013 魔性の女(団長視点)
互いに剣を構え向き合ったまま、私はコレットに尋ねた。
「コレット・キールス。回復魔法も得意なのか?」
「申し訳ございません。私に回復魔法の適性はないのです」
使えない。ということは先ほどの試験では、息すら上げることなく終えたということか。
いや、本当かどうかは分からない。近衛騎士になったあと、周りの者へ回復魔法を使うことを億劫に思い隠しているだけかもしれない。
「では、その剣について尋ねる。魔法で強化した状態はいつまで保てるのだ」
「武器の強化は数ヶ月間持続しますが、まだ研究中です。今後、より一層、高い効果を持続させたいと考えております」
剣の強化については、青藍騎士団での実績もあると聞く。
周囲の者を惑わし、自分の功績に変えているのかと疑っていたが、それはないと思ってもよいということだろうか。
「では、身体の方は?」
「身体……? あ、申し訳ありません。身体強化は加減が難しく、こちらも研究中です。相手の剣を受けたり弾く際、必要だと身体が感じた力の強化を、自身に咄嗟にかけてしまうくらいしか、実用できていない状態です。他の方にかけたところ、筋肉痛が酷いとのことで、なかなか実用が難しい状況です」
後ろからリアムの成る程という声と、メモを書くような音が聞こえた。よく分からないが、相手の剣を見切り、瞬時に力加減を判断して魔法をかけているということなのか?
「……では、身体強化はしていないということか?」
「今は、何もしていません」
今は、ということは、先ほどはしていたということだ。
あの素早い動きも、男に勝るとも思える力も、全て魔法あってのもの。
ならばやはり、近衛騎士ではなく、宮廷魔導師の役職に収まればよいものを、傲慢な娘だ。
「魔法で誤魔化し、剣と己の力のみで立ち向かう騎士と向き合うとは、卑怯だとは思わないのか?」
「卑怯……ですか?」
「ああ、ガスパルを倒した時も君は魔法を使っていたのだろう?」
「……多分、そうだと思います。あの時の私は、自分が魔法を使っていることに、気付いていませんでした」
「気付かなかっただと?」
「はい。私は騎士の家系で育ちました。魔法の知識はなく、無意識に自身に強化魔法をかけていたようです。この力がなかったら、私はガスパルには勝てなかったのかもしれません。ですが、これは私自身の……己の力だとは言えないのでしょうか?」
「君も、剣と己の力のみで立ち向かっていると、そう言いたいのか?」
「はい」
魔法も己の力……か。
もしこれがライアスの言葉だったら、私はなんと応えただろう。
ここまでの彼女の言動、全てを客観的に見ると、近衛騎士に成り得る者であることは明白だ。
試験は実兄と同等の成績、身のこなしも魔法あってのものだとしても、ここまで実戦で対応できるのなら、誰も文句を言えない。
だか、私は彼女を認めるわけにはいかないのだ。
周囲の者を利用し陥れた者に背中を預けることは出来ない。
私まで、彼女に惑わされてなるものか。
「そうか、では最後にもうひとつ。君に私の剣が折れるか?」
「えっ?」
「君は二人の近衛騎士の剣を折ったではないか。私の剣も折れるか?」
「……物理的には剣を折ることは可能です。ですが──」
「ならば折ってみせよ!!」
戸惑うコレットを無視して私は剣を持つ手に力を込めた。
受けやすいように大きく剣を振りかぶりコレットを目掛けて振り下ろす。
一瞬彼女の腕と刀身に光が走ったように見えた。
そうだ、私の剣も折ってみせろ。
誰が見ても彼女の試験結果は合格である。
しかし私は彼女とともに近衛騎士などなりたくもない。
ましてや二人目の女性近衛騎士を輩出した際の近衛騎士団団長なんぞ、不名誉にもほどがある。
これでいいのだ。コレットとともに近衛騎士を続けるくらいなら、剣とともに私はここから去る。
キンっと甲高い金属音と手に響く振動。
コレット・キールスの顔が間近に見えた。
コレットは私の剣を真正面から受けていた。
剣を折ることをせずに。
「折れなかったのか?」
「私に、クウェイル様の剣を折ることはできません」
「何故だ?」
「私は剣が好きなのです。剣はただの武器ではないと思っています。それを握る人の、心そのものだと思っています。ですから……簡単に折ることなんて、できないのです」
「……ではなぜ、ライアスの剣を折ったのだ?」
「兄が、そう望んだからです」
そう言われてハッとした。私もあの場にいたのに、どうしてその事を忘れていたのだろうか。
ライアスの剣を折った時のコレットは泣いていた。
しかし私は、あれを周りの同情を買う為の涙だと勝手に決めつけていた。
いや、そう思い込もうとしていたのかもしれない。
彼女を悪者にして、アストンを、そしてライアスを正当化したかった。そして、ライアスを近衛騎士に留めておきたかった。ライアスの心は決まっていたのに、それを受け入れたくなかったのだ。
『きっと、剣を交えれば分かりますよ』
ふと、ルーティ王女の言葉を思い出した。
私は、コレット・キールスを少しも見ようとしていなかったのかもしれない。アストンの言葉を鵜呑みにし、女性だからと、魔法を使うからと、全て批判的な目でしか見ようとしていなかった。
もしかしたら、ラミエル・ラシュレに対してもそうだったかもしれない。
親友を退団に追い込んだ悪女だと思っていた。
アストンは怪我で退団したのに。
私はコレットを知ろうともせずに、魔性の女として蔑んでいたのだ。
「折る気がないのならば、私の剣を受けてみよ」
「えっ」
受けやすいように手加減して、右から大振りで振り下ろすと、コレットは難なくそれを受け止め、あろうことかはじき返してきた。
次は左、そして右、まるで稽古でもつけているかのように相互に攻めると、コレットは興奮を隠せない様子で微かに口角を上げ迎え撃った。
ああ、この子は本当に剣が好きなのだな。と嫌でも感じさせられる。
剣を交えるたびに、次第に振り下ろすスピードが速くなっていく。私が速めているのか、速くさせられているのか、どちらだろう。
彼女と剣を交えていると、ライアスと重なってみえた。
ああ、懐かしい。この流れだと、次の手の後に、ライアスなら右脇に隙ができるだろう。
そう思った瞬間、私の手は勝手に彼女の右脇へと狙いを定めていた。女だとか、ライアスを失脚させた張本人だとか、全てどうでもよくて、ただ彼女に勝ちたいと思ってしまっていた。
それなのに──。
至近距離でコレットと目が合うと、彼女は嬉しそうに口を開いた。
「お兄様の癖を、よくご存知なのですね。さすが、クウェイル様です」
彼女は私の剣をいとも容易く受け止めていた。まるで宝物を見つけた子どものようにキラキラとした純粋な瞳で、私の剣を見つめながら。
私が剣を引き鞘に収めると、彼女も同じようにし、そして深々と礼をした。
「お手合わせいただき、ありがとうございました」
その姿がまた、ライアスと、そして若き日のアストンと重なって見えた。
コレットは、ライアスの癖を熟知していた。アストンが彼女を嫌っていたのは、ライアスに勝ってしまったからではないだろうか。
自分の息子も、女性に負けてしまったことが、許せなかったのではないだろうか。
あの時も、こうしていれば良かった。
ラミエル・ラシュレとも剣を交えておけばよかった。
「近衛騎士団への入団を認めよう」
「えっ……」
「結果は、追って正式な通知をする。筆記試験の結果はもう出ているだろう。そして実技結果は、誰が見ても合格点だ。三次試験は面接。そこで君の意志を確認する。君と組む予定のリアムから今後の説明を受け、己の道を見定めよ」
「はい!」
コレットは清々しい挨拶と共に、涙ぐむ瞳に満面の笑みを浮かべた。そこへ物陰に隠れて見守っていたルーティ様が飛び出し、二人で抱き合って喜んでいた。
「コレット様っ、おめでとうございます!」
「ありがとうございます。この様な機会をくださったルーティ様に、感謝します」
喜び合う二人に背を向け、私は試験会場を後にすると、後ろから声をかけられた。
「クウェイル団長!」
「なんだ?」
振り返ると、リアムが笑顔で立っていた。
「団長も気に入られたみたいですね。コレット・キールスを」
「……別に。ライアスの妹だからといって優遇などはしないぞ」
「わかってますよ」
「ラミエル・ラシュレに憧れて入団したと言っていたな。他にも彼女の武勇伝があるのか?」
「えっ、団長も興味ありますか?」
「……まぁ、そうだな。同じ近衛騎士の仲間の話だからな」
「そうですよね! えっとですね、僕が一番好きな話は──」
リアムは瞳をきらきらと輝かせながらラミエルの話を始めた。
私もいずれコレットに話をしよう。
彼女の父や兄が、勇敢な近衛騎士であった話を。
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