の為の剣なのに。
それはコレットを犠牲にして手に入れた剣なのに。
そんな剣に誓いを立てられても、嬉しくない。




