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透明聖女の粘り勝ち  作者: 美紗登
透明聖女の復帰戦
4/7

前編

色々思いついたので、その後のお話を書いてしまいました。

時系列は本編の半年後くらいです。

 

「そっちへ行ったぞ!」

「矢を放て!」


 鬱蒼とした森の中、聖騎士達の張り詰めた声が飛び交う。弓兵が一斉に矢を放つと、つんざくような叫び声が空気を震わせた。

 その声の主——トカゲに似た見た目の魔獣は身悶えすると口から黒い霧を撒き散らす。この黒い霧は邪気だ。あたり一体が覆われて、途端に視界が悪くなる。


「ユディタ! 浄化を!」

「はい!」


 すかさず横からエドアルドの指示が飛んでくる。ユディタが二度三度と光魔法を周囲に放つと、漂っていた邪気があっという間に消えた。

 視界が晴れると、霧の発生源である魔獣は地に伏せて、もう動かなくなっている。


「倒した……?」

「いや、まだだ。とどめを刺せ!」


 エドアルドが指示を出すと、兵が警戒しつつも魔獣に近づき、無事に首を斬り落とす。流石にもう吐きはしないが、この光景はいつ見ても慣れない。魔獣の最期を見届けながら、ユディタは無意識に拳を固く握りしめた。


「——慣れようとするな」

「え?」


 毅然としたその声に、驚いてユディタは横を見る。

 エドアルドはこちらを見ずに、まだ魔獣の方を鋭く睨んでいた。相変わらず木の板でも入ってるのかと思うくらい真っ直ぐに背筋を伸ばして、眉間に深いシワを刻んでいる。


「こんなものに、慣れなくていい」


 どうやら彼にはユディタの考えはお見通しのようである。それが何だか嬉しくて、ユディタは微笑むと、身体の強張りを解いた。

 その様子を一瞥(いちべつ)したエドアルドは鷹揚に頷いた後、魔獣の方へと歩いていった。

 もう魔獣はピクリとも動かない。誰一人犠牲も出さず無事に討伐できたからか、張り詰めていた空気感が少しだけ和らいで、兵や他の聖騎士達も安堵しているのがユディタにも分かった。


 少し離れたところでエドアルドが怪我人の確認をしている。

 その一方で、ユディタは辺りの様子を観察していた。鬱蒼とした森とは云いつつも、目視できる距離に崖がある。下は確か流れが急な川だったはずだ。危ないので近づかないが。

 こんな崖ギリギリまで来てしまったのは、予想よりも魔獣の抵抗が激しく、足が早かったからだ。もう少し討伐するのに手こずっていれば、崖の下に逃げられてしまって、作戦の続行が難しかったかもしれない。


 何にせよ、無事に討伐できて良かった。ほっと息を吐いたユディタはエドアルド達の方へと足を向けた。

 必然的に首の無い魔獣の遺骸にも近づくことになるので、彼女は少しだけ顔を歪めた。魔獣特有の血の匂いがツンと漂っている。魔獣は人間の身体より、うんと大きい。これで中型だというのだから気が遠くなってしまう。


 分厚くて硬そうな皮膚には矢が刺さったままで、それをユディタは何となく見つめていた。


 ——瞬間、ゆらりと、何か目の端で動いた気がした。少し細くて長い、例えば、尻尾のようなものが。


「え、」

「ユディタ‼︎」


 エドアルドの刺すような鋭い声に返事をする間もなく、気がついたらユディタの身体は宙を舞っていた。

 随分と跳ね飛ばされたが、そのまま地面に打ちつけられる衝撃はいつまで経っても来ない。そういえば崖ギリギリだったなとユディタは変なところで冷静だった。というか、あの魔獣は何なのだ。


「首がないのに尻尾が動くとかああぁぁぁ‼︎」


 おそらく危機に瀕している人間が言うものではない、文句混じりの悲鳴をあげながら、ユディタは崖の下に落ちていった。



 ◇



 話は数日前に遡る。


 その日のユディタは、王宮のとある一室に居た。

 その部屋の前には「王国聖騎士団対魔獣第一前方部隊長室」と書かれた鈍い金色のプレートが掲げられている。相変わらず長くてユディタには覚えきれないが、前と違って一文字消えて、エドアルドがさらに偉い肩書きになったということは知っている。


「魔獣討伐……ですか」


 いつかの応接用ソファに座っていたユディタは、正面に座るエドアルドの顔をまじまじと見てそう言った。その視線に応えるように彼はひとつ頷くと、言葉を続ける。


「場所は東の森だ。中型の魔獣で比較的討伐しやすい大きさのものだが、近くの街の騎士団では対処しきれず、聖騎士団に討伐の要請があった」

「東の森って言えば、竜騎兵がたくさんいるので有名な騎士団ですよね」


 邪神討伐時代に、何度か世話になったことがある騎士団だ。飛行型の厄介な魔獣を倒す時、とても頼もしい味方だった。

 ただユディタとしてはドラゴンの背に乗って戦うのは、出来るならもう二度としたくない経験だ。戦闘の最中にいつ落ちるかと気が気でなかった。

 思わず苦々しげな顔をしたユディタを見て色々と察したのか、「今回は竜騎兵は同行しない」とエドアルドが付け足した。ホッ。


「今回の魔獣は辺りに高濃度の邪気を撒き散らす。そのため、その浄化の役割をお前に担ってもらってはどうかと会議で意見が出た」


 邪気は魔獣が吐き出す有毒な黒い霧だ。濃すぎると周囲の草木は枯れ、人間も命を落とす可能性がある。ドラゴンはこの邪気にめっぽう弱い。ちなみにドラゴンは、邪な力から生まれた存在の魔獣とはまったくの別物だったりする。


 邪気は光魔法で浄化することができ、聖女のように女神の加護が強い者には効果がない。ユディタも討伐時代に何度も邪気を浄化したことがある。浄化自体は別段難しいことではないのだ。

 しかし、あまりにも邪気が高濃度すぎると並の光魔法では太刀打ちできなくなる場合がある。今回ユディタに浄化の要請があったのもそういう事情があるのだろう。何せこの国で一番強力な光魔法を放てるのだ。


 邪神討伐から一年、今まで病み上がりということでユディタの残党処理の参加は見送られてきたが、ようやく自分にも声がかかった。そのことがユディタには何だか感慨深かった。われ知らずニヤついてしまう彼女だったが、そんな挙動不審には早々に慣れてしまったエドアルドは表情ひとつ動かさず尋ねた。


「何がおかしい」

「いやあ、えへへ。魔獣討伐は一年ぶりだなぁと思いまして。記念すべき私の復帰戦ってわけですね」

「……そうだな」


 エドアルドには珍しい、歯切れの悪い返事である。まあこれは無理もない。ユディタが戦場に赴くことを、彼が全面的に歓迎していないらしいことは分かっていた。

 つい半年前まで、彼はユディタを突き放してまで、もう聖女として戦場に立たせないようにしていたのだから。尤も、ユディタが粘って粘って最後には泣き落としをして折れてもらったが。


「体調に問題は?」

「ありませんよ、めちゃくちゃ元気です! お役に立って見せますとも!」


 目覚めてからこの半年、いつ要請が来てもいいように体力作りはしっかりしていたのだ。もう歩くのも走るのも問題はないし、体力も以前と同じくらいまでに回復した。

 意気込みを示す為、ユディタがぐるんぐるんと腕を回すと、「やめろ」とエドアルドが鬱陶しそうな顔をした。ひどい。


「意気込みは十分だが、お前にとっては久方ぶりの魔獣討伐だ。万が一に備えておく必要がある」

「ほうほう、一体どんな?」

「転移魔法陣を使う」

「て、転移魔法陣ですか?」


 転移魔法はユディタが透明だった時にエドアルドの来訪に一役買ってくれたアレである。

 ユディタにとってはお馴染みの代物ではあるが、魔獣討伐にどのように使うのかあまり想像できない。空間を移動するこの魔法は複雑で、すぐにホイホイ用意できるものではない。魔法陣ひとつ作るのにも相当の技術がいるのだ。


 いまいちピンと来ていないユディタにも分かるように、エドアルドは説明してくれた。その内容はなかなか斬新で、それなら安心だとユディタも諸手(もろて)を挙げて賛成したのだった。




 ◇




(ごめんなさいエドアルド騎士! 万が一がたった今起きちゃってます!)


 そして今現在、ユディタは絶賛落下中であった。

 ぐんぐん迫る地面に「ひええええ!」とユディタは(おのの)く。至る所で問題を起こしている彼女ではあるが、流石に崖から落ちるのは初体験だ。ドラゴンからだって落ちたことは無かったのに。


 すると、突如としてユディタが身につけていた鎧の胸当て部分が光りだした。光源は、そこに刻まれている()()()()()である。驚くほど均整が取れて綺麗なその魔法陣は、誰かさんのキッチリカッチリした性格を如実に表している。


 その次の瞬間には、ユディタの身体は誰かのガッシリとした腕に抱きこまれていた。顔をあげると、いつか見た恐ろしい憤怒の形相が目に入った。


(ぶ、ブチ切れていらっしゃる……!)


 内心冷や汗をかきながらも、ごうごう耳をかすめていく風の音に負けないように、ユディタは必死に声を張り上げた。


「エドアルド騎士!」

「光魔法を撃て!」

「どこに⁉︎」

「下だ!」


 ユディタの落下する身体を、エドアルドが強く抱きしめる。風に煽られていた身体が安定した。撃ちやすいように支えてくれているのだとすぐに察する。


 下を見ると、川は目前だった。あの崖の高さからまともに水面に叩きつけられたとしたら、まず無事ではいられないだろう。

 手をグッと前に突き出して、ユディタは全神経をそこに集中させた。


「——今だ‼︎」


 エドアルドの声が耳を突き抜けていくと同時に、ユディタは水面に向かって勢いよく光魔法をぶっ放す。


 その反動で水面ギリギリで一瞬ふわりと浮いた二人は、直後にボチャンと水しぶきをあげて川に落ちた。













「ハァ、ハァ、鼻に水がばびりまじだ……」


 何とか岸に上がったユディタは地面に両膝と両手をついた。だらだらと垂れる鼻水をすする。

 大きく肩で息をするその身には先程の鎧はもう着いていない。沈むから、と水中で脱ぐようエドアルドに指示された。

 身軽さを重視して必要最低限しか身につけていなくて本当に良かったと思う。もしこれで鎧をガチガチに着込んでいたなら、今頃は海の藻屑と化していた。


(いや、海の藻屑じゃなくて川の苔……?)


 そんなどうでもいいことを考えているうち、段々と息が整ってきた。起き上がって、一緒に岸に辿り着いたエドアルドの方を見る。ユディタと同じく鎧を水中で脱ぎ捨てた彼は、特に慌てることなく静かに周囲を観察していた。

 ポタポタと彼の短い髪から水滴が垂れている。しばらく大人しくそれを眺めていたユディタだったが、「へっくしゅん!」と小さなくしゃみが出た。凍えるほど寒くはないが、まだ暖かくなったばかりのこの季節にずぶ濡れはあまり良くないのではないだろうか。


 ずびずび鼻水をすすっていると、エドアルドがこちらに近寄って来た。その顔はいつも通り険しい。


「身体が冷えるか」

「こ、凍えるほどじゃないんですけど……とにかく服を乾かしたいです」

「少し先に洞穴が見えた。服はそこで乾かそう」

「はい」


 エドアルドと連れ立って、洞穴の方を目指して歩いていく。

 身につけている服は出来る限り絞って水気を抜いたが、それでも完全とは言えない。肌に張り付く布の感触が気持ち悪かった。びちゃりびちゃりと不愉快な足音を立てながら、ユディタ達は会話を続ける。


「結構下の方まで流されましたよね?」

「そうだな。転移する前に川の下流に向かうよう頼んでおいた。上手くいけば明朝には合流できるだろう」

「じゃあ今夜は洞穴で野宿ってとこですね」

「そういうことになる」


 野宿自体は今までに何度か経験しているので、抵抗感はあまりない。我ながらたくましくなったものだなと思っていると、拳くらいの大きさの石に足を取られそうになった。


「うわっ、と」

「気をつけろ」


 ぐらりと揺れたユディタの身体を、エドアルドがすかさず支えた。お礼を言うと、「どういたしまして」の代わりにお叱りを頂いた。これが彼の通常運転である。


 ユディタ達の足元には、大小さまざまなサイズの岩やら石やらがそこかしこに転がっていて、それらがこの硬い凸凹道を作っている。上を見ても目に入るのは真っ青な空とゴツゴツとした絶壁だけだ。

 さっきまではこの崖の上に居たのだと思うと、ユディタの胸に苦々しい思いが押し寄せてくる。


 もしユディタが崖から落ちていなかったら、今頃は皆で近くの街の宿屋に戻っているはずだった。無事に作戦を終えることができたとお互いに健闘を称えあって、美味しいご飯を食べて、身体を十分に休めることも出来ただろう。


 だが、現実はこの有様である。

 きっと仲間達は心配しているだろうし、魔獣討伐で疲れ切っているその身体でユディタ達を助けに来てくれるのだろう。エドアルドに至っては一緒に崖から落ちて、こうしてずぶ濡れになっている。彼がもし転移魔法を施してくれていなかったら、あの時自分がどうなっていたか。それを想像するとユディタはやるせない感情に囚われた。


「……ユディタ?」

「え?……あ、はい! 大丈夫です! 転んでません!」


 自分を呼ぶ怪訝な声に、ユディタは咄嗟に背筋を伸ばす。いつの間にかエドアルドと少し距離ができていた。いけない、さっきもっと注意をしろと言われたばかりなのに。少し小走りをして、慌ててエドアルドの隣に並んだ。


「顔色が悪い、どこか痛むのか」

「いいえいいえ! 服がびちゃびちゃで気持ち悪いなぁって思ってただけですよ」


「遅れちゃってすみません」と付け足して、ニッカリと歯を見せて笑う。その様子を終始エドアルドは観察していた。その鋭い視線に先程までの暗い気持ちを見透かされそうで、どうか気づかないでほしいとユディタは心の中で祈った。


「…………」

「エドアルド騎士?」

「……行くぞ、遅れるな」


 くるりと身体を反転させると、エドアルドはまた歩いて行く。どうやら誤魔化せたようだ。ユディタはホッと小さく息を吐いて、その後を追った。




 ◇




 洞穴の中は想像よりも広かった。大人二人くらいなら余裕で入れる大きさだ。入り口からの奥行きも十分にあるため雨風も凌げそうで、まさに野宿するのにうってつけの洞穴である。


 ユディタ達は早速火をおこすことにした。来る途中に川沿いで拾った流木は湿っていて火がつくか不安だったが、エドアルドの魔法の火はそんなことお構いなしによく燃えた。さすがである。


 それからたまたま川で流されず無事だった紐を取り出す。自分のポケットを探ってこれが出てきた時には、ユディタは「おおっ!」と感動の声をあげてしまった。持っていたカバンは残念ながら流されてしまっていたから、余計に感動した。

 その紐を適当に尖った岩壁に括り付けて、ユディタ達は服を乾かす用意を始める。上着やら何やら、身につけている衣服を次々とそこに干していった。


 と、そこまでは順調そのものだったのだが、途中である問題が浮上した。


「えええエドアルド騎士! 後ろ! 後ろ向いてますよね⁉︎」

「向いている。やはり気になるなら服が乾くまで外に出ているが」

「いや、それはダメ! それはダメです! 後ろ向いてるならいいんです! 良いんですよ全然! まったく! 何も問題ないです!」

「騒ぐな、声が響く」

「あ、は、はい」


 その問題は、まあ当然といえば当然なのだが、服を乾かしている間の代わりの服が無いというものである。

 現在ユディタとエドアルドは焚き火を取り囲む形で、少し間隔を開け、お互い背中合わせになって下着姿で座っていた。


 普段は能天気で、色気より食い気をまさに体現したような人間のユディタであるが、流石に羞恥心というものはある。のっぴきならない事情があるとはいえ、異性の前で下着姿になるなど恥ずかしいこと極まりない。それがエドアルドともなると尚更である。


 はじめ、ユディタを(おもんばか)ったエドアルドは服が乾くまで洞穴の外で待機していると主張したが、それは断固として拒否した。下着姿でエドアルドと同じ空間にいるのは恥ずかしいが、かといって彼を半裸で吹きさらしの寒い外に放置なんて出来るはずがない。複雑な乙女心である。


 そんなわけで、議論に議論を重ねた結果(と言ってもほとんどエドアルドがユディタの要求を呑む形であったが)、今のこのような状態に落ち着いているわけである。


 最初は緊張してカチコチに固まっていたり、無駄に饒舌であったりと挙動不審なユディタではあったが、次第に慣れてきたのか、いつも調子に戻ってくる。

 となると、やはり次に気になる話題は何においてもあの首なし魔獣のことである。


「あのぉ、エドアルド騎士」

「何だ」

「私を尻尾で跳ね飛ばした魔獣のことなんですけど……」

「…………」

「あの魔獣って、生きてたんですか?」

「……首は確実に落とした。だが、魔獣は身体の作りも生命力も他の生物とは桁違いだ。絶対は言い切れない」


 大概の魔獣は首を落とせば確実に仕留められるが、極稀に首を落としてもしばらく動く、恐ろしく生命力が強い個体もいるらしい。倒したと思ったら二回も復活を遂げた邪神がその良い例である。

 ただ、今までの傾向でそれは大型の魔獣に見られたもので、今回のような比較的討伐しやすい中型の魔獣では初めてだという。


「あらゆる可能性を考慮して、首を落とした後も最大限警戒を続けるべきだった。お前が崖から落ちたのは、俺の落ち度だ」


 エドアルドの声が少しだけ硬い。残念ながら今は顔が見えないが、きっと険しい顔をしているのだろう。何となく、崖から落ちる最中の彼の憤怒の表情をユディタは思い出す。恐らくあれも、ユディタにではなく、どちらかというと自分自身に彼は怒っていたのだろう。そう思わせてしまったのが自分のせいだと考えると、ユディタは悔しくて悲しくなる。


「……そんなの、私だって注意散漫でしたし、もっと警戒するべきでした」


 そう言いながら、ユディタは膝を抱えて背を丸めた。あの時もう少し自分が周囲気を配っていたなら、そう思えてならない。ユディタは口をへの字に曲げると、顔を膝に(うず)めた。


「……私、正直めちゃめちゃ張り切ってたんです。頑張るぞ!って、エドアルド騎士がもう心配しなくても良いように」

「……そうだな」

「守らなくても良いって、あんな啖呵切っといて、でも結局こうして助けてもらってますし……」

「…………」

「守る必要がないから一緒にいてくれるってエドアルド騎士は言ったのに、守られてっ、助けられてばっかりだし、皆にも迷惑かけてるし……ズズッ」

「ユディタ」

「わた、私が、グスッ、し、しっかりしなくちゃ、ヒック、エドアルド騎士が、ズッ、また、また離れていっちゃうのに、」

「ユディタ、後ろを向け」


 言われるがまま、ユディタは後ろを振り向いた。エドアルドはこちらに背中を向けたままだった。きっとその背中は鍛え上げられた筋肉で逞しいのだろうが、あいにく今のユディタの視界はボヤけまくっていて、ただの凹凸のない肌色にしか見えない。


「向いたらそのままこっちに来い」

「……はい」

「……振り返るが、良いか?」

「はい」


 ゆっくりと、エドアルドがこちらに振り向く。さっきまであんなに恥ずかしかったはずなのに、不思議と今は何の羞恥心も湧かなかった。それよりも顔を見たいという欲求の方が遥かに強くて、エドアルドと目を合わせた瞬間、(せき)を切ったようにユディタの瞳から大粒の涙がぶわっと溢れた。

 それをエドアルドはひとつひとつ、優しく指で拭っていく。カサついた親指で頬を二度三度撫でられた。


「……泣くな」

「はひ、ズッ、ずびばぜん……」

「俺はもうお前の側を離れないと約束した」

「で、でも、それは、守る必要がないから、って、」

「……確かにあの時はそう言ったが、俺はお前と一緒にいようといまいと、お前に何かあった時は守ろうとするだろう」

「い、一緒にいても……?は、離れていかない?」

「ああ」

「ほんとに?」

「お前が今日着ていた鎧が良い例だ。本当にお前を守らないことが一緒にいる条件ならば、あんな面倒なもの用意しない」


 そう言われて、ユディタは自分が身につけていた鎧を思い出す。あれこそが、エドアルドが言った()()()()()()だった。

 ユディタの自室のバルコニーにある転移魔法陣と同じように、あの鎧にはエドアルドの転移魔法陣が刻まれていた。一般的な防御魔法はもちろんのこと、もし今回のようにユディタの身に何か起こった場合、すぐ彼女の近くにエドアルドが転移を出来るという便利仕様だ。あの崖で一瞬にしてユディタの側にエドアルドが来れたのも、あの鎧のお陰であった。


「それに、お前は守られてばかりだというが、俺を守ってもいる」

「私がエドアルド騎士を守ってる……?」

「あの時、お前が光魔法を放つのが少しでもズレていれば、無傷では済まなかっただろう。俺がこうして今ここにいるのは、お前が俺を守ってくれたからでもある」


 あの時、エドアルドがすぐに来てくれたからユディタは落ち着いて光魔法を撃てた。エドアルドが撃つタイミングを教えてくれたから助かった。

 今までユディタはそう思っていたが、そうではないと目の前の彼は言う。ユディタが彼を信じて、適切なタイミングで光魔法を撃ったことでエドアルドを守ったのだと。


 ずるずると鼻を鳴らしながら、ユディタは口を開いた。


「エドアルド騎士」

「何だ」

「……私、一緒に並んで歩けてますか? 貴方の後ろで守られるんじゃなくて、同じ道を、一緒に歩いてますか?」

「ああ。充分すぎるほどにな」


 そう言ったエドアルドが小さく笑った。それを見た瞬間、ユディタは衝動のまま目の前の彼に抱きついた。触れ合う素肌に、すぐに自分が下着姿だと気づいたが、そんなことはユディタにはどうでも良かった。はしたないと言われても、ここには今エドアルドと自分の二人だけしかいないのである。


 はじめは微動だにしなかったエドアルドも、何度か宙で手を彷徨わせた後、観念したのか、ゆっくりと彼女の背中に手を回した。ギュッとユディタが腕に力を込めると、呼応するように背中に回った腕も強くなる。


 そうしてしばらくの間、二人は黙ってお互いを抱きしめ合っていた。

 

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