017 兄からの手紙(コレット視点)
メルヒオール様もエミルも、まだ屋敷にはいなかったので、フィリエルと二人で先にドレスの支度をすることにした。
「アーロン殿下はいらしていたのに」
「お仕事だから仕方ないわ」
フィリエルの小言に、そう返して自分に言い聞かせているけれど、間に合わなかったらどうしようか。
私も参加を控えようか。
初めてのパーティー、メルヒオール様と一緒に参加したいから。
「コレット、お兄様がいらっしゃらなかったら、私たち二人でパートナーとして参加するなんてどうかしら?」
「えっ、でも、フィリエルのお相手の方はどうするの?」
「大丈夫よ。義理でパートナーになってくださっただけだから」
「義理?」
「ふふっ。そんなことより、どうかしら?」
ドレスアップしたフィリエルは、裾をフワリと揺らしながら私に尋ねた。薄紫色のドレスに、ラシュレ家の紋章が金糸の刺繍で施されたスカートに白いチュールが重ねられて、上品だけど可愛らしいドレスだ。
「とっても素敵よ」
「ありがとう。コレットもすっごく似合っているわ」
「そうかしら、ありがとう。もしかして、フィリエルがドレスを頼んでくれたの?」
私のドレスはフィリエルと色違いのドレスだった。
青藍騎士団の旗と同じ色の藍色のドレスに、ラシュレ家の紋章が金糸で刺繍され、水色のチュールが重ねられている。
こんなに素敵なドレスを私が着て良いのだろうか。
「私が、コレットのドレスの色違いを後から注文したの。そのドレスはお兄様が全部決めたのよ」
「そうなの……嬉しい。フィリエル、もし、メルヒオール様が間に合わなかったら、私もパーティーへの参加は控えようと思うの」
「それは駄目よ。今日のパーティーは私たちの卒業を祝してのパーティーなのだから。お兄様のせいでコレットが参加しないとなれば、お兄様だって不本意だと思うわ」
「そうかしら……」
でも、このドレスを着ている姿を見てほしい人は、メルヒオール様なのに。
「お迎えがいらっしゃいましたよ」
「お兄様、間に合ったのね」
サリアさんの言葉にフィリエルが喜ぶと、彼女は申し訳なさそうな笑顔で首を横に振って言った。
「いえ、フィリエル様のパートナーの方がお見えです」
そして、馬車の前で待っていたのは、ヴェルネル先生だった。
濃い紫色のタキシード姿でフィリエルと並ぶと、お揃いの礼服に見えて、すごくお似合いだった。
「フィリエル、いつの間にヴェルネル先生と……」
「違うわ。私にパートナーがいないのは弟のせいだからっておっしゃって、今日だけパートナーになってくださったの」
「私がパートナーなら誰も何も言わないだろう。それに、私自身も、縁談を断るのが面倒でね」
「あら、そうでしたの。少し後ろめたい気持ちでしたのに」
「すまなかったな。きちんと説明しておけばよかった」
ヴェルネル先生とフィリエルは、いつの間にこんなに親しくなったのだろう。ガスパルのこともあってか、なんとなくフィリエルはヴェルネル先生を避けていたような気がしていたから。
そういえば、宝物の話はヴェルネル先生から聞いたとも言っていた。二人とも、私にとって大切な友人だから、仲良くなってくれて嬉しいな。
「まあ、あの時は……いえ、何でもないですわ。お兄様、まだ帰られていないのですが、どうしましょう」
「そのことだが、メルヒオールは直接会場に向かう予定だと聞いたぞ」
「ほ、本当ですか?」
嬉しくてつい大きな声を出してしまったけれど、ヴェルネル先生は優しくうなずいてくれて、フィリエルは微笑み、そしてヴェルネル先生に尋ねた。
「どなたからお聞きになったのですか?」
「アーロン殿下だよ。昨夜、隣国の姫の誕生日だったらしく、その姫が……」
「もしかして、お兄様に求婚でも?」
「ああ──」
「えっ?」
お姫様に求婚? それって断れないのではないだろうか。
私が驚いた姿を見て、ヴェルネル先生は慌てて言葉を継ぎ足した。
「求婚といっても、アーロン殿下に、だよ。彼は既婚者なんだけどね。面倒だから、本来先に帰国する予定だったメルヒオールを引き止めて、後のことを全て押し付けて帰国したそうだ」
「まあ、そうだったんですね」
「それで、昨夜遅くに向こうを発っただろうから、直接会場に来るだろうって」
ということは、メルヒオール様は夜通し移動に費やして帰国されるということだろう。馬車でちゃんと眠れただろうか。
「もう。人使いが荒いのだから。アーロン殿下ったら、面白がっていたのではありませんか?」
「そうだね。メルヒオールが焦っているところを初めて見たと喜んでいたよ。あのパーティー嫌いのメルヒオールが、卒業パーティーの為に焦るなんてって」
「実は、コレットのドレスと一緒に、お兄様も礼服を新調されていたの。持っていっておいてあげましょう」
メルヒオール様に会えると思ったら、履き慣れないヒールなのに急に足が軽く感じられた。
馬車に乗るとヴェルネル先生は一通の手紙を取り出した。
兄からの手紙だ。
「ライアスからだ。先ほど届いた」
「ありがとうございます」
「もしかしたら、卒業を祝う手紙ではないかしら?」
フィリエルはそう言って微笑んだ。兄からの手紙は、いつも私の身を案じた内容ばかりだったことを、フィリエルも知っているから。
私は受け取った手紙を開いて目を通した。
手紙には、卒業を祝う言葉と、最近のヒルベルタの様子が書かれていた。
「ヒルベルタが、パン屋で働き始めたみたい」
「えっ。パン屋で?」
「ええ。パン屋で売られていたクッキーが、私の作ったクッキーと似ていたそうなの。それで、自分も作りたいって、自ら志願して働かせてもらっているそうよ」
「まぁ、すごいじゃない」
「うん」
手紙には、毎日早起きして仕事に勤しんでいると書かれていた。ヒルベルタがやっと自分のしたいことを見つけられたことが嬉しくて胸が熱くなった。
「いつか食べられるかしら。ヒルベルタのクッキーを」
「そうなるといいわね」
「ええ」
そんな日が訪れることを、私は祈り続けようと思う。
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