幕間(レンリ*フィリエル)
僕はコレットに嘘を吐いた。
本当は仕事は明日からだ。
同じ部屋で寝泊まりするなんて僕には出来ない。
もう執事でもないし、設定は弟だし。
この中途半端な状態が悩ましい。
キールス家を出てから早一週間。
コレットの家族が用意した鞄に入っていたのは護身用のナイフだけだった。しかし、それは護身用ではなく自決用のナイフだと、あの場にいた誰もが分かった。
メイド達が泣きながらコレットの為に衣服を詰めている姿が痛々しく、気がついた時には僕も荷物をまとめていた。
着の身着のままで追い出されたのにもかかわらず、コレットは落ち込む素振りもなく普通に過ごしている。
真面目で健気で献身的な女性という印象はそのままでもあるが、屋敷にいた時よりも明るく笑顔が自然だ。
初めは僕を警戒していたけれど、打ち解けるのは一瞬だった。それからというものの、信頼してくれているのは分かるが、心を許しすぎというか……距離が近い。
行商のおじさんの手伝いをしていると、コレットもいつの間にか僕の隣で手伝い始めるし、分からない時は僕に一番に聞くし、言葉を返しただけで微笑みかけられる。
いや、目が合っただけでも微笑みが返ってくる。
でも、その度に少し心苦しくなる。
僕は嘘つきだから。
考え事をしている間に、町の端の駐屯所に着いていた。
明日からここで働かせて貰う。
「お? もしかして、レンリ君か?」
駐屯所から現れたのは初老の男性だった。
建物の中にいる所員は疲れた顔で今にも寝そうだ。
ゴートンさんが辞めてから、人員不足で困っているそうだ。
「はい。早く仕事に慣れたくて、来ちゃいました」
「おお。根性のある若者だな! よし。今日からよろしくな!」
「はい。よろしくお願いします」
良かった。今日の寝床は何とかなりそうだ。
◇◆◇◆
あの日から一週間が過ぎた。
私は学園を休んで部屋に引きこもっている。
ガスパルが毎日訪ねてくるけれど、どんな顔をして会えばいいのか分からなくて、体調不良を理由に会わずにいた。
「フィリエル。少しいいか?」
扉の向こうから兄の声がした。
兄のメルヒオールも、毎日訪ねてくる。
数日間無視をしていたら、メイドが私に泣きついてきた。
兄の顔が恐過ぎて、屋敷内で死人が出そうだとか。
だから一日に一度は顔を合わせることにした。
「どうぞ?」
「……ガスパルが来ている。何があったのかは知らないが、一度会いなさい」
眉間に深い皺を刻み、紺碧色の瞳に光はなく、威圧的な顔面は兄の標準装備。怒っている訳ではないのだけれど、普段から何を考えているのか私にも分からない。
でも兄を前にすれば、誰もが萎縮し不快感を覚えるのは間違いないだろう。
兄がどう思うかは分からないが、あの日の事は、まだ伝えていない。メイドにも口止めしている。
あの日起きたことを、そのまま事実として受け止めることが私には出来なかった。
私は何を信じたら良いのか、まだ決めかねている。
「お兄様は、ガスパルをどうお思いですか?」
「あれに興味はない。何か問題でも起こしたのか?」
興味はない……か。
それは私にも向けられた言葉なのだろう。
やはり、話しても無意味だ。
「いえ。何も……」
「あいつは、近衛騎士になったぞ。それなりの努力はしたのかもな」
「近衛騎士ですか?」
「ああ。六日前の事だ。ライアスの推薦で、試験にも合格したそうだ。その事を伝えに来たのではないのか?」
コレットの兄の推薦で、近衛騎士になった。
あの件の褒美でなったとしか考えられない。
やはり、嘘を吐いていたのはガスパルだったのだ。
「ガスパルに会います。今、どちらですか?」
私は怒りで震える拳を兄に悟られないようして立ち上がり、ガスパルの元へ足を向けた。




