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前編

 

 リンゴンリンゴンリーンゴン。


 一日の始まりを告げる鐘が鳴る。この修道院から鳴るその鐘の音は、何故か毎回最後だけ間延びする。

 修道院で育ち、かれこれ二十年近く生きてきたユディタには聴き慣れた音ではあるが、間延びする原因は未だに分からない。


 その鐘の音を合図に、ぼんやりと部屋の天井を眺めていたユディタは廊下に飛び出した。

 部屋を出て長い長い廊下を歩くと、木製の螺旋階段が目に入る。それを降りるとまた長い長い廊下を歩く。先程の廊下と違うところは、窓ガラスに青や赤の色がついていることだ。朝日に透かされた色とりどりの幾何学模様はとても綺麗だ。


 廊下の端まで行くと、大きな扉に突き当たる。これは聖堂に繋がる扉だ。前まで至る所がハゲかかっていたが、今は綺麗に塗り替えられている。

 そこを通って中に入ると、もう何人かの少女が集まっていた。ユディタと同じ、この修道院に住む仲間達だ。


「皆、おはよう!」

「おはよう」

「おはよう」

「おはよう、よく眠れた?」


 顔を合わせると、皆が口々に朝の挨拶を交わす。

 ユディタも欠伸をしながら、挨拶の輪に加わった。その欠伸は西の湖のカバも驚くほどに大きい。


「そこ、欠伸をしない」


 ふいに、そんな声が聞こえた。穏やかだけれど、凛とした声だ。ユディタの隣に立っていた仲間の少女がシャキッと背筋を正す。どうやらこの子もユディタと同じく欠伸をしていたらしかった。


 声の主は粛々と歩いてくる。余計な足音ひとつもさせず、ユディタ達の前にやって来た。


「皆さん、おはようございます」

「おはようございます、司教様」


 少ししゃがれた老夫の声に続いて、鈴の音みたいな少女たちの声が聖堂に響く。ユディタは司教の荘厳な声と仲間達の清廉な声のこの応酬を聞くのが好きだった。これを聞くためだけに今この場に居ると言っても過言ではない。

 残響が鳴り止むと、司教は慣れた様子でひとつ頷いた。


「では、朝の礼拝を始めます」


 司教の言葉を皮切りに、ユディタの仲間たちは皆、手を組んで祈り始めた。ユディタもそれに合わせて一緒に祈る。一方の司教は教典を持って、長々と格式ばった口上を述べ始めた。


 難しい文言と低い司教の声は、子守唄のようにユディタの眠りを誘う。だが居眠りはもちろん御法度だ。バレると罰として一週間の便所掃除を命じられる。あの臭い一週間は何回やっても慣れない。大して遠くもない記憶を思い出して、ユディタは一人でげんなりした。


 そんな取り留めのないことを考えている間に、司教の言葉はもうすぐ終わりを迎えつつあった。ここまで来るといつもユディタは祈るのをやめて周りを見る。

 仲間達はまだ祈っていた。手の指をきつく組んで、熱心に熱心に祈っている。


 優しい彼女達がこのとき何を、誰のことを祈っているのかはユディタには手に取るように分かる。この光景を見ると、いつもユディタの胸には嬉しい気持ちと悲しい気持ちが半分ずつ押し寄せてくるのだ。

 ユディタは眉を下げて、色つきガラスに照らされて黄色く光る司教を見やった。彼の眉間に、いつの間にかシワが小さく出来ていた。それに触れてギュギュッとシワ伸ばしをしてやりたいものだが、ユディタにはできない。


 そして、長々しい彼の口上がいつもの言葉で締め括られる。


「……最後に、聖女ユディタが一日でも早く目覚めますよう」


 それを聞きながら、ユディタは透ける自分の身体を見下ろしていた。




 ◇




 ユディタはどこにでもいる平凡な女だった。

 頭は良いとは言えなかったが、容姿は愛嬌があるとたまに褒められた。物心つく前に流行病で親は失くしたが、預けられた修道院で自分と同じ境遇の仲間達と共にすくすく元気に育った。

 他と違うところといえば、とびきり能天気なことと、とびきり食い意地が張っていることと、とびきり光魔法が得意なことぐらいであった。


 そんなユディタの平凡な日々は、ある日突然崩れ去る。

 夕飯の買い出しの最中であった。いきなり天から光が差してきたかと思うと、ユディタの周りだけやたら神々しく輝いたのだ。

 ポカンと呆気に取られていると、お城の使いがわらわらやって来て、あれよあれよと城に連れて行かれた。


 そこで告げられたのは、ユディタが女神に選ばれた聖女であることと、その力を使って国を脅かさんとする邪神を倒して欲しいという話であった。

 曲がりなりにも修道院で育ったので、女神と邪神の話は勉強が苦手なユディタでも知っていた。


 女神は人間が住むこの国を太古から守り、信仰されて来た存在だ。対して、その守りを打ち払い人間を滅ぼさんとする存在が邪神である。

 もともと女神の力は邪神よりも強いものであった。だが、ここ数百年で力を消耗し邪神を退けるのが難しくなってきた。人々は弱まる女神の力を危惧しながらも、今まで何とか騙し騙し、邪神が放つ(よこしま)な力や、その力から生まれた魔獣達を抑えこんでいた。


 しかし、最近になってますますその勢いが増してきており、国はその対応に追われているらしい……というのがユディタたち一般市民が知る女神と邪神の話である。


 国家の一大事であることに変わらないのだが、一般市民が出来ることは少ない。「出来ることといえば、囮として前線に立って聖騎士様らの役に立つくらいだよ」と、ユディタが行きつけの魚屋の親父は捻くれたことを言っていたのを覚えている。


 兎にも角にも、か弱い一般市民を自負していたユディタにとって、邪神や魔獣という存在は対岸の火事で暴れまくる怪獣のようなものであった。それをいきなり業火の中に飛び込んで倒してこいなどというのだから、女神の無茶振りも良いところである。


 だから、お人好しであまり深く物事を考えない癖があるユディタも流石に最初は断った。単純に身の危険を感じたからである。

 今までの人生でユディタは大抵のことは深く考えず挑戦してして来た。それがとんでもなく良い結果を生んだ時もあるし、とんでもなく悪い結果を生んだこともある。もちろん悪い結果の時は一週間の便所掃除という臭いお仕置きもオマケでついてくる。

 ユディタの育て親である司教はそんな彼女に呆れながらも、とりあえず身の危険を感じることだけは絶対やるなと口酸っぱく言い聞かせていたのだ。

 ちなみに説教の最中、彼の眉間に刻まれた深い深い(しわ)をユディタがギュギュッと伸ばしてまた叱られるまでがワンセットである。


 しかし、国の偉い人達も「ハイそうですか」と引き下がるわけにもいかない。

 女神に選ばれた聖女が持つ力は、人間の中で最も邪神及び魔獣に対抗できるものだった。光魔法ひとつ放つだけで聖騎士10人分くらいの働きが期待できるのである。


 日に日に力を増し続ける邪神や魔獣に疲弊していた国は、あの手この手でユディタが聖女の役割を引き受けてくれるように画策した。

 けれども、ユディタは地位にも富にも、はたまたとびきりの美男にも特に興味を示さない。

 そして、巡り巡ってようやくユディタが首を縦に勢いよく振る条件が提示される。


 それは、彼女の育ったオンボロの修道院の改修と、一生困らないだけの食事とフワフワの白パンの提供であった。









「……まったく、ユディタの食い意地にも困ったものだわ」


 そうぼやいたのは、ユディタより三つ歳上の仲間である。彼女はユディタが修道院に来る前から居て、姉のような存在だった。ちなみに司教に次いで二番目にユディタに説教をよくする人物でもある。


 現在、朝の礼拝を終えたユディタ達は修道院のとある一室にいた。といっても、ユディタの身体は相変わらず透けていて、この部屋に居る誰にも見えていない。


「一生分の白パンもらう代わりに邪神を倒しちゃうんだもんねぇ」


 もう一人いた別の仲間の少女はそう言って肩を竦めた。

 それから彼女達二人は部屋の奥まで進んだかと思うと、ひとつのベッドの前で足を止める。そして、そこに横たわる人物に手をかけ、丁寧に丁寧にその身体の向きを変えていく。


「噂では第二王子との結婚も提案されたらしいよ。もちろん断ったらしいけど」

「うわ、第二王子ってめちゃくちゃ格好いいんじゃなかった?」

「白パンに負けちゃあ絶世の美男も形なしね」


 軽口を交えながらも、彼女達はテキパキと自分たちの仕事をこなしていく。

 彼女達がこの部屋に来た目的は、ベッドの上で寝たきりのその人物の身体の向きを変えることであった。長いこと同じ体勢でいると、そこから血の通りが悪くなって皮膚がダメになってしまうからだそうだ。


 向きを変える作業を終えると、今度は三つ年上の仲間の女がベッドの上に流れるその髪を手に取って優しく梳かし始めた。

 それから、仰向けになったその顔を覗き込んで問いかける。


「ねぇ、アンタが会った王子様ってどんな姿だった? やっぱり金髪?」


 王子の髪は黒色だった。顔は確かに綺麗だったが、ユディタはあんまり惹かれなかったし、興味も湧かなかった。ユディタが白パンの方が良いと言った時は何故か「まさか君に負けるなんて……」と白パンに話しかけていたのは面白かったが。


 続けてもう一人の少女も言う。


「貴女のおかげで修道院はとても綺麗な場所になったわよ。前までちょっとカビ臭くて嫌だって言ってたものね」


 そうなのだ。ユディタが育ったこの修道院はとても古くて歴史ある——と言えば聞こえは良いが、端的に言えばボロかった。

 どんなに掃除をしても取れないカビ臭さはユディタを含めた修道院みんなの長年の悩みであった。だから、綺麗になったと喜んでくれて良かったとユディタは思う。残念ながら今は実体も嗅覚もないので前と比較することができないが。


 ふいに、小さな溜め息が聞こえた。丁度よそ見をしていたので、ユディタには誰の溜め息か分からない。

 もう一度、仲間二人に視線を戻す。先程の楽しそうな雰囲気とは一転して、彼女達はどこか寂しそうにその人物を眺めていた。


「……ユディタ、早く目を覚ましなさいよね」


 彼女達がベッドの上に横たわる()()()()()にそう声をかけるのを、ユディタはただ黙って見ていることしかできなかった。




 ◇




 修道院の改修と、一生困らないだけの食事とフワフワの白パンの提供を条件に、ユディタは聖騎士団と共に邪神討伐へ乗り出した。

 そして約一年ほどの期間を経て、数多の困難に見舞われながらも、見事に聖女としての役目を果たし上げる。邪神を封じ込め、弱まっていた女神の力を取り戻すことに成功したのだ。


 問題はその後だった。


 邪神を封じて女神の力が戻った瞬間、突然身体のあちこちから力が抜けて、ユディタは立っていられなくなった。くらくらして、視界が段々と薄れていく。

 霞む意識の中でユディタが最後に見たのは、邪神も逃げ出すのではなかろうかというほど恐ろしい、憤怒の形相でこちらへ全力疾走して来る一人の男の姿だった————


「まだ寝ているのか。この愚か者」


 そう、今まさに横たわるユディタの()()に悪態をついている男、この男である。ユディタの動かない身体の世話を終え、修道院の仲間が部屋を去った後、彼は音もなく現れた。


 鋭すぎて視線だけで人を殺せそうなキツい目つきと、どんな谷よりも深い眉間のシワがトレードマークの彼は、ユディタが聖女だった時に彼女の護衛を務めていた聖騎士である。

 木の板でも入ってるのかと思うくらい真っ直ぐ伸ばされた背筋と、寸分の狂いなく完璧に着こなされた騎士服は彼の頑固で堅物な性格が如実に現れていた。


 一応意識不明の状態である人に向けるものとは到底思えないその憤怒の表情は、ユディタにとっては見慣れたものだ。


「言ったはずだ。聖女の力は有限だ、使い過ぎるなと」


 そんなこと言われても、とユディタは思う。あの時は邪神と魔獣を倒そうと、とにかく必死だったのだ。何事にも深く考えず挑戦して全力投球できるのがユディタの長所であり短所である。

 そんなユディタにこの男はいつも怒声を浴びせてきた。


『もっとよく考えて行動しろ!』

『何か頼まれてもすぐに頷くな! 慎重に考えろ!』

『そんなに光魔法を撃つな!』

『軍議中にパンを食うな!』

『よく考えてから動け!』

『だから光魔法を乱発するな!』

『しっかりしろ! 貴様の頭は飾りか!』

『ここでパンを食うな!』

『自分の行動は自分で選択しろ!』


 大体向こうの方が至極真っ当なことを言っているのでユディタはいつもうんうん頷くことしかできなかった。


 光魔法に関しては、聖女のユディタが撃てば撃つほど魔獣の浄化が早く進むため、これは聖騎士団も助かるのでは?と、100%の善意で行ったのだが、「力をむやみやたらに使うな!」といつもの倍くらい怒られた。

 今覚えば、彼はユディタが今のような状態になることを危惧していたのかもしれない。だって、一番最初に言われたのだ。「お前のような小娘一人だけに頼って邪神を倒すなど、不愉快にも程がある」と。


 邪神を倒した後に自分が意識を失ったのは、力の使い過ぎであることはユディタ自身も何となく分かっていた。最後の最後に光魔法でこれでもかと浄化したからだ。なりふり構っている暇もなく、後ろで何回も「もうやめろ!」と叫ぶいつもの怒声を無視してしまえるくらいには邪神は強かった。


 だいたい形態を二回も変えるなんて聞いてない。命からがら第二形態をようやく倒したと思ったら、「これで最後だ……‼︎」などとほざいて復活しやがるのだ。仲間の聖騎士達はもう疲労困憊で、ユディタだって立つのがやっとでボロボロだったのに。


 怒られることは多々あれど、怒ったことは滅多にないユディタも流石にこれには堪忍袋の緒が切れた。あれだけ気をつけろと注意されていたのに、光魔法を乱発してしまう程度には。


 その後は、まあ、先に述べた通りである。


 意識を手放した後、次に気がついた時にはユディタの身体は透けていて、ベッドの上の自分の身体を立って眺めていた。


 最初は自分の置かれた状況が分からなくて、らしくもなくユディタは混乱した。

 もう一人の自分がベッドに横たわっている。誰にも話しかけることができず、ユディタの存在にも気づかない。育て親の司教様も、修道院のみんなも、ベッドの自分には何度でも話しかけるのに、その横に立っているユディタには見向きもしない。

 何より、壁も床もすり抜けることができる己の透けた身体が、ユディタは一番恐ろしかった。


「自分はもう死んだのだろうか」と思うことは何度もあった。けれど、ベッドに横たわるユディタの身体は今でも生きている。

 では、今の透明なユディタは何なのだろう。死んでもいないし、生きているとも言い難い。中途半端な自分の存在がよく分からないまま、ユディタは自分の動かない身体を眺め続けていた。身体と離れると中途半端な今の自分が消えてしまいそうで怖かったからだ。


 それからしばらくはじっとしていたユディタだったが、だんだんとその状況にも飽きてきた。

 思えば、今まで人生のほとんどを深く考えずに行動してきたユディタにとって、ここまで頭をフル回転させたこと自体がすごいことなのだ。考えたところで答えはでない。彼女の護衛であった聖騎士や育て親の司教であればこの状況の答えを知っているかもしれないが、まず向こうが透明なユディタを認知できない。ならば考えるだけ無駄に時間を食うだけである。


 そうして、ユディタは自分の身に起こったこの不可思議な状況をまるっと受け入れた。

 そうすると、面白いくらいに周りが見えてくる。今まで視界に入らなかったことやものに興味を持てるようになった。


 どうやら、ユディタが邪神を倒してから現実世界では半年ほど経っているらしかった。透明なユディタが目を覚ましたのはここ一ヶ月のことなので、五ヶ月近く意識が戻っていなかったことになる。いや、今でも本当の意味でユディタ(身体のみ)の意識は戻っていないのだが。ややこしい事この上ない。


 ユディタの身体は修道院にある彼女の自室に運ばれていて、先程のように修道院で一緒に育った仲間達が世話を焼いてくれていた。

 意識のない人間を毎日毎日世話をするのは大変だろうに、彼女達はいつも欠かさずやって来る。入れ替わりでやって来て、眠っているユディタに外の色んな話を聞かせてくれるのだ。


 そして、もう一人毎日欠かさずユディタの元にやって来る人物がいる。


「パンだなんだと騒いでいた汚い食い意地はどうした。早く起きろ愚か者」


 何を隠そう、先程からベッドに横たわっているユディタにやたらめったら悪態をついてメンチを切りまくっている、かつてユディタの護衛を務めていた聖騎士のこの男——エドアルドである。


 エドアルドは毎日、部屋に備え付けのバルコニーからやって来る。何故にそんなアクロバティックな来訪の仕方を?とユディタは思っていたのだが、どうやらバルコニーに転移魔法陣を仕込んでいるらしい。

 彼が帰っていく際、バルコニー全体が一瞬光ったかと思うと、そのあと姿が消えていたので間違いない。


 王宮に仕える聖騎士は割と多忙な職業だ。加えて彼は何かの役職についていたのでもっと忙しいはずだ。やたら長い肩書きだったのでユディタには覚えきれなかったが。

 それでも毎日こうしてエドアルドは転移魔法を使ってやって来る。空間を移動する転移魔法もそんなほいほいとすぐに用意できるものではない。魔法陣ひとつ作るのにも相当の技術がいると聞いた。


 来る時間帯は定まっていないが、大体は夕方か夜遅くで、眠るユディタの身体にいつも一言二言悪態をついた後、小一時間ひたすら彼女に回復魔法をかけてから去っていく。


 頭の弱いユディタは始めの頃、エドアルドの目的がよく分からなかった。なぜなら、回復魔法をかけても今のユディタには()()()()()()からだ。


 本来、回復魔法は怪我や魔力枯渇の際に使用するものである。魔力と聖女の力は根本的に違うものだ。ユディタの放つ光魔法は魔力を用いた通常のものではなく、聖女の力を用いた特殊なものである。


 そのため、もしユディタが聖女の力を使い過ぎてしまって何かあったとしても、他の人々はどうすることもできない。回復魔法で怪我は治せても、聖女の力の枯渇は彼女の自然治癒力に委ねるしかないのだ。だから、くれぐれも無理をして力を使い過ぎないようにと、耳にタコができるほどユディタに言っていたのはエドアルドなのに。


 ユディタに回復魔法をかけても意味などない。効果などない。それでもエドアルドは回復魔法を毎日かける。その意味を、ユディタは最近になってようやく理解した。


 ……彼はユディタを一日でも早く目覚めさせたいがために、ずっと回復魔法をかけているのだ。無駄な行為であると、意味などないと分かっていても、彼にできることはそれしかないから。一縷(いちる)の望みをかけて、回復魔法をかけている。


 この世で一番無駄を嫌っているであろうに、目の前の男はそうして毎日やって来る。そんなエドアルドの様子を見るたびに、ユディタの透明な胸はギュッと締め付けられて、苦しくて堪らなくなるのだ。


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