021 公爵家の家庭教師(コレット視点)
卒業式から一ヶ月後、明日から私は近衛騎士としてルーティ王女の護衛にあたる。
今日は、エミルの家庭教師としての最後の日だ。
私は、エミルが一番好きな本を寝る前に読み聞かせた。
「そしてみんな幸せに暮らしました。おしまい」
「やっぱり、物語の最後はハッピーエンドが一番だよね!」
「ふふっ、そうね」
ちゃんと寝ないで最後まで聞けるようになるなんて、感慨深いものだ。
エミルは本を棚に戻すと、背表紙を指でなぞり、大きく息を吐いた。
「はぁ、これで最後だね。母様が好きだった、この本棚の本は、全部読んでもらった。でも、もう僕も一人で読めるようになった。コレット先生が文字を教えてくれたから」
「エミルが自分で練習して、習得したのよ」
私に手紙を書いて練習したり、書くだけじゃなくて、剣術に関する本をメルヒオール様から借りて、一生懸命読んでいた。
「へへへっ。たまに、たまーにでいいから、また寝る前に本を読んでほしいなぁ」
「そうね。留学先で面白い本があったら、また」
「うん。コレット先生、今日まで、いろんなことを教えてくださり、ありがとうございました。明日から、近衛騎士のお仕事、頑張ってください!」
エミルは急に改まった言葉遣いで、背筋を伸ばして私に礼をした。こんなことまでできるようになったのは、アーロン殿下に連れ回されたおかげだろうか。
私はエミルにならって言葉を返すことにした。
「はい。誠心誠意尽くしてまいります」
私の言葉に満面の笑みでうなずくエミルの後ろで、メルヒオール様も微笑みながら皮肉を言った。
「留学とはいえ、毎晩この屋敷で過ごすのだがな」
「メルヒオールさん、水を差すようなこと言わないでよ。コレット先生の家庭教師のお仕事は今日までだから、感傷に浸ってたのに」
「まぁ、そんな言葉まで覚えたの?」
「へへっ。他にもたくさん学んだよ。そうだ、すごいんだよ。騎士団の養成所なんだけどね。お家をなくした小さい子も受け入れている学校みたいなところもあったんだ。文武両道って言ってね。読み書きだって教えてくれるところなんだ」
「すごいわね。小さい子供も受け入れているのね」
パラキートで孤児達を育てていた教会みたいなところだろうか。どんなところか想像していると、メルヒオール様が言った。
「寮があって、そこに住むものもいれば、孤児院や自分の家から通っている子どももいるそうだ。もちろん、身分も何も関係ない。近衛騎士の仕事が落ち着いたら、一緒に視察へ行ってみるか?」
「ええ、行きたいです」
「その時は、ラシュレ公爵夫人だね」
エミルにそう言われて、私とメルヒオール様は驚いて顔を見合わせた。少し照れているのか、メルヒオール様の頬が赤く染まっている。
「全く、アーロンに感化されすぎだぞ。明日から鍛え直さなければならないな」
「えっ!? メルヒオールさんが稽古してくれるの? やったぁ~」
エミルは大喜びでベッドに飛び乗ると、横になって掛け布団をかけた。
「よし、そうと決まったら、もう寝るね。二人ともおやすみなさい」
「ええ。ゆっくり休んでね」
「今日は俺もここで寝よう」
「えっ? 僕一人でも眠れるよ。あっ、分かった。コレット先生のことが心配なんでしょ? 明日から近衛騎士のお仕事だから」
近衛騎士は己の命を賭して主人を守る職であるとメルヒオール様は言っていた。私を応援してくれているとともに、身を案じてくれている。
それに、フィリエルは先週から寮に入ってしまったし、心配事が多いのだろう。
「いや……朝イチで稽古をつけるためだ」
「やったぁ! 早起きするぞ~」
「ふふっ、では私は失礼しますね」
意外とメルヒオール様は寂しがり屋なのかもしれない。
でも、エミルがいれば安心だ。
私は一人部屋をあとにした。
家庭教師としての仕事はこれでおしまいだ。
少し寂しい気持ちはあるけれど、これからはエミルの叔母として、成長を見守っていきたいと思う。
そして──。
「明日からは、近衛騎士としての生活が始まるんだ」
翌日、朝から元気のよいエミルの声で目を覚ました。
「やだー。もういっかいっ! もういっかい!」
一体何時から稽古を始めたのだろう。
身支度を済ませ、軽く朝食をいただいた。
その間も、ずっと木剣がぶつかり合う音が聞こえていた。
外へ出ると、汗だくで原っぱに寝転がるエミルと、その隣で仁王立ちでエミルを見下ろすメルヒオール様がいた。
エミルは先にバテてしまったみたい。
エミルは私に気づくと勢いよく立ち上がった。
「あっ! もうそんな時間!?」
「ええ、いってくるわ」
「忘れ物はないか?」
「はい。多分……。腰には近衛騎士の剣。それから、兄からもらった短刀も……後は……」
必要なものは全て鞄に入れたから、大丈夫なはず。
昨日、心配してくれたメルヒオール様だって、一緒に準備してくれたし、その後、ハミルトンさんも一緒に確認してくれた。
「君には剣しか見えていないのか?……身分を示す近衛騎士の徽章、それから留学に提出する書類は持ったのか?」
「は、はい。持ちました!」
私は胸の徽章をメルヒオール様に見せ、パンパンに詰まった鞄も見せた。
「もう、メルヒオールさんは心配性だなぁ。昨日一緒に準備したんでしょ? あっ、心配だからって、コレット先生についてっちゃダメだよ」
「エミルったら、そんなこと、メルヒオール様がするわけ……」
否定しようとしたけれど、メルヒオール様が眉をひそめて不満そうにしていることに気づいてしまった。
メルヒオール様は真剣な面持ちで言った。
「城まで送っていこうかと思ったのだが……」
「えっ、そうだったのですか?」
「またアーロン殿下に笑われるよ~」
エミルにそう言われ、メルヒオール様は咳払いすると、改まって言った。
「そうだな、見送りはここまでにしよう。コレット、気をつけて行ってこい」
メルヒオール様は私の手を引き、ギュッと抱き寄せ、背中をポンっと叩いて言った。
あったかくて、メルヒオール様の匂いがして、元気が湧いてくる。
大切な人に見送ってもらえることが、こんなに幸せなことだなんて知らなかった。帰る場所があって、私を待っていてくれる人がいることが、こんなに前へと進む力になるんだって、メルヒオール様のお陰で知ることができた。
「いってまいります、メルヒオール様」
「ねぇ、僕もいるんだけど。ギュッ」
そう言ってエミルも私とメルヒオール様にギュッと抱きつき、私を見上げて言った。
「コレット先生、いってらっしゃい」
「ええ。いってきます」
「メルヒオールさんのことは、僕がしっかり見ておくから安心してね」
「あら、頼もしいわね」
メルヒオール様はムスッとすると、エミルを抱き上げて言った。
「エミル、離れないとコレットが遅刻するぞ」
「ええっ! 先にギュッてしたのはメルヒオールさんでしょ!?」
「ふんっ、稽古を再開する」
「やったぁ~」
朝から賑やかに見送られて、私の今日が始まる。
近衛騎士として、初めての一日が。
おわり
お読みいたたきありがとうございます。
後日談は おわり ですが、
あと一話、おまけで、
エミル視点の数年後のお話があります。
もう少しだけお付き合いいただけると嬉しいです(*^^*)
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