1匹目
前世では、媒体が電子だろうが紙だろうが口頭でさえも、児童書から成人向けまで、異世界もののお話を寝食忘れるほど読み漁っていた。
だから崖から滑り落ちて、ありし日の日本人だった頃の記憶がよみがえった時、強かに大木に打ち付けた頭の痛みより、喜びが勝って「異世界転生キターーー」って雄叫びをあげたのは致し方ないんだ。
崖の上から助けの手も伸ばさずきのこを採っていた爺ちゃんが、アホが加速したなと呟いていたとしても。
いわゆる転生をしたんだけど、日本生まれの残念成人女子だった記憶がよみがえってから、早5年。
この世界で茶色の髪にベリーピンクの瞳は特別な見た目でもなく、片目が疼くわけでも特別な力が沸くでもない、平凡な娘ジュカ17歳です、こんにちは。
電化製品や便利グッズを知ってはいても、仕組みを知らなきゃなんの役にもたたず、漫画で読んだ魔方陣を書いて「出でよ!」とか叫んだけど、当たり前に何もなく、見ていた黒ひつじが馬鹿にしたように鼻息を吹いただけだった。
「お腹がゆるくなーる、お腹がゆるくなーる」
「やめろ、馬鹿もんが。食べ物で遊ぶでないわ!」
「いった!爺ちゃん、か弱い女子になにすんの」
叩いた手が痛いわ石頭め、と手を擦りながら席につく爺ちゃんと、同じテーブルに陣どる黒ひつじと白ひつじに、呪いをかけたばかりのスープを置いた。
「お前には特別な力なんぞないわい。まだやっとるのか」
爺ちゃんには5年前、大興奮のまま日本の話をしたのだが鼻で嗤われて終わりになっている。信じてくれなかったのではなく、それがどうした、と返されたが。
「だってー。せっかく前の記憶があるのに、魔道具がこんな村まで標準装備されてるから電化製品と同じく便利だしー。料理もあるしー。娯楽もあるしー」
「昔、なんちゃら召喚だといろんなもんを呼び出しとったからの。今更じゃわい」
「デスヨネ」
今は平和なこの世界は、かつて魔王よばれる、なにそれふあんたじぃ、な代表格がいて、対戦のために異世界召喚やらが流行ったらしい。
とはいえ、人らしきを呼び出せた例は少なく、生き物であっても、やっぱりナニソレファンタジーなものであったらしいけど。
結局魔王は、この世界の勇者に倒されめでたしめでたし、なのだから喚ばれた人は堪ったもんじゃないな。
そんなわけで私は、日本の記憶をスープのレパートリーを増やすくらいにしか活用できていないのが現状だ。
「ソルテの薬草が生えるころじゃ。おい、ジュカよ。背負いかごいっぱい摘んでおけ」
「えええー、面倒だよぉ。ソルテの群生地までどんだけ魔物に会うと思ってんのー」
「お前が倒すわけでもなかろうに」
つべこべ言うでないわ、と家から追い出す爺ちゃんは私をなんだと思ってるのだ。孫だ。
「あんたたちが頼りなんだから宜しくね!」
読んでた手紙をぐしゃっとしまう。仕方ねぇ行くか。
鼻歌歌って山に入っていく私のお供は、白と黒のひつじだけだ。
白ひつじのめえさんも、黒ひつじのべえさんも私が乗れるくらい大きいひつじたちだけど、絶対乗せてくれないめえさんはツンデレで、追い飛ばしてくるべえさんはクーデレだと信じてる。
『ぶきゃ』
『もぐぇ』
ひつじたちに踏み潰されたり弾き飛ばされている憐れな魔物を横目に、私はご機嫌でソルテを摘んでいた。
特定の場所の特定の時期にしか入手できないこの薬草は、主に頭部が肌寒い人たちに大いに需要のある、大金に化ける薬草で、重要な収入源のひとつだ。
村外れの家から山に入って体感3時間歩いてようやく着く場所だ。明日また来るのは勘弁だと欲張って持ってきた2つの籠がいっぱいになると、グッと腰を伸ばした。
「あてて、よっし!んじゃ帰りも宜しくひつじたち」
れろり、と手の甲を舐めてきためえさんに、さっと手を伸ばしたけど、俊敏に避けられる。くそう。
頑として籠すら乗せてくれないひつじたちには魔物殲滅に徹底してもらい、私はご機嫌で大声で歌を歌いながら山を降りた。
いや、降りるはずだった。
横っ腹に美少女が突っ込んでくるまでは。
「ほぐえっ!!」
「どどどどどらももももももぉぉおんん」
美少女は鼻水垂らしても損なわれないのね、と阿呆なことを思いつつ、強烈タックルをかましてきた女の子をべりっと剥がそうとすると、今度は横の茂みから誰かが飛び出してきた。
「ヒラリ様!!貴様、その汚い手を離せ!」
目映い銀髪のお兄さんは腕を私に向けて突きだすと、なにかを唱えた。
光の粒子が手の平を中心に渦巻く。
あ。これ神官の特有魔法じゃね?
向けられているのが自分だということがすっぽりと抜けていた私は、ほほぅと感心して見ていた。
「やめてください!!」
美少女が私の前に立ちはだかるのと、めえさんとべえさんが銀髪のお兄さんに突進をかましたのが同時。
「えー。何してんの?」
「どういう状況だよ?」
さらに追加で2人が茂みから顔を出したとき、怖い顔で仁王立ちする美少女 と、その子に庇われるアホ面の私と、巨体のひつじたちが銀髪のお兄さんを踏みつけてる、というカオスな場面で。
スッと手を上げたわたしはとりあえず
「無実です」とだけ訴えてみた。
「梶山ひらり16歳。日本の女子高生です!あなたも日本人ですよね?ね?」
「残念ながら生粋の現地人です。髪も目も自前だもん」
「だってさっきの歌!」
「青いタヌキの、押入れが寝床の彼の歌ですかね。あれ世界中で放送されたんじゃなかったっけ?」
「やっぱり日本人じゃないですか!!」
美少女に肩をがっくんがっくん揺らされる。
吐くぞ、やめれ
「残念ながらちょっぴり記憶があるだけの基本成分現地人だよ。あなた、ヒラリちゃんだっけ?もしかして召喚でもされたの?」
「・・・・・はい、ひと月ほど前に。ジュカさんも同じなんだと思ってつい・・・すいません」
「ヒラリ様が謝る必要はございません!」
しゅん、と肩を落としたヒラリちゃんの前に滑り込んでひざまづいたのは、いつ復活したのか、頬にべえさんの角の跡を残したままの銀髪のお兄さんだ。
ええい、面倒臭い。銀髪でよい。
「ヒュース、喚びだした張本人が言っても説得力皆無だろ」
「ねぇ、いつまでここに留まるのよ。日が暮れたら厄介よ。あ、ねぇねぇ貴女。家はこの近く?」
大剣を担いだごりマッチョと、弓を背負った男前なお姉さんがすずいと近づいてきたけど、白黒クッションに阻まれている。ふかふかでしょ?
「ただでは泊めませんよ」
「なんだと貴様!ヒラリ様がお泊まりになるのに金を払えというのか!!」
「なんですか、あのヒラリ様馬鹿」
「わりぃな。礼はするから一晩泊めてもらえねぇか。ここ3日野宿でさすがに疲労が溜まっててな」
ごりマッチョが視線でヒラリちゃんを示す。
そりゃ日本人女子高生にゃ、アウトドアサバイバルは堪えるだろう。
「私はいいけど、爺ちゃんの許可が出たらね。ほら、来るならちゃんと着いてきてね。私も暗くなる前に下りたいし」
めえさんとべえさんに合図をして、ずんずんと歩き出す。後ろから銀髪らしき怒声が聞こえてきたけど知ったことか。
暗くなる前に帰らなけりゃ、私を待ってるのは爺ちゃんの魂が抜けるくらい痛い拳骨なんだ。
「まてまてお嬢ちゃん、その羊はただの羊か?」
「魔獣ではないの?」
「ジュカさん、は、早いぃ」
「貴様置いていく気か!!」
後ろから色んな声がかかるけど、本当に置いてっちゃうぞとばかりにずんずん進んでいく。
どうにか日暮れ前に家に着くと、腹が減ったのか私の手をれろりれろりと舐めるひつじたちをそのまま引き連れて、裏の畑に爺ちゃんを探しにいく。
ちゃんとした年齢は知らないけど、脱ぐとすごいんですな爺ちゃんが上半身の筋肉を見せびらかせながら畑を耕していた。
「爺ちゃーん。なんか人拾ってきたー」
「ああ?」
鍬を担いでこっちに来た爺ちゃんは、そのまま表に周り、息絶え絶えな銀髪とヒラリちゃんをちら、と見て眉を上げると、大剣を担いだお兄さんだけ手招いた。
「ジュカ、あとは離れに案内しておけ」
「はあーい」
少しだけ埃っぽい離れの窓を開け、空気の入れ替えをすると男前なお姉さんが部屋をぐるりと見渡して「すごい」と呟いた。
「こんな広い部屋を使っていいの?」
「客人用の部屋だからお気になさらず。浴室はお湯もちゃんとでるよ」
「え!お風呂があるの??」
今日いち、いい顔をしたヒラリちゃんに笑いかける。
「こんな辺鄙な村だけど、知り合いに魔道具とか好きな人がいてねー。有り難いことにあれこれくれんのよ」
「いや、本当に有り難いわ。体を拭くくらいしかできなかったから。よかったねヒラリ」
「貴様何を企んでいる」
じと目の銀髪に鼻で嗤ってやる。
「ちゃんと払うもんは払ってもらうよ?すでにあの筋肉お兄さんは、爺ちゃんにこき使われてるだろうし。銀髪のあんた魔法使えるんでしょ?それぞれに見合ったものを対価でもらうから、そのつもりでいてねー」
「き、貴様!私を誰だと思っている!!」
知るかいな
「嫌ならあんただけ野営すりゃいいじゃん。あ、夕飯は1刻後ねー。今夜は野兎のシチューだよー」
「あ、ジュカさん、私手伝います」
「ヒラリ様!わ、私も、ま、待ってください!!どけ羊!」
ナイスなタイミングで離れの扉前に立ち塞がった、べえさんには後でおやつをあげよう。
「ヒラリちゃん、んじゃこっち」
なんだか面倒臭いの拾ったなと今更思ったけど、ひつじたちも爺ちゃんも追い出さないから悪人じゃないんだろう・・・・・多分
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