4匹目
「つまらないねぇ」
色とりどりの花が上品かつバランスよく整えられている庭で、上品にティーカップを口に運んでいる婆ちゃんは、気だるげに残念だねぇ、とため息をこぼした。
「今日も羊のままなのかい。年寄りに目の保養くらいさせてくれたっていいじゃないのさ」
「婆ちゃん、目が怖い目が怖い」
私の足元にもっさり丸くなってる白黒ひつじは、肉食獣な婆ちゃんの視線をうけても微動だにしない。
お陰で足があったかです
「例の女の子はこれ以上探っても何もなさそうねぇ」
困ったわあ、ってにこやかに微笑むのは、まるで天使な姉ちゃんだ。悪巧みがお似合いの婆ちゃんの隣にいると天使感がマシマシですね。
「姉ちゃん、あの子は本当になにも知らないよ。ついでにお付きのヒュースって神官が召喚したみたいに話してたけど、どうやら違うみたいよ」
「別の誰かが召喚したってのかい?」
「召喚できるほどの魔力は持ってないって、めえさんとべえさんが言ってたもん」
なら間違いないね、と婆ちゃんが後ろに控えていたお付きの人に合図を送る。
「教会への手入れとか、後はお姉ちゃんがやるから、ジュカちゃんは学業に専念してね」
「あ。あと王子たちも探りいれてるよ。第2と第3」
「そっちは放っておきな。それよりジュカ、最近体調はどうだい。問題無さそうかい?」
「ひつじたちがいるから元気だよ。じゃ、もう行くね、ごちそうさま!」
「なんだい、忙しないねぇ」
あまり長居すると騒動のもとになるので、とっとと退散するに限る。
「あ、ジュカちゃん!お姉ちゃんからひとつ追加情報ね。例の女の子も学園に入るかもだよ」
「・・・・まじか」
「疲れたらいつでもお姉ちゃんが聖女パワーで癒してあげるー。うふふ、あとでパパンとママンにジュカちゃん自慢しなくっちゃー」
「まじでやめてください」
敷地を出て一度振り返る。
大きな大きな白亜の建物は、聖殿と呼ばれる場所だ。正真正銘、血の繋がった姉ちゃんも母ちゃんも、(悪巧みがお似合いの魔女風の)婆ちゃんも、聖女と呼ばれる聖魔法の使い手だ。
私?聖魔法のせの字も使えませんが何か
ヒラリちゃんの光魔法とは、この聖魔法のうちのひとつで、聖女は治癒や浄化のプロフェッショナルな人たちね。立場的にもエライのだ。
聖殿は国の管理下にあって、今は30人前後の聖女を抱えている。ヒラリちゃんのように浄化のために旅をすることもあるけど、聖女2人につき護衛騎士とか諸々合わせて20人以上の団体様で、年に1季と決まっていた。
そう思うとヒラリちゃん、だいぶスパルタで鍛えられてるよね
「ジュカ様、レドモン教授がお呼びですわ」
「え。なんかしたっけな」
学園が始まってから5日。
休暇あけ恒例の、お土産交換や恋バナで浮わついた空気も落ち着くと、提出した課題の評価に1人ずつ呼びだされる試練のときがくる。
出来る子ジュカさんは、難なくクリアしたので呼び出される覚えはないんだが。
「ジュカです、入りました」
「入りましたってなんだね、まったくキミは」
クリンクリンの口髭をお持ちのジェントルメンな教授に促されてソファに座ると、目の前のローテーブルに書類がどさりと置かれた。
「なんです、これ」
「聖精教会からどうしてもとごねられて、1人入学することになった。カジヤマヒラリを知ってるな?」
「あー。嫌です」
「先読みするんじゃない。そして断れると思うな」
書類はヒラリちゃんの入学願書的なやつで、ステータス的なことが書かれてある。
こんなもんまで私に見せちゃいかんだろうに。
「レドモン教授理事長サマ」
「おかしな呼び方をしないように。それと理事長は言っちゃいかん、秘密なのだ」
「婆ちゃんからも調査終了いただきましたんで、できれば関わり持ちたくないんですけどー」
「先方から名指しでご指名だ。そしてもう1人の祖母からの伝言だが、『随時報告するように』だそうだ」
「うへぇ」
あっちもこっちも私をなんだと思ってるんだ。孫だ。
「学園としても問題を起こされて、教会に乗り込んでこられても困る。見張っておきたまえ」
「私が不憫すぎる」
「特別1人部屋を使っている代償だとでも思いたまえ。未だにきちんとした理由すら私は知らないのだぞ。キミの祖父母からのゴリ押しでの特別対応なんだと感謝したまえ」
「ワア、アリガターイ」
都合よく面倒押し付けられてるな、とぶぅぶぅしながら寮へと帰る。2人部屋が基本のところ、悠々自適な1人部屋の私の部屋はエレベーターが欲しい4階だ。
部屋のドアを閉めたとたんに、手首にアクセサリーのように付いていた毛玉から人型へと姿を変えた2人は、我が物顔で茶なんぞ飲み始めた。
「めえさん、ヒラリちゃんの件どう思う?」
「俺らには関係ない」
「そうかな?なにも知らないあの子は、堂々とこの部屋にも来るんじゃない?そしたらこんな風に寛ぐ時間は減るよ、メーデルダット」
「追い出せ」
どこの暴君か。
つうか、君らのために特別1人部屋を使わせてもらってて、その代償だと思えって言われたんだぞ。
「近づくためとはいえ、日本人の転生者だってアピールするんじゃなかったなー」
「あなたを探るためでしたって、本当の事話しちゃえばいいのに。ジュカは優しいねぇ」
「余計拗れるのがわかってて、そーいうこと言う。お腹の中も黒いべえさんめ」
「そもそもあいつらの頼み事を受け入れすぎなんだ。異世界の光魔法の使い手なんぞ、お前にはあまり関係ないことだろうが」
「・・・あるんだい」
「ん?誰か来たみたいだよジュカ」
直後に響くノックの音によっこらせと腰をあげる。
「婆さまから追加情報が届くって言ってたからそれかな。もう、学生をこき使いすぎだっての。はいはーい、ご苦労様ぁ」
「ジュカの先輩とやらだよ?」
べえさん、遅すぎる。
開けた扉をがっちりホールドしてるご機嫌斜めなお人は、お行儀悪く靴まで差し込んでやがる。
「数日ぶり!アシュ先輩、女子寮に侵入とか大胆だね!んぎぎぎ」
「いろいろあって入学者の付き添いで来てるんでな。まだあとしばらくは滞在許可があるんだ。積もる話が出来るくらいの時間がな。・・・俺の足ごと閉めようとするな」
「んぎぎ。あらあら先輩、ちゃんと付き添ってあげなきゃヒラリちゃんが可哀想じゃん。私の事はまた今度・・・・ほぎゃっ!」
扉の開閉の攻防戦は先輩の圧勝で、堂々と部屋に侵入された。
「・・・さっきまで誰かいなかったか?」
「ここ1人部屋だってば。ホラー成分もないよ」
男の声がしたんだが、と首を捻ってる先輩よ。そのまま誤魔化されててくれ。
そして仮にも女子の部屋に押し入ったくせに、堂々としすぎたぞ。
さりげなくめえさんのカップを片付けながら、ラグの上に落ちている白黒の毛玉を拾って手首につける。
「で、なんで聖精教会の神官じゃなく、先輩がヒラリちゃんの付き添いしてんの?」
「やはりヒラリの入学のことは知ってるんだな。ヒュースも来ているが、あいつは出歩き厳禁でな。応接室で学園の説明をヒラリと一緒に聞いてるよ。もうわかってるだろうが、俺は卒業生だから案内してやれるという触れ込みで近付けと、第2王子の指示がでたからだ。・・・お前それ」
「案内してないじゃん。え、なに」
先輩が私の手首を凝視してる。正しくは毛玉を。
「それ、もしかしなくてもあの羊か」
「むしりとったんじゃないよ?」
「あのな、っくそ。あの羊どもはお前の従魔だったのか。そういやその毛玉は前からずっと着けてたな」
「あ、やっぱ気づいちゃった?」
本当は従魔じゃないし、従うなんぞ夢のまた夢だけど。
「チュイムに聞かれて、魔獸じゃないと言ってなかったか?」
「見た通りだって答えたんですよ。嘘ついてない」
「・・まぁいい。お前の旅の同行理由が先だ」
「はい!聖女様からのお願いで光魔法の使い手の実力を検分しました!」
「それは聞いた。ついでにチュイムが第3王子の手駒で探りいれてるってことも、お前から聞いてわかったよ」
先輩の目が毛玉を追ってる。お触りは厳禁ですぞ!
「お前の姉は聖女だもんな、そこからの依頼なんだろうが・・・それだけか?教会からも王子たちからも目をつけられて、お前のリスクが大きすぎだろ」
「教会はさておき、王子たちは問題ないよ?一応従兄弟になるしね」
「・・・・・・・・あ?」
「ん?」
ちょっと待てって考えこんじゃった先輩は放っておいて、紅茶を淹れる。ミルクティーにしよう。
「従兄弟ってことは、親が兄弟。王妃も側妃も隣国から嫁いでこられているので省くとして。陛下の4人のご兄弟のお身内にジュカという娘はいないはずだ」
「おお、さすが元学園トップ!王族の家系図バッチリ記憶してるね!」
「茶化すな。で?」
「現王の末弟、王位継承権を放棄したルーベント男爵が父ちゃんだよ。ただし除名済みだからどこにも私の名前はないはず」
「聞いてない」
「言ってない」
先輩にとっちゃ親友でもある第2王子から教えて貰ってなかったのがショックかもしれないけど、一応これ極秘事項だからね。
王家のトップシークレットのひとつだかんね。
「おい待て。ルーベント男爵がご結婚されたのは、勇者を父に持つ聖女だったはずだ」
「そだね、実は母ちゃんも婆ちゃんも聖女だよ」
「・・・・・お前の祖父母は先国王夫妻と元勇者夫妻で、両親は王弟と聖女かよ」
「有名人ばっかで恐縮です」
ごちり、とおでこをローテーブルにつけた先輩にミルクティーとクッキーを御供えしておく。
「・・・除名ってなんでだ」
「色々あるんですよぅ。でも意地悪されたわけでも無理矢理とかでもないよ」
「・・・・・後でいいからちゃんと教えろ」
その後、レドモン教授理事長サマがプンスコ怒りながら私の部屋に探しに来るまで、魔法省とか匿名希望の第2王子の愚痴やら愚痴やら面白話を教えてもらう。
もちろん私相手に溢せる程度の話題だけだけど、お仕事するって大変だよね。かつて真っ黒くろ企業にいた社会人の記憶があるから、すごいわかるわぁ。
先輩と第2王子は幼少からの知り合いで同級生。気心が知れた仲だからと、今も学生の時と同じように無理難題を押し付けられてるんだろう。あいつならやりかねん。
学生の時は諌めることができても、今は上司だ。
入省したばかりの新人など、発言すら自由にさせてもらえない相手だ。
下っ端はいつだって消耗品。
自分のお願いが命令になることを、王子が自覚するのはいつにることか。
ヒラリちゃんと銀髪はとうに学園外に出て待ってるっていうのに、また来るって名残惜しげに帰っていく先輩の肩をぽすぽす叩いておく。
3日後にはヒラリちゃんが入学だ。
面倒だなぁ