012 相応しくない
ガスパルの腰には、見知った剣が携えられていた。
王家の紋章である鷹のレリーフ。
あれは近衛騎士の剣だ。
しかも、王から賜わる大切な祭事用の剣。
傷ひとつない、真新しい剣だ。
「それ、お兄様の剣じゃないわね」
「おっ。分かるか? これは俺の剣だ! ここへ来る前に城で王様から賜ってきたんだ。凄いだろ。俺も今日から近衛騎士なんだ!」
「城の警護なら、青藍騎士団よりも安全だものね」
「ああ! 他国とやり合うのも、治安を守るのも面倒だからな」
今、というより昨日までガスパルが所属していたのは青藍騎士団だ。
ラシュレ公爵領に拠点を構える、この国最大最強の騎士団。
恐らく、ガスパルは近衛騎士団に入る為に兄と取引していたのだ。
「私、いつも兄の剣を磨いていたの。最後にガスパルの剣も磨いてあげるわ」
「は? まぁ、お前のお陰で近衛騎士になれた訳だし、いいぜ」
ガスパルは私に鞘ごと剣を渡した。
こういうところは馬鹿素直なのよね。
私はゆっくり剣を引き抜き空に掲げた。
陽の光に照らされて、洗練された輝きを放つ白銀の剣。
刀身は銀で出来ている。
美しいが実用性はなく、儚く脆い。
「ガスパル。貴方にこの剣は相応しくないわ」
「は? お前っ――」
ガスパルが私のしようとしていることに気づいた時、私は鉄の門に剣を振り下ろした。
金属がぶつかり合う甲高い音が耳に心地いい。
銀色の半身は空を舞い、輝きを失うことなく地面に突き刺さった。
短くなった騎士の剣を、私はガスパルの前に投げ返すと、真っ青な顔のガスパルがそれを拾い上げて叫び声をあげた。
「おおおおおおお前っ。何てことしてくれたんだよっ!?」
「見ればわかるでしょ? 剣を折ったの。この剣は一生に一度しか王から賜ることは出来ない。一つ一つ職人の手作りで、イニシャルも彫ってあるのよ。だからね、ガスパル。貴方はもう近衛騎士ではないわ。命よりも大切な剣を失ったのだから」
「そ、そんな。俺は近衛騎士になるのが夢だったんだぞっ!?」
「昨日、ヒルベルタに協力したのは、近衛騎士になる為だったのね。でも、夢の叶え方、間違ってると思うわ」
「ただのドアマットのお前が……。夢すらないお前なんかに何が分かるんだよっ」
「私だって……」
ヴェルネル様と結婚するという夢をみていた。
叶うはずもない夢だったけれど。
ガスパルは折れた剣を鞘に戻すと、急に顔を明るくさせていた。
「あっ! 鞘にしまっとけばイケる。はっはっはっ。馬鹿だなコレット。お前のしたことは全部無駄だ。お前の存在と同じようになっ! ほら、さっさと出てけっ」
「そう。……私も貴方の顔を見ないで済むと思うと、気が楽になったわ。さようなら」
「はいはい。もう二度と俺の前に現れるなよ~」
こいつにフィリエルを任せる事だけが心残り。
でも、近衛騎士の道は遠からず閉ざされるだろう。
また、青藍騎士団で鍛え上げられればいい。
そう願うことしか、今の私には出来ないから。




