失せ物探しの魔法の呪文と小さな妖精
夏のホラー2021 の企画参加作品です。
「携帯電話、携帯電話はどこ? はぁ、どうしよう……また見付からない。………………もぉ、いい、かい?」
もぉ、いい、かい、は魔法の呪文。
失せ物探しの魔法の呪文。
魔法だなんてものに頼るのは本当は不安。だって気味が悪いから。怖いから。本当はあんまり使いたくはないのだけれど。
でも、どうしても、朝は時間が無くて、急いでいるから。つい、呪文を唱えてしまう。
強力な魔法には代償が必要だから、私は近い将来、跡形もなく消えているのかもしれない。魔法の呪文を使えば使う分だけ、この命が削られていて、命の残量が無くなって、私の命は尽きるのかもしれない。私は今日か明日にでも、殺されているのかもしれない。
就職後、私は実家を出て、独り暮らしをしている。
都会のお洒落なオフィスレディーに憧れたけれど、今の生活は理想の暮らしからは程遠い。
残業で日付が変わるまで帰宅出来ないことも多く、また、休日出勤もあり、食事はまとめ買いしておいたカップ麺やパン、コンビニや24時間営業のスーパーで買った出来あいのものを食べている。
帰宅して、取り敢えず空腹感を落ち着ける為に何かを食べて胃袋を満たし、ほとんど倒れるようにして寝て、朝起きてシャワーを浴び、最低限の身支度をして家を出る。きっと今の私の女子力は、そこらの男性よりも断然低い。
着るものが何も無くなるのは困るから、週に1回程度、どうにか洗濯機だけは回して、湿った衣類を部屋干ししている。ただ、洗濯物を畳んで仕舞うほどの気力は無くて、乾いた衣類のタワーがいつからか部屋の床の上に何棟か建設されるようになり、解体されて、また建設される、の繰り返し。
週に2度ある可燃ごみの回収日は忘れがちで、最近はほとんど出せていない。慢性的に睡眠不足の為、時間ぎりぎりまで寝て、朝はバタバタと支度して家を出る。ごみ出しする時間なんて無い。また、月に1度の資源ごみなど、気付いた時には過ぎている。
ある日、職場から持ち帰ったはずのプレゼン資料が見付からなかった。前日の夜の記憶は曖昧で、置いた場所が分からない。
部屋には紙パックにペットボトル、空き缶、食品トレーに割り箸といった沢山のごみの山が形成され、もはや山脈と言ってもいいくらい。積み上がった衣類ビルディングに、玄関先の床には散らばった未開封郵便物のカーペット。
携帯電話で時間を見る。もう家を出なければ間に合わない。
「プレゼン資料どこ? プレゼン資料はどこ?」
焦って探すも、汚ない部屋は汚ない部屋のまま。ゴミと衣類が場所を入れ換えるくらいのもので、肝心の資料は出て来ない。
「プレゼン資料……もう、出て来てよぉ。お願いだから」
泣きながら、独り呟きながら探した。
すると、部屋のどこからか声がした。
「じゃあ、僕と遊ぼうよ」
時間が無かった。余裕が無かった。もう、どんなものにでも、すがりたかった。
鼻をすすりながら問う。
「……遊んだら、プレゼン資料、出て来る?」
「うん、僕が見付けてあげる」
かくれんぼ、を提案された。私に鬼をしてほしいと。
目を瞑る。
「もぉ、いい、かい?」
しばらくの沈黙。
そして。
「もぉ、いい、よ」
ぴちぴちの白Tシャツにトランクス姿で、無精髭を生やした小太りの見知らぬ男が、手に持ったプレゼン資料を差し出した。