8匹目
私は代々、闇の神を祀る神子の家に産まれ、けれど魔力の弱い、出来損ないだった。
魔道具がなければ魔法を発現できない私は、本家の恥さらしめと疎まれ、蔑まれ生きてきた。
そうして14年目、初潮を迎えた私の左胸に浮かび上がった奇妙な紋様を、ひっそりと大好きな曾祖父にだけ知らせた。
紋様は闇の神の神子の印だという。
少しボケ始めてた曾祖父の話は眉唾物も多かったけれど、この私が選ばれたという特別感と、命綱を得たような安心感があった。
だから曾祖父が教えてくれる闇の神の事は何一つ漏らさず覚え、作法を身につけた。
「己のために神の御名を呼んだらいかんよ。そりゃ即ちお前さんとだけの契約になってしまうからの。お前さんなんぞ一瞬で取り込まれて終わりじゃ」
自分の為に名前を呼んだらいけない。
けれど、一族のために喚ぶなんてまっぴらだ。
だから一生口にすることのない名前だと思っていた。
「メーデルダット、ベーゲルドット」
「どうした、普段は略名しか呼ばんのに」
「寂しくなったの?ジュカ」
ぎゅ、とめえさんの腕に抱きつくと、後ろからべえさんが抱き締めてくれる。
「ぐ、ちょっど、、ぐるじぃ」
「センパイ君に話してから少し様子おかしいよね。
ふふん、初恋の彼に僕たちとの関係は知られたくなかった?」
「・・・・・初恋じゃないやい」
「まだ昔のことを気にしてるのか。それとも後悔か」
2人と出会えたことを後悔したことなんてない。
今のような関係になっても、それだけはない。でも
「私に縛り付けてることを悔いてはいるよ。いで!」
真面目に本気で話したっていうのに、デコピンするとは何事かっ!
しかも、手加減を知らぬめえさんのデコピン。デコに痣とか笑えないからね!!
「何度繰り返せば気が済むんだ。いい加減しつこいぞ、ジュカ」
「いいよいいよ。そうやって罪悪感とやらに縛り付けられててよ。僕が好きにできるからさ。・・・それにしても、改めて考えると、ジュカは複雑な生き方してるよね」
「その割に精神年齢は成長しないがな」
「異議あり!異議あり!」
仄かに笑みを浮かべためえさんが、布団をかけ直してくれる。
「夜明けまではまだ時間がある。もう一眠りしろ」
「貴重なめえさんの微笑みが見れたから寝る」
「僕は子守唄でも歌おうか?」
「いらんわい」
べえさんの言うとおり、複雑な生き方はしている。
私は元々、別の世界からこの世界に召喚され、次いで日本で新たな生を受けた。
日本でこの世界の事を思い出したのは小学2年生の頃で、両親曰くもっと小さな頃から、キョロキョロとなにかを探しては不安な顔をする子だったらしい。
自分に欠けたナニカを思い出してからは、どうすればこの世界に行けるのか、手当たり次第に調べ始めた。
何せ異世界だ。
誰かに相談できるわけもなくて、異世界、というフレーズのつくものなら、なんでも手を伸ばした。
魔法のかわりに科学が発展した世界では、召喚も転生も、毎晩祈って眠ることしかできなくて
年月が経つほど、なんの変化も起こせない毎日に挫けて、眠れなくなって羊を数えては泣いた。
だから、この世界に再び転生したのだと思い出した5年前。
当たり前のように隣に陣取る白黒ひつじに、喜びの雄叫びをあげたのだ。
産まれた世界よりも、優しい両親に恵まれた日本よりも、何よりもなによりも、どうしても、どうしてもこの世界に帰ってきたかった。
「おやすみ、べーゲルドット、メーデルダット」
だって2人がいるからだ。
「どうして2人がいるんだろう」
学生の本分は勉強だ。
この王立学園にも学徒を苦しめる試験なるものがもちろんある。しかも実力主義を謳うだけはあって、単位1つ落とすだけでも就ける職業がかわったりする、鬼仕様だ。
だから試験前はものすんごくピリピリしてて、図書館は感電しそうなくらいビリビリするから、私は専ら中庭のガーデンテーブルでお勉強してる。
ここなら、毛玉なべえさんめえさんに話し掛けても、奇異な目で見られないしね。
「レドモン教授に、いつも試験前はここにいるって教えて貰ったんです!一緒に勉強してもいいですか?」
「ヒラリ様はこちらにまだ不慣れなのだぞ!貴様が気を回して然るべきだろう!」
「黙れ銀髪。そして帰れ、部外者め」
「なななななんだと!」
この中庭は学園と大図書館の共有スペースだから部外者ではないと喚く銀髪よ。お前は勉強するのに邪魔だという意味の『部外者』だよ。
一緒に勉強するとわかるけど、ヒラリちゃんはこつこつ真面目型だ。試験内容はさすがに私達と同レベルではないんだけど、初めての事尽くしなのによく勉強してると思うわ、エライエライ。
ヒラリちゃんが私に聞く→銀髪か割って入る→銀髪の補足を私がする→ヒラリちゃんが私にお礼を言う→銀髪が対抗意識を燃やす。何て悪循環か。
しかも銀髪が騒音を撒き散らしたりするから、ほれみろ。余分なのも来たじゃないか。
「レナウド様!」
「ヒラリ。ジュカもこんなところで勉強しているのか?」
あ、銀髪をさらりと無視したな
「ジュカさんに教えて貰ってたんです。どうしても建国史とか歴史は難しくて」
「あぁ。ジュカはこう見えて学年トップだからな。教えを乞うなら最適であろう」
「ヒラリ様!歴史なら私めが教えますのにっ」
王子とヒラリちゃんを残し、いい加減邪魔くさい銀髪をちょっと顔貸せと引き離す。
「な、何をする、貴様!ヒラリ様に何かあったらどうする!」
「第3とはいえ、王子が一緒にいて、何かあると思うんかい」
後ろに控える護衛が見えんのか
「・・・・・何の用だ」
「そんなに自分で教えたいなら、なんで学園に入学させたのさ。教会にも識者だっているでしょうよ」
通常させない中途編入のために、プライドの高い教会が頭さげたらしいじゃん。そこまでしてここに入れたのはなぁんでかな
「み、皆忙しくしててだな」
「あなた暇そうじゃない」
「・・・その・・・・ヒラリ様は学生だったらしいのだ。勝手に召喚した上、こちらの都合だけを押し付けて、その、申し訳なく思って、だな」
・・・・ん?じゃあ編入をゴリ押ししたのって幹部じゃなかったか?
「そういえば、ヒュースさんは元々神官長のお孫さん付きの神官らしいね」
「・・・・・・それがなんだ」
「もしかして、異世界召喚したのって、そのお孫さん?」
「な!なななななななななんのことだ!!!」
・・・・わかりやすいな
「おいジュカ。何を騒いでおる」
変な汗をかき始めた銀髪をさらに追い詰めようとしてたのに、王子が首突っ込んできたからここまでだとテーブルに戻ると、銀髪よりヒラリちゃんの方が様子がおかしくなってた。
「ジュカさん、あの。あの。今まで黙ってたんですけど・・・・」
「ヒラリ様いけません!」
「ヒュースさん、ジュカさんなら助けになってくれるはずです!」
ヒラリちゃんは祈るように両手をぐっと握った。
「あの・・・・」
「はいちょっとストップー。殿下も護衛君もいるけど、聞かれて大丈夫な話?」
「おぬし、まさかこのタイミングで私を弾こうというのか・・・」
仮にも王子さまを巻き込んで、面倒臭くなったらいやだからね。確認しますとも
・・まあ、本人が聞く気満々で護衛君は諦め顔だからいいのかな
「・・ジュカさん、乙女ゲームって知ってますか?」
「この世界に類似したやつなら知ってるよ」
ヒラリちゃんは、即答した私に驚きつつ、ホッと息をつく。
「私を召喚した人が教えてくれたんです。ここはそのゲームの中なんだって。タイトル聞いたら、映画化もしてるやつでした。私はゲームはしたことないんですけど、映画は友達と見たから内容は覚えてて」
「未来のことが分かる。それがヒラリちゃんが『特別な』理由?」
「未来を視る力があることにしようって言われたんです。でも私はっっ」
「ヒラリ様!それ以上はいけません!!もう行きましょう」
銀髪に追い立てられるように手を取られたヒラリちゃんが、待ってください!と身を捩る。
「映画の話以外は知らないんです!未来なんて!私どうしたら!!ジュカさん、助けてください!!」
「最後まで聞いてやらなくてよかったのか?」
「なんで私が」
ドナドナされたヒラリちゃんを見送って、蚊帳の外にいた第3王子が頬杖ついてジト目で見てくる。
「名指しで助けを求められたのはジュカではないか」
「何拗ねてるんだか。・・・ふむ、神官長の孫ってどんな人?」
「わたしが知るわけなかろう。そして先程の話が全くもって訳が分からん、説明しろ」
「なんで私が」
げーむとは何だ、えいがとは何だ、なぜお前に聞くのだと王子が詰め寄る。近い近い。
護衛君に目で助けを求めると引き離してくれたけど、王子は恨めしげだ。
「・・・兄上はご存知なのか」
「知らないと思うよ、私は話してない。ご存知じゃないから、君達兄弟とも同じようにヒラリちゃんを探ってたんじゃないの」
「・・聖精教会から突然打診があったと聞いたのだ。すぐ上の兄上か私の婚約者候補に、新たに召喚した者も加えろと。必ずこの国の益のために必要な者だと、王に進言したらしい」
「皇太子は既にお子様もいるから、より可能性のあるあなた達ってことね」
けれど、その打診の話も父王から通達はなく、独自で探るしかなかったのだと。
「ジュカ、お主にも関わりのある事なのか。ならば話せ。私の権限で協力するぞ」
「個人的に懸案があったから首突っ込んでるだけだってば」
「・・・・兄上の取り巻きの男には相談してるそうじゃないか」
「?」
・・・・・・・・あ、アシュ先輩か。
「相談してるわけじゃないし」
「ではなぜ2人でコソコソしておる」
「コワッ、何で知ってるかとかわざわざ聞きたかないけど、コワッ。先輩は第2王子の指示でヒラリちゃんに近づいてるの知ってるんでしょ?」
「2人で会う必要はないではないか」
やっぱりこいつ、ネチネチストーカー気質治ってないな。
「第3王子サマ」
「レナウドだ」
「・・・レナウド第3王子サマ。私の心配してくれたならありがと。でも忙しい王子の手助けがいるほど困ってないから大丈夫だよ。政務の手伝いも始めたんでしょ?応援してるから頑張って!」
余計な首突っ込まれても面倒だから、にっこり笑ってお断りしたのに、なぜに頬を染めるんじゃい。
そして護衛君、なんで額を押さえているのか。
・・・・私なんかやらかした?