波間に熱く光る
朝、暴力的なまでに強烈な日差しに目を覚まさせられるたび、カーテンの不在を思う。
もちろんこの部屋にも、本当はカーテンくらいちゃんとある。だけど先日、床が大きく傾いたはずみにコーヒーを派手にぶちまけてしまい、取り外さざるを得なかったのだ。
気の毒なカーテン。汚い話で申し訳ないけれど、その前は反吐だった。あれは入学して間もない頃のこと。船なんて遊園地のジャングル・リバーライドくらいしか乗ったことのなかった僕は、ものの見事に船酔いした挙句、トイレへたどり着く前に“小間物を広げて”しまったのだ。
そしてようやくきれいになって帰ってきたと思ったら、今度は熱いコーヒーときたもんだ。
そろそろ二度目のクリーニングから戻ってくる頃だけど、もう取り付けられることはないだろう。なにしろこの船上学園寮区画四五一号室の主は、生来ものぐさな僕、レイこと木佐元嶺士なのだから。
別にいいじゃないか、カーテンなんかなくたって。日の出と共に起床するなんて実に健康的だし、それに外は一面の海。どうせ誰に覗かれる心配もないのだ。
中でこっそりタバコをふかそうがエッチな本にうつつを抜かそうが、見てるのはお天道様だけってやつだ──エロ本がこの世界のどこで手に入るのか、見当もつかないけれど。
心の中でこんな具合に言い訳を並べ立てながら、ベッド脇の洗面台で簡単に洗顔を済ませる。それから部屋を出る。
寮区画の通路を歩くたび、ここってやっぱり少し怖いな、と思う。
漆喰塗りの白い壁。シンメトリーを成す扉や釣りランプの列。まるで映画の『シャイニング』だ──そんな感想を、ある日級友に言ってみたことがある。
「シャイニングってなんだい?」
その小柄な男子生徒は、黒縁眼鏡の向こうの目を訝しげに細めながら言った。
あのやり取りから学んだことは二つある。少なくともこの世界には、映画という概念は存在するということ。そして、キューブリックの大傑作がここでは認知されていないということ。
こっちの世界と、僕が元いた世界。二つの世界で文化、ことにサブカルチャーがどれだけ共有されているのか、僕には知るすべがない。船上学園には新聞なんて届かないし、テレビなんて一台もないからね。もちろんインターネットなんて望むべくもない。
隔離されてるなぁ、と思う。ここは例えるならば鳥小屋だ。歌を忘れた──あるいは忘れたふりをした──カナリアを満載した、象牙製の巨大な鳥小屋。自由はないけれど、そのかわり安寧だけは保証されている。
「レイ」
けれどここにいるのは、必ずしもカナリアだけとは限らない。僕のようにフェンスの破れ目から迷い込んだスズメもいれば、のべつ幕なしにさえずり続けるキュウカンチョウだっている。ことによると、カナリアの皮を被った猛禽だって──。
「レイ!」
女の声に呼び止められて、僕はとりとめのない考えから覚めた。
振り返ると、そこに立っていたのは青いドレスを着た双子の姉妹──などではもちろんなかった。魔法魔術学で同じクラスのユーリだ。
そうら、キュウカンチョウのお出ましだ。