5匹目
「ジュカさん見ぃーつけた!」
「ほぐぅえ!!!」
不本意ながら横っ腹へのタックルに慣れ始めちゃった、ここ20日程。
ただしランチの後はご遠慮いただきたい。出ちゃうから、出ちゃうからね!
明るいストーカーと化してるヒラリちゃんをベリベリ剥がしながら、なんでこのタックルには事前注意がないんだと白黒毛玉をぶんぶん振ると、指先をがぶりと噛まれた。ぎゃ!
「もう、聞きたいことあったのに、講義が終わるとあっという間にでてっちゃうんだもん。探しました」
「用もないのにダラダラするわけないじゃん。で、どした?」
「今度ある、フィールドワークについて詳しく聞きたかったんです」
「時間あんまないから、少しだけね」
誰の策略か、ヒラリちゃんと私は選択コースが微妙に違うだけで、ほぼ同じ講義を受けているから、必然的に私が学園でのお世話係だ。レドモン教授理事長め。
中庭のベンチに誘導すると、ヒラリちゃんはキョロキョロと辺りを見渡して、何やら興奮のご様子。
「ここの学園って、日本の大学みたいですよね!コースによって受ける講義が違うし、色んな人がいるし。私はわからないことだらけだったから、ジュカさんと同じ基礎科の特待生になれてよかったです!」
「あー、そりゃよかった」
「アシュカルスさんは特科だったって聞きました。基礎科と何が違うんですか?」
「基礎の先。の、選ばれた人たちだけの科だよ」
基本的には学園は実力主義なのだ。知識、技能、特技など、突出した何かがないと、そもそも入学できない。その中でも突出した人たちが特科。
「アシュカルスさんは優秀だったんですね」
おお、おお。頬染めちゃって。恋する乙女よのぅ
ただし先輩はぐいぐいこられるとぐんぐん逃げていくから注意するがいいよ。
「私は光魔法が使えるから入学できたみたいですけど、そういえばジュカさんは?」
「んあ?私?私こう見えてすごい才女なんだよー」
「えぇ!すごいです!!人は見かけによらないって本当なんですね!!」
「・・・・満面の笑みで喧嘩売らないでおくれ」
余計な話をしてたから、もうタイムオーバーだ。
「悪いけどフィールドワークの話はまたあとでね」
「え、もうですか?・・・・私も寮住まいにすればもっと会えるのかな」
「ヒュースさんにこれ以上目の敵にされたくないから、聞かなかったことにしておく」
「今度はゆっくり、一緒にお茶でもしましょう?」
そんな上目使いでうるうるされても、当方トキメキませんので悪しからず。
「今日はこの後、出掛けるところがあってねー。ちょい急ぎなんでまたね!」
「あん、ジュカさぁん!」
今も昔も、召喚した対象を還す術は確立されていない。んだけど、ヒラリちゃんは早々にこの世界に残ることを希望したらしい。
だからこそ、この世界を学ぶために学園に入学したんだっていうけど、教会がそれを認めたことにちょっと違和感あるんだよね。
だって教会関係者がつきっきりで教えてやれば済む話じゃん?なんでわざわざ学園に?
指定された店の前に停まっていた、質素な馬車にのりこんで名前を告げると、勝手に動き始める。
魔道具のお陰でハイテクとローテクが混在してるこの馬車には、馭者はおろか馬すらいない。
馬車ってのは名ばかりで、指定の言葉と音声認識で設定された目的地まで連れていってくれる、便利な乗り物様だ。
いつものように裏門的なところから、顔見知りの門番に挨拶していれてもらう。
「あれジュカちゃん、久しぶりだね。今日もだれかの御使いかい?」
「そうそう、いつものね」
「それで、御使い相手は秘密のままかい?」
「教えたら怒られちゃうもん・・・・ってどした?」
馬車の小窓を開けてやりとりしてた門番君が、ぎょっとした顔で後ずさるのに首をかしげると、顔の横ににょっと伸びてきた刺青文様の腕で窓を閉められた。
「・・・べえさん。めえさんも。2人とも今日はそっちでいくの?」
黙って腕くみしたままのめえさんと、にっこり顔で裏通用口に勝手に進路変更したべえさん。
高貴な貴族様の御使いと称して登城してるのに、態度も図体もでかい上に、見慣れない装束のイケメンな二人を連れてると無駄に目立つから、進路変更に文句はないけど。
そこ本来は王族専用の抜け道だかんね。
「騒がれるのはジュカも嫌でしょう?」
だったら毛玉のままでいてくれと思うのは私だけかい、べえさんよ。
「ジュカよ、ワシの寿命を縮めるつもりでないのなら、後ろの2人に威圧しないよう伝えてもらえんかね」
「だってよべえさん、めえさん」
「あらジュカちゃん。それも魅力の1つなんだからいいのよう」
「だってさべえさん、めえさん」
爺さまと婆さまが睨み合ってるけど、お話進めていいかね?
「うふふ、ご免なさいね。可愛い孫に久しぶりに会えたから、はしゃいじゃったわ。例の子の件も有り難うね」
絢爛豪華とは言わないけど、はっきりお金が掛かってるのがわかる王宮の応接間には、貫禄たっぷりの元王様な爺さまと年齢不詳な前王妃な婆さまの他に、ぬりかべかと思うような筋肉達磨な近衛騎士団長様がいる。
「あの子さ、光魔法はそんなに強くないよ。婆ちゃんからの依頼もあって旅に同行したけど、魔素の浄化能力もそこそこだったし。王子サマがたの現婚約者の代わりに名乗り上げるのは無理じゃないかな」
「そうなのよね。でも特別な子なんだって自信満々なのよ、教会連中。あの子自身は婚約の件は知ってそう?」
「知らないと思うよ。他に気になる人もいるみたいだし。そもそもあの子まだ夢見心地だもん、婚約話がでてもピンとこないんじゃないかな」
日本で生まれ育った10代の庶民に婚約者なんて、他人事もいいところだもん。
「家族とか向こうの友達の話とかがいっこうに出てこないけど、何かのきっかけで急に還りたいってなるかもだし。特別な子ねぇ・・・・何を売り込みたいのやら」
特別な何かの力があったとしても、それだけで国を背負う王子たちの伴侶が務まるわけなかろうに。
ふむ、と考え込んだ私の前に先王妃自らが淹れてくれたお茶がおかれる。こりゃどうも。
焼き菓子をバリボリ食べていた手をお茶に伸ばすと、めえさんに捕獲され、がぷりと噛まれた。
なにすんだ!
「可哀想にのぅ、せめて舐めてやればいいのにの」
「変なアドバイスはやめてね、爺さま」
わかったよって早速べえさんは舐めてるからね!
どんな公開破廉恥処刑か!!
「ねぇジュカ。君はもうとっくに王族じゃないんだから、この人たちの頼みを聞く必要はないんじゃないの?今回の件だって、自分達でなんとかすべきでしょ?」
「大体、あっちもこっちもジュカをいいように使いすぎだ。お前も安請負するな」
「べえさんめえさん、さては文句を言ってやりたくて人型なのか。でもね、殺人犯になりたくないから威圧は抑えてあげてね。爺さまの顔色が紫だよ」
べえさんとめえさんは王族には個人的な恨みもあるだろうから、余計に当たりがキツイ。
「あら、この件に関してはジュカちゃんの方からお手伝いしますって言ってくれてたのよ」
「ぎゃ!婆さま!!」
その中でも余裕で笑ってるちょっとおかしな王妃な婆さまは、内緒なはずの話をあっさりぶちまけてくれた。
「ジュカが自分で?」
「いつもは文句タラタラで、仕方ねえから頼み聞いてやってるって言ってたよな。そういや、光魔法の使い手がお前にも関係あるようなことも言ってたし・・・なんだ。なにを隠してる」
あばばばばば、婆さまめ。
大体、手伝うって言ったのはヒラリちゃんの実力の検証と報告の話で、学園でのお世話までは入ってない!
「ジュカ?」
威圧から開放された爺さまのかわりに、私がソファの端にじりじり追い詰められる。ソファって狭い!
「ちゃんと話す!が、おうちで話す!以上これにて!爺さま婆さま、また今度!!」
ソファの背もたれを飛び越えて扉まで猛ダッシュした私に、またねぇなんて朗らかな笑みを向ける婆さまよ、後で覚えておきたまえ。
「2人ともほどほどにしてあげて下さいね。ジュカちゃん、報告以外でも遊びにいらっしゃい」
会釈もしない2人にかわって、一応ペコリと頭を下げて退出する。除名された私が王宮にホイホイ遊びになんぞ来れるわけないけどね。
この後は尋問大会かとげんなり歩いていると、前からきらびやかな団体が。また、面倒臭いのが来たな。
「おや、どこぞの小猿じゃないか。何か用でもあったのかい?」
廊下の脇によって頭を下げて通りすぎるのを待ってたのに、なんで声掛けるんだよ。
「お久しぶりでございます。殿下におかれましてはご健勝でなにより。少々報告事項がありまして登城いたしておりました」
「また派手なナリの美丈夫を連れているな。些かお前には釣り合わぬのではないか?」
おう、べえさんとめえさんが目立ってたのか。
そりゃ気になるよな。
いかにも坊っちゃんな第2王子は王子としてはデキル子なんだが、学園在学中も何かにつけちゃ私をイジってきてた、お茶目さんだ。
周囲は私たちが従兄弟だとは知らないから、不敬だ身の程を知れと騒いでたけど、王子が突っかかって来るのが悪い。まぁ、おかげで先輩と知り合えたからよしとする。
「人外の美貌も従魔でございますので」
「ほう、人型の従魔か」
王子が興味津々に近付いてきたけど、すかさず取り巻きにお時間がと急かされ、残念そうに立ち去っていく。しめしめ、絡み時間が少なく済んだぞと、頭を下げっぱなしでほくそ笑んだ私の前に、靴がピタリと止まる。
「?あ、先輩か」
魔法省のローブをきた先輩は、なんだかちょっぴり赤い顔でワナワナしてる。
「お前!従魔は羊じゃなかったのかっ」
王子に聞かれないように声を潜めつつ、怒ってるぞアピールとか器用だね。
「・・・あー。ひつじです」
「後ろのは!」
「あれらがひつじです」
「・・・・・・お前な。本当に一回じっくり話をしよう。そうしよう」
「先輩置いてかれちゃうよ、さぁいったいった」
王子が戻ってきても面倒だから早よ行ってくれ。
悪態をつきつつ立ち去る先輩の後ろ姿を見てると、背後にいたべえさんが背中にのし掛かってきた。
「やだなあ、妬けちゃうなぁ。ねえ、メーデル」
「おもっ、重い!」
「騒ぐな馬鹿が。さっさと帰るぞ」
「めえさん待って!んぎゃっ!べえさんが首舐めた!!」
「そんなに目立ちたいなら希望に応えてやる」
後日、王宮の正面階段から見たこともないような美丈夫が大騒ぎな子供を肩に担いで出てきたと噂になったのは、私のせいじゃないと主張したい。
G.Wですんで、次話は月曜日に更新します!