血染め頭巾と死色の雪 -灰色の毛皮-
【諸注意】
某白狼おじさん洋ゲーに触発されて練り練りした、リスペクト…オマージュ…パロディ…小説です…。
もしかしたら内容に似たサブクエストがあったかも……。
読んでいて不快に感じたらすぐに読むのをやめてください。
あと百合要素は絡めていないつもりですが、作者がユリスキーなのでぽくなってしまっているかもしれません!ごめんなさい!
死臭がする。
原因はそこらじゅうに転がっている死骸だ。主は家畜、紛れて人の死体もある。それの殆どは胴が真っ二つに切り裂かれており、死因も歴然。
カラスを始めとする肉を欲する獣が集り、気味の悪い音を立ててウジまでわいている。
誰だって好んで近付かないそこに、二人の若い女が近付く。
赤い頭巾をかぶり、背中にはボウガンを装備した女。赤い頭巾の中からは、ウェーブの掛かった短めの黒髪、そして射抜くような赤い瞳が覗く。
そして雪のように白い髪を定位置で一本に束ねた女。瞳は透き通るような水色だが、美しいと言うより恐ろしいという言葉が似合う。全体的に死人のように白い女だ。
頭巾を被ったほうが真っ先に牛の死骸に近付くと、切り口に手を突っ込みぐちゃぐちゃと音を言わせながら何かを探る。
対して小綺麗というわけではないが、衣服は血液でドロドロになっている。
それにも関わらず女は牛の体内を弄る。
そして引っ張り出したのは、臓器だった。
ポケットから布を取り出すと、そこに丁寧にしまい込む。そしてそれが終わると切り口をじっくりと眺めだした。
「イルヴァ」
死骸を弄っていた女が片割れを呼ぶ。イルヴァと呼ばれた死人のように白い女は、遠くにある村を見つめていた視線を戻す。
女は牛の死骸の切り口から一本の毛を取った。汚れていない方の袖で拭うと、血にまみれた毛の元の色がはっきりと分かる。
それは牛の毛というには違いすぎて、誰が見ても一目瞭然だった。茶色がかった牛の毛色に対して、それはグレーと言える色。
まれに別の色の毛も含まれるのだと考えるだろう。しかしこの二人は違う。その毛を見て、何の動物――怪物の毛だか分かった。
「当たりね、ダグニー」
「そうだな。だがこのサイズ、相当な……」
ダグニーと呼ばれた頭巾の女は再び牛の死骸のもとへ腰を下ろす。やせ細っている個体とはいえ、牛は牛。そこそこな大きさがある。それを真っ二つに、しかもそれは一撃で真っ二つに出来るような怪物。
ダグニーは心の中で舌打ちする。そして帯剣している銀の剣を撫でた。
これは《協会》に入り認められた人間に与えられる――対怪物用の特殊な武器。確実に怪物を殺すには、この銀の剣が必要不可欠だ。
そしてあろうことかダグニーは先の都市にてまともな整備をしていなかった。《狩人》としてあるまじき言い訳であるが、ここまで大きな個体と遭遇するとは思っていなかったのだ。
そして不安そうに撫でる動きを、長年の相棒であるイルヴァが見逃すはずない。それになんと言っても前の都市にて彼女に「ちゃんと整備しなさいよ」と注意したのもイルヴァなのだから。
イルヴァがわざとらしく嘆息すると、ダグニーの耳にもそれは届いた。バツが悪そうな顔をゆっくりとイルヴァに向ける。
「ほら、あの村で事情聴取しつつ、鍛冶屋を覗きましょう。少し大きい村だから、鍛冶屋くらいあるでしょ」
「すまない……」
ダグニーの雑さは今に始まったことじゃない。それでも許してしまうのは、彼女が《協会》でもトップの実力保持者だからだ。
実際旅の道中何度も助けられているのは、イルヴァもそうだった。
馬に乗り直して村へ向かう。
怪物の影響か農地は荒れ果てている。そして荒れた畑の中心には、変に燃やされたなにかの山がある。黒焦げで炭とかしたそれ。イルヴァとダグニーにはそれが何だか分かった。
そしてその山を見て二人は顔をしかめた。山の正体は燃やされた人間の死体。――あんなことすれば、村の入り口の死骸同様怪物が寄り付く。二人はそう思っていた。
だがこんな辺境の村に、対怪物の死体処理の方法なんて知ってる人間がいるはずもない。
実際村の入り口で確認した死骸は、まだ新しいものもあった。村まで襲いに入らないのは、まだ怪物に理性が存在する可能性が高かった。
二人が村に入ると、不審に思う気持ちを隠さぬ瞳が飛んでくる。栄えている大きめな都市ならともかく、こうして普段から生き死にに関わるこの世界では当然だ。
それになんと言っても、彼女達が《協会員》であることも絡んでくる。
村の端に馬を繋げていると、わざとらしいひそひそ話が耳に入る。彼女達はこのくらいのことは慣れている。
「狩人よ。見て、血がついてる……」
「村長が呼んだのか?」
「あれが銀の剣ね……気味の悪い」
「人も殺すらしいわ」
「恐ろしい恐ろしい……」
そんなことを聞き流しつつ、「待っててくれ」と言わんばかりに愛馬をポンポンと叩くと村の酒場に向かう。情報収集は食事の出来るところがベストだ。もちろん、歓迎されていればの話だが。
風が吹いたら倒れそうな扉をくぐり、酒場に入る。安っぽいアルコールのニオイと、突き刺さるようなよそ者を拒絶する視線。後者ばかりはどこの土地に行っても変わりはない。それは仕方ないと、この人生を選ぶにあたってとうの昔に割り切っている。
「……悪いが化け物屋に出す酒はないよ」
「別に酒は要らん」
「欲しいのは情報よ」
「…………村の入り口で見たのか」
店主がそう言うと、酒場の雰囲気が一気に落ち込む。どうやらこの場にいる誰もが怪物について知っているらしい。それなら話は早いとダグニーが急ぎ足で会話を進めようとする。
「知ってること教えてもらおうか」
「教えたところで村に依頼をする金なんてないぞ」
「依頼金ならほかから貰ってるわ。この村を襲ってる怪物が私達の目的の相手なら、ついでに退治してあげようっていうだけよ」
イルヴァがそこまで言うと店主は嘆息した。諦めて喋る気になったのだろう。
しかし村人はそう思っておらず、カウンターに座る出来上がった男を始め、酒場にいる人間は口々に「余所者に…」「喋るな」なんて零している。
それに怪物だけでは無い。貴族ではない限り豊かな暮らしが出来ないこの世の中で、不満を募らせて人を殺して物を奪い生きている人間だって少なくない。
そんな混乱の世で外れに建てられた村は余所者を信用していない。それは彼女達が訪れた村のどこも一緒であった。
「……数週間から家畜が殺されるようになったんだ。寝て起きたら牛や豚が真っ二つさ。ただでさえ貧しいのに食糧まで無くなっちまったら、俺らは生きて行けねえ……」
「それだけ?」
「あぁ」
彼らが嘘をついているのはハッキリと分かっていた。ここまで綺麗に嘘を貫いている辺り、二人が農地にあった火葬場についても気付いてないと思っているようだ。
村人の中では怪物が人を襲うのは良くないことだという認識でもあるのか、頑なに家畜が襲われた、としか話さない。
そもそもどこに行っても嫌われている《異端者》である狩人達は、こういった対応になってしまうのも無理はない。
しかし逆を言えば嫌われ者で避けられている狩人だからこそ、デリカシーなく質問できるのだ。単刀直入に、相手に踏み込める。
「畑で焼かれていた死体は、人のものではなく家畜だったということね?」
「なにを……!」
イルヴァがわざとらしく少し大きめの声で言えば、テーブル席で飲んでいた男が声を上げる。おおかた家族があの焼山の中にいるのだろう。家畜扱いされて憤慨しているのだ。
そもそも死体の焼山の高さは2,3人で片付けられるほどの高さではなかった。焼けてくっついて本来のときよりも小さくなっていたとしても、それなりの量の死体が積み重なっていたはず。
そこまで追い詰められていても彼らは隠し通そうとする。何かがあるのではと勘ぐってしまうの無理はない。
「別にあなた達がいいならいいけど。あのままじゃまた寄ってくるわよ。ちゃんと処理しないと」
「……」
人間の死体だけではない。村の郊外に置かれた家畜の死体だってそうだ。動ける男どもができるだけ遠くに運んだのだろうが、あの程度の距離ではなんの意味もない。
それに怪物どころか野犬やら熊やらも現れるだろう。疲弊しきっているこの村では、今は何が襲ってきても対処しきれないはずだ。
「私達がやっておこうか?」
「……触るんじゃない、余所者の分際で」
「あ、そ」
「しかし悪いが――怪物は私達の方で頂いていく」
「勝手にしろ……」
二人が外に出ると、酒場にはいなかった女子供達が腫れ物を見るような視線が突き刺さる。気づかないふりをして歩けば、イルヴァの右肩にべチャリとなにかが投げつけられた。
見やればそれは泥団子。投げつけられたと同時に子供の怒号が飛んでくる。
「出ていけ化け物!」
「こ、こら、やめなさい! お前まで連れて行かれるよ!」
「見ろあの色白さ……恐ろしい」
イルヴァは何食わぬ顔で泥を手で払う。着替えは大して持っていない。空いた時間に川で水浴びするついでに洗えばいいだろう。おしゃれなど気を遣う仕事ではないし、そういう人生を歩んでいないからだ。
普段は血にまみれた生活をしているのだ。泥程度でどういったこともない。
それはもちろんダグニーも同様だ。特に彼女に至ってはイルヴァよりも狩人としての人生が長い。これで泣き言を言うようならば、怪物と対峙したときには死ぬに決まっている。
叫ぶ子供を無視して村の入口へと戻る。馬を回収し、畑に放置された死体の焼山に近付けば、処理の甘さからくる死臭が漂う。
燃やしたのはいくらか前だろう。今日はまだ新しい死体は出ていないようで、燃え後はすでに冷たさを持っていた。
積み上げられている死体は大抵が胴が真っ二つにされており、村の端に放置されていた家畜と同様の切り口だ。《証拠》こそ探れないものの、こうした犯人は同一犯と見て間違いないだろう。
「これ以降襲ってないとなると、今晩あたりにまた来るな」
「随分とお腹を空かせていそうだものね。結局、死体の処理はどうするの?」
「不要と言われたんだ、無理にしないさ。それに今回は毛皮だけあれば十分だろ」
「そうね」
「しかしあの様子じゃ鍛冶屋も貸してくれそうにないな……」
ダグニーが憂鬱そうにつぶやいた。イルヴァは「それ見たことか」と微笑む。しかしこういったことも何度も切り抜けてきた。今回もどうにかなるだろう。
「! ねえ、ダグニー。あれ見て」
イルヴァが何かに気付いて指をさす。死体の山の向こう、雑木林の入口付近。目当ての怪物の足跡が複数。
ダグニーとイルヴァが近付いて確認すれば間違いない――巨大な犬のような足跡だった。50cmはゆうに越えるだろうその大きさ。
「……でかいわね」
「3……いや、4メートルはあるかもしれないな」
ダグニーはそう言うと目の前にある雑木林を見る。森と言っても過言ではないその生い茂る木々。隠れるにはもってこいだろう。それに目の前には村があり、いつでもご飯が用意されている。
この森で身を潜め、腹が空けば目の前の村で人を襲う。
「……いや」
ダグニーはふと思考を止めた。村の死体も家畜の死骸も真っ二つになっているものの、失われている部分があるわけではなかった。細かい部分は欠落しているかもしれないが、大々的に捕食されている様子が見られない。
そこで一つ浮かんだ。いつだったか教えてもらった事がある。化け物から人間に戻る儀式。成功した例は見たことはないが、相当な血と日数が必要だったのを覚えている。
「イルヴァ、もしかするとこいつはまだ人との境目にいるかもしれない」
「どういうこと?」
「人に戻る儀式は知らないか?」
「……あぁ、でもあれって……」
「まぁ、藁にもすがる思いなんだろうな」
ダグニーは地面につけられている足跡をそっと撫でる。好き好んで化け物になるものなんてほんの一握りだ。錬金術師だったり魔女だったり、しかし血肉を欲する化け物になりたがるだなんてシリアルキラー以外いないだろう。
もちろん「戻るための儀式」ではなく、単純に人を家畜をいたぶって楽しんでるだけの、本当のシリアルキラーなのかもしれないが。
それでも《狩人》として、依頼を受けている身としてこのまま生かしておくわけにはいかない。なんと言っても依頼主が欲しているのは、その《毛皮》なのだから。
**
それは久々に大きめな都市を訪れたときだった。霊薬の材料不足や銀の剣が弱ってきていたこと、ダグニーのボウガンの整備と補充など様々なことに時間を費やしていた。
それだけで滞在期間は伸びていく。本来ならばこんな所でノソノソしている時間はないが、普段大きめの都市に訪れることはほとんどない。今いれるうちに準備を整えてまた旅に出なければならない。怪物は消えることは無いのだから。
それに普段から依頼こそこなすものの野営で過ごしている彼女達にとって、金銭面での問題などはない。
とはいえ生ぬるい環境で長い間過ごせばなまるというもの。準備もそこそこに都市を出ようとしていた日だ。
「狩人協会――《銀の剣》、ダグニー様とイルヴァ様のお二人ですね」
「……」
宿に訪ねてきた胡散臭い笑顔の男。それの来訪に気付けなかったのだ。普段ならばとっとと逃げているものを、今こうして捕まってしまった。
ダグニーとイルヴァは職業柄、観察するという癖がある。職業病といっても間違いではない。
まず、指。利き手と思われる左手にはインクの跡があり、ペンだこもあることから事務作業をする人間だろう。それに身なりが酷く良い。銀行や商人と言うには少し高級品すぎるほどだ。
(そうね、言葉遣いからして――)
(貴族あたりの秘書か? それに……)
そして鼻のいいダグニーがスンと匂いを嗅げば、漂うのは高級な香水の匂い。といっても直接付けているわけではないようだった。匂いの薄さからして、普段仕事をしている場所で染み付いてしまったという方がいいだろう。
なんと言っても香水の種類、含まれている香料。一般では手に入りにくい異国のものを用いている。そのへんの商人程度では手に入らない代物だ。やはりつけるとしたら相当な金を持った人間――貴族、王族。
「主があなたがたに興味を示しております。今晩、是非食事でも如何でしょうか」
「……申し訳ないけれど、私達ドレスとか持ってないのよ」
「着る気もないがな」
主、という言葉が出てきて確信に変わる。やはりどこか偉い人間の秘書、側近であった。
大抵そういう人間の言う「興味」というのは、仕事の依頼だ。
あまり金のない村人達の言う「仕事」と違って面倒なのは、娯楽が絡んだり依頼が複雑であったりすることだ。もちろん村人から受ける仕事が簡単というわけではない。しかし村人からの依頼は基本的に、邪魔となっている対象物を排除すれば終わり。
だが金持ちは自分の願いどおりに怪物やら人物の排除を頼まれる。ある種、余裕のある人間というのは面倒なのだ。
それになんと言っても彼女達は堅苦しい空気も好きではない。物心ついた頃から怪物を倒すために訓練し、若くして銀の剣を賜った。礼節や女性としての振る舞い、諸々なんて欠けている。
パーティーなんてもってのほかだし、イルヴァの言う通りドレスすらない。泥と血と汗で汚れた狩りに適した一張羅のみだ。今までも今もこれからも変わりはない。彼女達にはこの生き方が合っているし、これしか知らないのだから。
「その格好のままで結構です。夜になりましたら、城までお越しください」
礼をして男は部屋を去る。
城、と言う辺り貴族というか――そもそもこの都市の領主だったようだ。であれば彼女達が都市に来ていたことも把握していただろう。そしてわざと出ていこうとする日に声をかけたのかもしれない。
「どうする?」
「……まぁ、仕事だろうし、行くか……」
普段は強気なダグニーだが、今回ばかりは返事が重い。その様子にクスリとイルヴァは笑いを漏らしたが、イルヴァ自身も気が重いのは同じであった。
生死のやりとり、怪物退治の苦労、訓練の辛さ。それらを知らないボンボンは、ダグニーとイルヴァにとって面倒な存在でしかない。
二人は宿からチェックアウトをして、荷物の最終チェックを済ませれば既に夕刻。都市の外れに置いていた愛馬を回収し、自己顕示欲の現れとも言える城へと向かう。
道中何度もイルヴァが「ねえ、銀の剣もうちょっとどうにかしないの?」としつこかったが、ダグニーは「大丈夫」の一点張りだった。
これが後々祟ってくるとは知る由も――いや、彼女達にとってはこのやり取りがいつも通りであり、このあとダグニーが後悔するまでがセットなのだ。
城付近に愛馬を起きつつ、走らせてやれないことに対して謝りながら城内へ。
二人について守衛には話してあったのか、特に説明も何もなくすんなりと中へ通される。
豪華絢爛な調度品、異国の書物、などなどなど……。彼女達が今まで見て回ってきた村とは到底考えられない贅沢で溢れていた。これが金の力か……と二人は呆れる。
この廊下に掛けられている絵画ひとつでも売り払って、それを村に寄付すれば随分と感謝され、村人たちもしばらく生活に困ることはないのに……と。
通された部屋も惜しげもなく贅沢具合が発揮されている。既に座って食事を開始していたこの屋敷の主もそれと同じであった。
下々の民が許されない豪勢な食事、衣服。宝石も指や首に飾られている。
二人の入室を確認すると、持っていたナイフとフォークを置いた。そして金持ち特有の気味の悪い笑顔を向けて二人を歓迎する。ダグニーもイルヴァもそれが嫌いだった。
「ようこそおいでなさいました、銀の剣のお二方! 秘書から聞いていた通り美しい」
「……」
「あらまぁ、ありがとうございます」
イルヴァは死人のように色白だが、顔は整っている。この道を選んでなければそこそこ人気があっただろう。だからこの手の世辞には慣れていた。
ダグニーはイルヴァよりも狩人として生まれた時から定められたように育てられていた。こういう対応が苦手――嫌いだし、純粋に《女》として見られているのは下に見られているようで苛つくのだ。
うまくあしらうイルヴァと違って、ただ男を睨みつけて黙っている。
男はダグニーの視線に耐えられず、ゴホンと咳払いをすると話を続けた。
「先に頂いてしまって申し訳ない、是非座ってお二人も――」
「結構だ。本題に移ってもらおうか」
ダグニーが更に睨みつけると、「食えない女だな……」と言わんばかりに男は嘆息した。
そばに用意されていた呼び鈴を鳴らせば、二人が宿泊していた宿に来た男――秘書が現れる。持ってきたのは資料だった。その紙質でさえもそれなりに良いもので、細部にも金を使うのだなとダグニーは思った。
秘書の男からそれを受け取って開けば、小さな地図と所望する素材が書かれていた。そしてその内容に二人は目を見開く。
「……ウェアウルフの毛皮」
「ええ。次のパーティーでそれを着て行こうと思いまして。ちょうど目撃情報もあります。なに、難しいことではないでしょう? 報酬ははずみます……後払いですが」
ペラペラとまくしたてる男にダグニーは心の中で舌打ちする。イルヴァはいつも通りその死人のような白い顔に笑顔を貼り付けて男を見据えている。
――金持ちの依頼はやはり面倒だ。
二人の中で同じタイミングで呟かれる言葉。
黙って無視してこの都市を去るのも手だったが、自分たちの流派である「銀の剣」の名前を出されては下手に動けない。たとえ失敗に終わろうとも、依頼を無視したとなると次に協会に帰ったとき面倒だからだ。
この貴族の男もそれを知ってか知らないでか、彼女達に依頼してきたのだ。この金の使い具合であれば、他の流派を探すことも容易いだろう。だがこうして悲しいかな、コマとして動かしやすいのは「本家」である銀の剣くらいだ。
もちろん銀の剣よりも甘い流派はあるが、あそこは甘すぎて手駒にするには少々面倒なのだ。
「……分かった。引き受けよう。だがあまり期待はするな。ウェアウルフは移動する可能性だってある。餌場から食糧が減れば動くだろう」
「ええ、無理されずに。首を長くしてお待ちしています」
**
夜。
雑木林に入った二人は適当な場所で野営を始める。といっても、このまま野宿するわけではない。野営というよりは……罠を張ると言ったほうが良かっただろう。
イルヴァが腰に下げていた斧で適当な薪を作ってくる。その間ダグニーは罠の準備をしていた。
村に来たときに家畜から取った臓器を取り出す。時間も経過していたからきつい臭いを発していたが、鼻のいいダグニーはそれをも気にしない。慣れているから当然だ。
臓器に軽くナイフで切り込みを入れる。
そして今度はポーチから薬草を取り出す。幾つか選定して切り込みに押し込んでいく。
また別のポーチを漁り、小瓶に入った薄いブルーの液体――霊薬を取り出した。
「お待たせ。これくらいで良いかしら」
「助かる」
ダグニーはイルヴァから薪を受け取ると、取り出しておいた霊薬を数滴かける。そして辺りを見渡して適当な枝を持ってくれば、その枝に先程の薬草入り臓器を突き刺した。
「イルヴァ、心の準備は?」
「いつでも」
不敵に微笑むイルヴァに、ダグニーも口角を上げて応える。
並べられた霊薬を掛けた薪の上に、臓器の枝を立てた。ぐらつきそうなのを無理矢理突き刺せば多少は安定した。
そこにダグニーがふぅと息を吹きかければ、小さな炎が現れる。そして火の着いた薪はパチパチと燃え始めた。
霊薬と薬草の効果で異様な臭いが辺りに立ち込める。これは強制的に怪物を呼び出してこちらに来させる罠。相手によって調合や用いる霊薬などが異なってくる。今回は薪を燃やしたが、怪物によっては水だったり光だったり様々だ。
そしてそれを把握して退治をするのが、彼ら《銀の剣》――狩人の仕事だ。
はじめは小さな音だった。しかし耳の良いイルヴァはそれを聞き逃さない。
どしん、という音がして、そしてそれが徐々にこちらに向かってくるのが聞こえる。しばらくすればダグニーの耳にも届き始める。
今回は鼻の効くウェアウルフが相手だ。本来ならばもっと時間を掛けて雑木林に充満しないと感じない臭いでさえも、瞬時に気付いてくれた。
こちらに向かう足音がどんどん大きくなる。イルヴァもダグニーも、帯剣していた銀の剣を抜く。
一度、大きな咆哮が響いて、木々の隙間からグレーの毛むくじゃらが飛び出してくる。一番近くにいたイルヴァに向かって突進して来たのだ。
間一髪でイルヴァはひらりと避けて距離を取る。
現れたウェアウルフは四つん這いになりながら、唸って二人を警戒する。鼻が利くウェアウルフのことだ、持っているのが銀の剣だと分かったのだろう。その嫌な臭いが怪物にとって、死の臭いだというのを理解したのだ。
「ヴ……グ、オォレ……、ヲ、コロズ、ノ、ガ」
「やはり少しは意識があるのね」
「悪いが命乞いしたところで殺す。依頼だし、元に戻れる儀式なんて存在しないからな」
「グ、オ、オオオオオオ!!」
ウェアウルフは再び叫ぶと、今度はダグニーに襲いかかった。殺すという言葉に反応したのだろう。死にたくない一心で爪をダグニーへと伸ばす。
ダグニーは攻撃を避けつつ、手のひらを斬りつける。人間と比べて治りの早い怪物達だが、この銀の剣では違う。焼けるような痛みが走る上に、回復なんてしないのだ。
「ガァアアッ!!」
普段感じない激痛。ボタボタと垂れる血。いつもならばすぐに回復するのにと混乱していることだろう。
改めて観察すれば、二人の予想通り今まで見た中でも相当な巨体のウェアウルフだった。それなのに本人は最近なったばかりなのか、どうも動きがおぼつかない。対人戦闘――戦い慣れてる狩人相手の戦闘も慣れていないようで、今までどれだけ楽に人を襲っていたのか目に見えてわかる。
ダグニーは銀の剣に付着した血液を払うと、剣を握り直した。ウェアウルフはまだ襲いかかって来そうにない。初めての痛みに耐えきれないのだろう。
ダグニーはそのすきを見計らって、ポーチから一つ魔石を取り出す。夜の暗い中でも赤く輝くそれで、銀の剣を研ぐ。すると一瞬だけ銀の剣が赤い光を帯びてすぐに収まった。
こうすることで一時的に銀の剣に魔術属性を付与する事が出来るのだ。
ダグニーはその魔石をしまうのではなく、イルヴァに投げ渡す。イルヴァもダグニーと同様自身の銀の剣にそれを走らせれば、魔術――炎の属性が付与された。
「いつも通りでいいのなら何も気にせず殺せるのだけれど……」
「毛皮は無傷で――か。チッ、面倒くさい仕事だ」
ダグニーがアイコンタクトを送ると、二人で同時に動き出す。狩人達が動いたことは、当然ウェアウルフも気付いている。
ウェアウルフは乱雑に動いて二人を、二人の剣が近付かないよう暴れまわる。ダグニー達もぎりぎりのところで交わしながら、徐々に徐々にと距離を詰めていく。
イルヴァが剣を振った時、ウェアウルフもその鋭い爪を振るった。ウェアウルフの爪がイルヴァの二の腕を掠める。しかし威力は思ったよりも大きく、その死人のように白い腕からは真っ赤な血があふれた。
だがウェアウルフの負った傷のほうが大きかった。どさりと音がした時にはもう遅い。イルヴァも「やってしまった」と顔をしかめた。
「ギャアアア!!」
「……イールーヴァ~?」
「うふふ、ごめんなさい」
ウェアウルフと二人の間には、ウェアウルフの手首が落ちていた。切り落とすつもりなどなかったのだが、爪が迫ってきていて余裕がなかったのだ。こういった加減が出来ない辺りまだまだイルヴァも弱い。力を認められての日の浅さが出ている。
イルヴァは切り裂かれた袖から見える傷を見た。そこまで深くはないようだが、思ったよりも出血を伴っている。
傷口を抑え、手に力を込めるとジュウという焼ける音がした。手を離せば傷口はふさがっているものの、今度は火傷のように変化している。炎魔術で強制的に止血したのだ。
ウェアウルフも流石にこの傷では厳しいだろう。無くなった手首を抑えてフラフラとしている。傷口は先程銀の剣に付与した炎魔術のせいで、焼かられるように痛いはずだ。
地面は夜目でも分かるほど血に染まっていて、流石の怪物とてそろそろ意識が怪しいはず。
これほどの怪我を受けた以上、そろそろ人間とウェアウルフの境界が曖昧になって意識を戻す可能性もある。そうなればダグニー達にとっては面倒だ。
彼女達は狩人で、怪物ハンター。対人も野盗などに襲われた際は対応するが、基本的には専門外だ。だから人に戻ったウェアウルフを殺すのは、少し気が引けるというもの。
それに何より依頼内容は「ウェアウルフの毛皮の調達」。人間に戻ってしまい、そしてこの傷を負っている人間では命は短い。死んだ後人間に戻るというのは見たことも聞いたこともあるが、死んだ人間がウェアウルフになることなど聞いたことない二人は、少し焦りを覚えた。
このまま人間に戻って死んでしまえば、依頼が達成できない。
「ヴ……ア、む……――タ、のむ……」
「!」
「コ、ろして、くれ、オレ、を――ヒトと、しテ……」
「こいつ……」
ウェアウルフは膝をついた。未だ流血は止まらず、足元には血が滴っている。
イルヴァは剣に付着していた血を振り飛ばすと、鞘に剣をしまった。ダグニーがジロリとその様子を睨めば、はぐらかすような笑顔が返ってくる。
依然としてダグニーは剣をしまう様子がない。が、躊躇せずウェアウルフのもとへと近付いていく。
「……私も存外甘いな」
ぼそりと呟いた。それは小さな声で雑木林にすら飲まれてしまいそうなほどだったが、耳の良いイルヴァにはしかと届いていた。
イルヴァはクスリと微笑んでその後ろ姿を見ていた。
ウェアウルフからはもう戦意を感じられない。出血量を見ても戦える力はないだろう。元々巨体を持っていたとしても、ここ最近なりたてのウェアウルフだ。
その有する能力を存分に使い切れていないのも確かだ。
しかしそれをフルに活用されてしまっては、先程のイルヴァの傷程度では済まなかっただろう。それこそ本当に銀の剣の手入れを怠ったことを悔やむほどに。
ダグニーはウェアウルフの首に剣を置いた。トントン、と何度か軽く叩けば、ウェアウルフも何かを察したのか無抵抗のままそれを受け入れる。
それを確認すると、ダグニーの顔が少し曇った。もう相手は殆ど人間だ。やることは処刑さながら。今まで何度も怪物以外にも人を殺めてきたが、やはりまだ残っている良心が痛む。
だがダグニーも覚悟を決めた。
ひゅん、と風を切る音がして――数瞬。今度は地面に重いものが落ちる。それはウェアウルフの頭部だった。遅れて体も倒れ込んだ。
べっとりと着いた血液を袖で拭い、ダグニーは今度こそ剣をしまう。
「朝になれば人に戻るだろ」
「そうね……」
「行くぞ。依頼人にはいなかったと伝えよう」
「ええ」
**
「やあやあ、死色の雪と血染め頭巾! 君等のような凄腕に出会えて本当に嬉しいよ」
依頼主の屋敷。
通された部屋にて聞いた、快活なその声に二人はうんざりした。二人は依頼を終え、一休みして戻ってきたところ……なのだが。
高級そうなソファに腰掛ける依頼主と、その目の前にいる人物。貴族が着るような衣服ではなく、ダグニー達と同様の狩人の軽装だ。そして極めつけはその胡散臭い笑顔。
「……貴様、銀烏の狩人か……」
「最悪ね……」
銀烏。「本家」と称される「銀の剣」から派生した狩人協会の一派で、姑息なカラスの名の通りモットーは「漁夫の利」。他の流派の手柄をその笑顔と手際の良さで奪い去るという、化け物退治よりも人間相手の方が上手い流派だ。
銀烏の狩人同様依頼主もニコニコと笑顔を向けていることから、最初から全て手のひらで踊らされていたのだろう。銀の剣がウェアウルフに同情して依頼を破棄するところも、もしかしたら考えられていたのかもしれない。
頭の回る銀烏ならば、有り得る話だ。
イルヴァは銀烏が持つ毛皮を見た。綺麗に繋ぎ止められているが、首と手の繋ぎ目は見落とさない。おおかた人間に戻る前に剥ぎ取ってきたのだろう。
彼らは金と楽の前では慈悲などない。もしかしたら二人が戦っている最中も、息を潜めて見ていた――待っていたのかもしれない。
「イルヴァ、帰るぞ」
「そうね」
「おや!? お二人、報酬はいらないのです!?」
わざとらしくまとわり付いてくる銀烏の男に、隠すことなくダグニーは舌打ちする。この男はダグニーが「報酬をもらおうか」と言っても突っかかってきただろう。
ウェアウルフの毛皮を持ってこれなかったくせに、と。
一発殴ってやろうかと思う手前、きつく拳を握るだけで我慢する。目の前でニヤついている男にそう誘導されているようで嫌だったのだ。
「……」
「じゃ、またね。カラスさん」
「銀烏ですよう」
ダグニーは屋敷から出ると大きく嘆息した。イルヴァもその理由が分かっていたから何も言わずにただ横を歩いていた。
今回問題があるとすれば、依頼に失敗し報酬を断ったこと――ではない。まんまと銀烏なんぞの作戦に乗せられていた事だ。
二人は頭を抱えた。
「……あー、協会行った時絶対どやされる」
「ここから遠いし、すぐにばれないと思いたいけど……」
「まぁ……無理だな」
二人はため息をつきながら、都市を後にした。
はじめまして、もしくはお久しぶり(?)です!
ここまで読んで頂きありがとうございます!
一応続きも考えていますが、不評そうならお蔵入りしようかなと思っています。
他にも書いてるのもあるので……ね……。
あと、イルヴァは「白雪姫」、ダグニーは「赤ずきん」をモチーフに色々考えました。
だからなんだという感じですし、今後それに絡めて何かがあるわけでもないです。
それと本当はダグニーもイルヴァと同じような口調の予定でした。でも映像作品や漫画と違って口調が同じだと書き分けが難しく断念しました(わたしの腕の問題です)。
戦う女の子はいいね!
それではまた!
無音