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帆を上げよ、異世界へ漕ぎ出そう  作者: 濱 那須時郎
一章 異世界学園生活は波の上
4/4

ユーリ

 ユーリ、本名はユリア。


 ファミリーネームは知らない。ここでは姓はまったくと言ってよいほど使われないのだ。それが船上学園限定の不文律なのか、はたまたこの世界全体の風潮なのかは、情報不足につきわからない。なにしろあの雨の日以来、僕はまだ一度も土を踏んでいないのだ。


 ともかくここでは、僕はただのレイというわけだ。


「やあ、ユリア……じゃなかったユーリ。ここが女子禁制の聖域と知っての狼藉かな」


「今、またユリアって呼ぼうとしたでしょ」


 勝気そうな吊り目をぎっと見開き、睨みつけてくる。


 理由はわからないけれど、彼女はユリアという自分の名前をひどく嫌がり、どちらかといえば男性的なユーリというあだ名で呼ぶことを強いてくる。男になりたい願望でもあるのかと思えばそうでもないようで、肩まで届く赤みがかった髪といい、きちんと着こなした船上学園の制服──‬あちらの世界でおなじみ、いわゆるセーラー服に近い白を基調とした服──‬といい、中性からはかけ離れている。


「私だって、規則を破ってまで男子寮区画くんだりまで来たくはなかったわ。だけどこんな面倒な役割、他の誰にも任せられないもの」


「役割? はて、どんな」


「忘れ物が多い誰かさんに、提出物の期限を守らせる役割!」


 そうぴしゃりと言って、ユーリは首を傾げる僕の鼻先に、一枚の紙を突きつけた。


「……ああ」


 進路希望調査票。


 あからさまに鼻白んだ声を上げる僕の頭を、彼女はペシンと軽く叩いた。


「そんな嫌そうな顔しないの。自分の将来のことでしょ。うちの班でまだ提出していないの、あなただけだから。今日中に出しといてよね、わかった?」


「……ああ、わかった。わかりましたよ」


 将来ねぇ。


 この異世界で、いったいどうやって身の振り方なんか考えろっていうんだ。元いた世界でも見当もつかなかったというのに。


 一度、「就職か進学かで言ったら、とりあえずは進学かな」と言ってみたことがある。何気ないその一言は、級友どもの哄笑を招いた──後で調べたところによると、この世界でのアカデミーへの進学はべらぼうに難しく、各都市に点在する下級の私学すら東大やハーバード級の難関らしい。


 要するに、日々の授業についてくのがやっとの僕がそれを口にするなんて、ちゃんちゃらおかしいってわけだ。


 それなら消去法で就職、ということになるのだろう。けれど、まったく何の知識も経験もスキルもない僕を受け入れてくれる職場なんて、果たしてこの世界にあるだろうか? いや、ないに決まっている。


 国語の時間に習った反語表現を使って、自虐。


 そんな僕に、彼女はなおも口撃を浴びせ続ける。


「それから、寄港日の行動計画表は? 今日が提出日だけど、ちゃんと書けてる? また遅れたら、トーマに何言われるかわからないからね。あと、髪に寝ぐせついてる。教室入る前に、なんとかして」


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