015 絶対に戻りません
レンリはベルトット子爵家の三男坊だそうだ。
半年ほど前まで学園に通っていたが、実家が事業に失敗し借金を抱え、休学してキールス侯爵家の執事として働き始めたらしい。
いつもニコニコしているけれど、意外と苦労人みたい。
しかも驚くべき事に、レンリは同い年の十七歳だった。
「じゃあ、フィリエルやガスパルとは顔見知りだったのね」
「いえ。僕は魔法学科なので、お二人と面識はありません。キールス家で働き始めてから知りました」
「そう。でも、実家の方は大丈夫なの? 私にお節介を焼いている場合ではないでしょう?」
「僕には兄が二人おりまして、宮廷魔導師なんです。二人が何とか資金を調達してくれて。実家の方は、もう少しで軌道に乗りそうなんです」
「あら。じゃあ学園に戻ったら? 魔法学科だなんて凄いことよ」
魔法学科に入れるのは一部の人間だけだ。
魔法を使える人は多いけれど、一定以上の素質を持った人しか入れないと聞く。
「うーん。いずれ戻りたいとは思っているんですけど、今じゃないです。まだ学費を払えるほどの余裕はありませんし……それに」
レンリは私の顔を見ると、急に口を閉ざし、私の頬に手を伸ばした。
「放っておけないんです。コレット様のことが……」
レンリの手は私に触れる寸前で止まり、淡く藍色に発光した。暖かくて、とても不思議な気持ち。レンリの視線は私の頬にあって、彼の灰色の瞳を覗き込むと目線が交わり、レンリは慌てて手を離して俯いてしまった。
「あ。怪我……魔法で治しておきました。その……コレット様のこれからの道が決まるまでで良いので、もう少しだけ、貴女の執事でいさせてくれませんか?」
「ぇ……。でも、私はもうキールス家の人間ではないから、貴族でもないし。執事はいらないわ。それにお給金も払えないわよ」
「はははっ。そんなこと分かってますよ。それを承知した上で、お願いしています」
さっきまで照れていたのはレンリの方だったのに、いつの間にか私の方が余裕がなくて焦っていた。
だって、レンリがそこまで私に親切にしてくれる理由が分からないから。
「これは何かの陰謀? 人身売買の入り口?」
「違いますよ。さっきのお爺さんと一緒にしないでください。単純に女性を一人で街中を彷徨わせることはしたくないですし。それから、コレット様の魔法にも興味があって。学園の勉強も好きでしたが、今はそっちの好奇心の方が強かったりします」
「へ? 私の魔法?」
「あ、やっぱりお気づきではないんですね。その細い腕で剣が折れるとお思いでしたか?」
「ええ。勿論!」
私が断言すると、レンリは困ったように笑い首を横に振った。
「違いますよ。魔法で強化していたからですよ。自身の腕と、さっきだと鉄門を強化してましたね」
「ちょっと、言っている意味が分からないのだけれど?」
「コレット様って器用ですよね。剣を振りながら魔法を施してましたよ。無意識にやってるからですかね?」
「待って。ますます意味が分からないわ」
魔法に関する本は少しだけ読んだことがあるけれど、興味がなくてすぐに読むのを止めてしまった。魔法にそんな使い方があることすら知らなかった。
「あっそうだ。ライアス様が何故、若くして近衛騎士団に入れたかご存じですか? 単純に強かったからなんですけど、それはほとんど装備由来の強さなんです。僕は兄からそれを聞いた時、あまり興味はなかったんですけれど、キールス家に来てから、コレット様が剣の手入れをされていることを知って驚きました」
「え? 兄が強いのは、私が剣を強化していたからってこと?」
「はい。あれは多分、長くても数週間ほどで効果が切れるでしょうね。――どうしますか? もしもその事にライアス様が気づいて、キールス家に戻ってきて欲しいなんて言われたら……」
「まさか、そんな事言ってくる筈ないわ。それに……私は替えの利くただのドアマットからやっと解放されたのよ。今さら何を言われようと、絶対に戻りません」
あの人達がそんな事を言うなんて、想像もつかない。
でも、もしそんな事が起こったとしたら、私はやっと家族から認められたことになるのかもしれない。
本当に今更だし、戻る気なんてこれっぽちもないけれど。
ここまでが第一章です。
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