後編
それからユディタが落ち着いて、頬の涙の跡も乾いてきた頃。
ユディタはすんすん鼻を鳴らしながら未だエドアルドから離れようとしない。何なら朝までこのままでもいいかなと思っていたくらいである。
そんな彼女に構うことなく、エドアルドはいきなりユディタの両肩に手を置くと、容赦なくベリッと引っ剥がした。慈悲はない。
そのままあれよあれよと唯一乾きはじめていた自分の上着をぐるぐるとユディタに着せる。突然のことに目を白黒させたユディタだったが、気がつけば、エドアルドの黒い上着によって蓑虫状態になっていた。
そして、最終的に彼が放った一言は、
「寝ろ」
これである。いや、もうちょっと余韻とかはないのだろうか。ユディタはエドアルドのなすがまま、しばらく呆気にとられて茫然としていたが、ようやく事態を呑み込むと不満そうな顔をした。
「……もうちょっとくっついてても良かったんじゃないですか?」
「寝ろ」
「そんなに寝ろ寝ろ言わなくても分かりますよ! もう!」
さっきまでの雰囲気は何処へいったのか。そりゃあユディタだって恥ずかしさはあるが、もうちょっと堪能させてくれたっていいではないか。
口をへの字に曲げて、さらに不満げな顔をしたユディタは、蓑虫状態でなんとか起き上がると、エドアルドのすぐ側にドスンと横たわった。その様子は大きな黒い丸太にしか見えない。
「腕枕を所望します!!!!」
「離れろ」
「ずっと側にいてくれるんじゃないんですかっ!!」
「元気になった途端にお前はすぐ調子に乗るな」
「ちょっとだけ! 一瞬だけで良いんです!」
ユディタの訴え虚しく、エドアルドは立ち上がると少し離れたところに腰を落ち着かせた。悲しいかな、その場に残ったのは黒い蓑虫状態の女だけである。ユディタは両手で目を覆うと、さめざめと泣く振りをした。
「う、ゔゔ……さっきまであんなに優しかったのに……エドアルド騎士に弄ばれた……もうお嫁にいけない……」
「俺がもらうから何も問題はない」
「…………」
「…………」
「えッ⁉︎」
予想だにしない返答に思わずユディタの声が引っくり返る。
「分かったらもう寝ろ」
「な、な……」
寝れるわけがない。なんだ今のは。不意打ちなんてずるい。嬉しさでギュッとなった心臓がバクバクと脈打って痛いではないか。さっきまで騒いでいたのが嘘のように、ユディタは静かになった。
まるで冬眠しているかの如く動かなくなってしまったユディタだったが、しばらくしてまた起き上がった。そのまま無言でトコトコやってくると、またエドアルドの隣にボスンと勢いよく腰を下ろした。今度は横たわらずに座ったままだ。
「……じゃあ、手を繋ぐので妥協してあげます」
「…………」
何が「じゃあ」なのかエドアルドにはよく分からなかったが、彼女が照れまくっていることはよく分かった。その顔が熟れた林檎みたいに赤かったからだ。
一方で、自分を見つめたまま無言を貫くエドアルドに痺れを切らしたユディタは、その蓑虫の身体のどこから出したのか、手をずいっと彼の方に伸ばした。
「寒いんです! 手を握って温めてください」
「……随分暑そうだが」
「寒いったら寒いんです!」
ブーブーと抗議をするユディタを横目に、エドアルドは小さく息を吐いた。
「……わかった。少しだけだからな」
「え、」
「何が少しだけなんですか?」と尋ねるより先に、ユディタの身体が反転する。
気がつくと、ユディタの視界にはゴツゴツとした洞穴の天井と、右端のこちらを見下ろすエドアルドの二つしかなかった。後頭部には腕が回っていて、これはもしや先程ユディタが所望した「腕枕」の状態ではないかと遅れて理解した。
「……これで良いのか、腕枕とやらは」
「ぅ、ゔぅ……はい……」
「今度はどうした」
「う、嬉しすぎて……動悸が……」
「抑えろ」
「んな無茶な」
そう言いつつも、素直にスーハースーハーと大きく息を吸ったり吐いたりしていると、段々と落ち着いてくる。燃えるように熱かった頬も今はほんのり熱いくらいで、胸もポカポカとして、何だか不思議な心地だ。
溢れんばかりの充足感と多幸感に包まれながら、焚き火にちらちらと照らされた天井を眺めていたユディタは、ふと或ることに気がついた。
「ね、エドアルド騎士」
「何だ」
「あの天井の岩、魚の群れに見えません?」
「…………そうだな」
「美味しそうですねぇ……」
「……岩は食べるなよ」
「し、失礼ですね! 私を何だと思ってるんですか!」
何か言いたげにエドアルドが見下ろして来たので、慌ててユディタは自分の口元を触って確認した。良かった、涎はまだ垂れてはいない。
「あ、そうだ。魚といえば、今度修道院で釣り大会をするんですよ。ほら、邪神討伐の追加報酬で貰ったアレです」
「この間完成した池か」
「そうです!」
追加報酬の池とは、その名の通り、ユディタが半年間意識不明に陥っていた見返りと無事に目覚めた快気祝いとして王国から一生分の白パンに上乗せして得た報酬である。
追加報酬といっても、一から新しく作った池というわけではない。元々修道院近くにあった古池を拡張し綺麗にして、ついでに利用しやすいように様々な設備も取り付けてもらったのだ。
その池の工事がつい先日無事に終わり、めでたく完成したのを記念して修道院主催の釣り大会が今度の週末に催される予定なのである。当日は修道院の料理自慢達が釣った魚で魚料理を作ってくれるイベントもある。もちろんこれはユディタの発案であった。
「エドアルド騎士もどうです? 参加しませんか? きっと楽しいですよ!」
「悪いがそんな暇はない」
期待に目を輝かせるユディタを、エドアルドはバッサリと斬り捨てる。「えー!」とユディタは抗議の声をあげたが、深追いはしなかった。彼が忙しいのは百も承知であるからだ。気を取り直して話を続ける。
「それに、大会の優勝者は最高級白パンと聖女の祝福がもらえるんですよ」
「……何だそれは」
「私も最初びっくりしましたよ! 優勝賞品が白パンだなんて、そんなの優勝するしかないじゃないですか!」
最高級白パンとは、第二王子の全面的なバックアップによる、国内外のあらゆる最高品質の材料を使ったそれである。さぞかしフワフワで美味しいことだろう。
ちなみに、その最高級白パンには「私が監修しました」というメッセージが添えられた第二王子の直筆サインカードがついてくる。そのカードの裏には彼の白パンに対するひたむきな思いが綴られており、思わずユディタは感動してしまった。
しかし、最高級白パンについて熱く語るユディタとは対照的に、エドアルドは眉間にこれでもかとシワを寄せて、険しい表情のままだ。いつも通りといえばそうなのだが、何だかいつもよりその険しさが増しているような気もする。
「違う。聞きたいのはパンではなく祝福のことだ。聖女とはお前のことだろう」
「そりゃ当たり前じゃないですか。この国に聖女は私しか居ませんし」
「聖女の祝福は、額に口づけするのを忘れたのか」
「わ、忘れてませんけど……」
祝福とは、効果の高いおまじないのようなものだ。祝福を受けるといつもより運が良くなるし、物事が成功しやすくなる。祝福は術者が自分の唇に魔力を込めた状態で対象者の額に口付けると成立する。一般に聖職者なら誰でもできる光魔法の初歩の初歩だ。もちろんユディタもできるし、彼女の育ての親である司教にやってもらったこともある。
祝福自体は別にどうという事のないものなのだが、ユディタはエドアルドの言わんとしていることが何なのか気がついてしまった。言い訳するようにモゴモゴと歯切れ悪く言葉を続ける。
「……わ、私だってエドアルド騎士の言いたいことは一応考えましたよ。でも、良い景気づけになるからって、主催者側からどうしてもって頼まれましたし、参加者のほとんどは修道院の仲間達で、男の人も司教様を除いたら三人しかいないから良いかなって……。それに何より、白パンのために私が優勝するつもりでしたし……」
「その三人は誰なんだ」
「えーっと……王子様と、偉い大臣のおじさんと、王様の側近のおじさんです」
ここでユディタの言う「王子様」とはもちろん第二王子のことである。おじさん達二人は具体的にどんな仕事をしているのかユディタはよく知らないが、前に謁見室でジャムかバターどっちが白パンに合うか談義をした時には、立派な勲章を胸にたくさん着けていたような気がする。ちなみに二人ともバター派らしい。
「…………」
壮々たる顔ぶれを聞いてから、エドアルドは黙り込んで、どこか疲れたような顔をした。彼には珍しい表情である。「頭が痛い」と言わんばかりのそのレアな表情を、ユディタは下から存分に堪能した。
「……まず、殿下は何故参加している? パンを監修したなら主催者側じゃないのか」
「それは私も思ったんですけど、監修してるうちに参加したくなったそうです。“すべてを勝ち抜いて得る白パンにこそ意味がある”とおっしゃってました」
「……残りの御二方は?」
「もともと釣り大会の話を耳にした王様が自分も参加したいとおっしゃったのが始まりなんですが、開催日には残念ながら公務が入っているので、ならせめて自分の代わりに部下を派遣するということで落ち着いたそうです」
「落ち着くな」
エドアルドの意見は尤もであるが、ユディタにはどうしようもない。ビッグな参加者達に修道院のみんなが萎縮しないように祈るばかりである。いっそのこと顔が割れている第二王子以外の二人は、何の変哲もないおじさんとして紹介した方がいいかもしれない。
未だにエドアルドは頭が痛そうな顔をしている。それを見つめるユディタの顔は、ニヤニヤとだらしなく緩んでいた。その視線を感じたのか、鋭い目元がこちらを見下ろす。
「ぐふ、ぐふふ」
「……何だ。気色の悪い笑い方をするな」
「エドアルド騎士、さっきのは世に言う焼きもちというものですよね?」
「…………」
「ね、ね、私が祝福をするって聞いてムッとしたのは、嫉妬してくれたからですよね?」
「…………」
「ええ、ええ! 何も言わなくても良いんです! 勝手に私がそう解釈して、喜びますから、」
「……だったらどうする」
「え」
「……お前の言う通り、たとえ額でも他の男に口付けるのが堪らなく不愉快に感じたと言ったらどうするんだ」
「……な、どっ、どどど、どうするんだって、聞かれましてもですね……」
エドアルドの急な猛攻にユディタは盛大にどもってしまう。よく分からないまま、突然ナイフで心臓をひと突きにされたみたいだった。そんないきなり、不意打ちで仕掛けてこないでほしい。せっかく頬の火照りも落ち着いてきたのに台無しではないか。
ナイフを刺した当の本人は涼しい顔をして、そんなユディタの様子を眺めている。少し楽しそうなのが悔しい。
意趣返しにユディタはごろんと右側に転がって、「えいやっ」と彼の懐に潜り込んだ。わずかにあった二人の距離は無くなって、ユディタの視界から天井が消えた。見えるのはエドアルドだけだ。
「……おい」
「ふふーん。エドアルド騎士が寝るまで、くっついててやりますからね!」
「…………」
「ちょっと! 無言で引き離そうとしないでくださいよ!」
そうして二人がくっつくくっつかないの不毛な攻防を続けているうちに、夜は更けていく。
ちなみにその晩、ユディタはいくら噛んでも噛みきれない固い黒パンを食べてうなされる夢を見た。次の日起きてみると、腕枕をしていない方のエドアルドの腕に歯形がくっきりついていたのは、また別の話である。
◇
翌朝、支度を終えた二人は洞穴を出た。相変わらず大小さまざまな石でゴツゴツした凸凹道を歩きながら、川沿いに上がっていく。下流に向かっているであろう仲間達と合流するためだ。
崖の上の森から聞こえてくる小鳥の声や、朝日が燦々と身体を照らす感覚が心地良い。ユディタは大きく伸びをするついでに上を見た。昨日と違って、もう真っ青な空とそこに伸びていく絶壁を眺めても苦々しい気分にはならない。
「よし、この辺りだろう」
そうしてしばらく歩いたところで、エドアルドは立ち止まった。必然的にユディタの足も止まる。
「ユディタ、上空に向かって光魔法を放て」
「はい! お任せください!」
エドアルドの意図を汲み取ったユディタは、慣れた様子で頷いた。気合十分、腕をグイッとまくり、天に向けて勢いよく光魔法を放つ。彼女が放った眩い光の筋は、崖を越え森を越え、空高く登った後に軽く弾けた。
「気づいてくれますかね?」
「問題ない。五分も経たずに来る」
たった今、ユディタが行ったのは光魔法による位置情報の伝達である。細い光の筋を上空に放つことで、それを見た仲間に自分達の位置を知らせた。通常は夜にしか行えないものであるが、ユディタの光魔法は強力なため、昼でも眩しすぎるくらいの光を発するので問題ないという便利仕様である。
上を向いたついでに、高くて険しい岩壁をそのままユディタは眺めていた。少なくとも自分の身長の50倍はありそうだ。そこまで考えて、ふとユディタの頭の中にとある疑問が浮上した。
「……あの、エドアルド騎士」
「何だ」
「思ったんですけど、どうやって皆と合流するんですか? 上から引き上げてもらうにしても、この高さはいくら何でも無理じゃあ……」
仲間達はロープを持っているだろうが、この高さで引き上げてもらうのはまず無理だろう。逆にこちらから登るという手もあるにはあるが、ユディタ達は登るのに必要な器具や命綱になるロープを持っていないので、ちょっとでも足を踏み外せば間違いなく死ぬ。それは断じて避けたい。
「それとも、エドアルド騎士の転移魔法で修道院までひとっ飛び、とか?」
「それが出来たら最初からしている」
「ですよねぇ。ここから修道院までじゃ遠過ぎて無理か」
「となると、やっぱり登るしか……?」と難しい顔をして唸るユディタに、エドアルドは呆れたような声を出した。
「もう忘れたのか。この間自分で言っていただろう」
「え?」
「近くにある街の騎士団は、何で有名だったんだ」
「えーっと、……あ! あー‼︎ そうか!」
合点がいった次の瞬間、ユディタの周りに陰が差す。
反射的に上を見た彼女の視界には、予想通りの存在がそこに居た。
「——ドラゴン‼︎」
「竜騎兵に来てもらうよう頼んでおいた。彼らに崖の上まで連れていってもらう」
硬い鱗に覆われた肌に、力強いその翼は何度見ても勇ましく圧巻である。ただ、バッサバッサと翼の羽ばたきによる風量がすごいので、吹き飛ばされてしまうのではないかとユディタは少し心配してしまった。既に前髪は吹き飛ばされて、後ろ髪と完全に同化している。
一方のエドアルドはドラゴンの風に煽られても微動だにしない。そんな彼をこっそり風除けにしたのは秘密だ。
器用に崖の下に降りて着地したドラゴン達は、翼を畳むと、そのままそこで身体を低くした。その巨体から竜騎兵達が降りて来る。
「お二人共ご無事ですか!」
「ああ。手間をかけた」
「無事です! ありがとうございます!」
やって来た竜騎兵達の他に、仲間の聖騎士も何人か付き添って来てくれていた。皆の反応はそれぞれで、「無事で良かった!」と素直に喜ぶ者もいれば、「まあ俺たちの隊長が一緒だったら大丈夫だと思ってたぜ!」と謎に胸を張る者もいれば、「もうドラゴンには乗りたくないです……」と顔を青ざめさせている者もいた。
最後の者に関しては、ユディタは痛いくらいに気持ちがわかるので肩を優しく叩いておいた。なぜ別の人に任せなかったのか聞けば「いや、最初はいけると思ったんです……かっけー! 乗りてー! みたいな感じで……」とのことである。まるで初めてドラゴンに乗った時の自分の再現を見ているようで、ユディタは少し胸が痛くなった。やってみて初めて分かることもあるのだ。
しかし、いくらドラゴンに乗るのが怖くても、この崖の上にあがるためには乗る他ない。ドラゴンに乗る時は心を無にして、出来るだけ下を見ない方がいいよとユディタなりのアドバイスをその聖騎士には伝えておいた。
ドラゴンは二人乗りなので、ドラゴンを操れないユディタ達は必然的に竜騎兵達の後ろに乗ることになる。ユディタと一緒に乗る竜騎兵は短髪のかっこいい女性だった。「聖女様、よろしくね!」と挨拶してくれる溌溂なその雰囲気は、どことなく修道院にいる仲間達を思い出させた。
「じゃあ飛ぶよ! 聖女様、しっかり捕まっててね!」
「は、はい……!」
同じ女性なので遠慮なくしっかりと捕まらせてもらう。ついでに下も見たくないので、目もかたく閉じておく。真っ暗な世界の中、ふわりと感じた浮遊感は一瞬で、風を切っていく感覚がユディタの顔を撫でていった。左右からバサバサと翼が羽ばたく音もする。
(……?)
そうして暫く身を固くして、揺れに備えていたユディタだったが、いつまで経っても揺れは襲って来なかった。ごうごうと風に向かっていく音は聞こえるが、それだけだ。
前回とはあまりにも違いすぎるドラゴン移動体験に、おそるおそる目を開けみる。もう崖の下からは随分離れていて、森を丁度抜けるところだった。どうやらこのまま街までひとっ飛びするらしい。くっついていたユディタの身体から強張りが解けたのが分かったのか、前に座る竜騎兵が声をかけて来た。
「揺れないでしょ! 私の操縦!」
「はい! 全然怖くないです!」
「でしょ! 私とこの子は、騎兵団の中でも一番飛ぶのが上手いんだ! 揺れないで飛ぶなんて朝飯前よ! ね!」
竜騎兵は得意げにそう言うと、ドラゴンの首の根本あたりをポンと軽く叩いた。それを合図に、ドラゴンの方も「ギャオン!」と軽く鳴く。少し胸を張っているように見える。かわいい。
「それに、あの強面の隊長さんにも頼まれたしね!」
「強面の隊長……ってエドアルド騎士のことですか?」
「そうよ! 聖女様を乗せる前に、怖がらないように安全運転で頼むって言われたの! 愛されてるわねー!」
「あ、愛さ⁉︎ ほ、本当にエドアルド騎士がそんなことを⁉︎」
突如として知らされた事実にユディタは動揺する。そんな配慮をエドアルドが見せる素振りは先程まで全く無かった。いざドラゴンに乗る段階になった時、彼は「あの女性の竜騎兵の後ろに乗れ」と一言ユディタに指示しただけだ。その時はドラゴンに乗るのが怖くて緊張でガチガチだったが、それ以外の言葉は何も言われていないことは確実に覚えている。
「ありゃ、知らなかったの? もしかして言わないほうが良かった?」
「いいえ! ありがとうございます! 知れてめちゃめちゃ嬉しいです! 彼、そういうの全部隠そうとするので!」
「ははは! そりゃ良かった! どういたしましてー!」
そう言った竜騎兵は「いやあ、私ってば良い仕事したわー!」と、また豪快に笑う。完全に面白がっている声だ。とはいえ、知らないところでエドアルドがユディタのことを気遣っていたのを知れて嬉しい。どうせなら言ってくれればいいのにと少し思ってしまうのは野暮だろうか。
次第にムズムズした気持ちが胸いっぱいに広がって、胸がまたポカポカして、ユディタは居ても立っても居られなくなった。
後ろを振り返って見ると、仲間のドラゴン達も連れ立って飛んでいる。顔は見えないため、誰がどのドラゴンに乗っているのか分からないが、エドアルドが乗っているドラゴンは確かすぐ近くにいるはずだ。大声で叫んだら少しは聞こえるかもしれない。
衝動のままに、ユディタは前に座る竜騎兵に声をかけた。
「あの!」
「んー?」
「後ろのエドアルド騎士に向かって叫んでもいいですか!」
「はは! いいよ、叫びな叫びな! ただし、この子がびっくりしないくらいにね!」
竜騎兵がまたポンとドラゴンの首元を叩く。「ギャオーン!」と今度は長めの咆哮だ。それに負けないくらいユディタは後ろに向かって叫んだ。
「エドアルド騎士ぃ! ありがとうございますー! ドラゴン乗るの、怖くないですー!!」
ユディタが叫ぶと、すぐ後ろを飛んでいたドラゴンがこちらに近づいて来た。直感的に、そこにエドアルドが居るのだと思う。これだけ近いならば問題ない。続けてユディタは叫んだ。
「それと! 大、大、大好きですー‼︎」
風の音に混じって、ヒュウッと誰かの口笛の音がする。それが何処から来たのか分かる前に、「もっと静かに乗れんのかお前は!」と馴染みのある声がユディタの耳を突き抜けた。だけどそれがちっとも怖いとは思えなくて、こんな時でもちゃんと言葉を返してくれるのが嬉しくて、ユディタはドラゴンの上で声をあげて笑った。




