ムラサキ
僕とあっくん、ケイ君とヤーさん、そしてアランとムラサキだけが残った。
アランはブラジル人で日本語を流暢に話せないが、とても悠長に構えている。ケイ君の演説を理解しているのか、理解出来ていないのかは解らないけど、彫りの深い顔立ちに在る一対の目はいやに厳つい。彼はガタイが良いから、戦力としては手堅いので離し難いが、如何せん話し難い。
ムラサキは藤村咲というのが本名だ。長くて美しい髪は腰の上ぐらいまで伸びている。負けん気が強くて、とにかく天真爛漫な女の子だ。同じ年齢なのに僕よりも身長が高いし、脚が異様に長くてモデルの様な体型をしている。顔もモデル並みに整っていて、みすぼらしい北川住宅には似合わない外見だが、中身は生粋の地元民と言えるほど変な性格をしている。彼女は何処かの国のハーフなのだろうが、決してそれを教えてくれない。何時もヘミングウェイの洋書を持ち歩き、時々英語を喋る事がある。ずっと同じ地域で住んでいるのに、日本語は何故か標準語で話す。謎多き美女だ。
「アランはともかく、ムラサキは大丈夫なん?」と僕が言うと、ムラサキはヘミングウェイを持っていない方の手で、僕の胸倉を掴んで「おいチビ、どういうことよ?」と言った。それを見ていたあっくんが「帰ってシルバニアファミリーで遊んどけって事や」と呟くと、ムラサキはあっくんを突き飛ばし、あっくんは尻餅をついた。この暴言はあっくんなりの女性への気遣いなのだろう。危険で血なまぐさい戦場に向かうには、ムラサキは美し過ぎる。
僕はあっくんに手を差し伸べ、あっくんは僕の手を掴んで立ち上がった。
「俺がやり返さへんからって、いきるなよ」と言って、あっくんはムラサキを睨みつける。
「なによ? やり返せないんでしょ?」
「なんやねん。いてこますぞ、この巨人女が」
「やってみなオカッパ」
ムラサキは持っていたヘミングウェイを僕に渡して、あっくんに向かってファイティングポーズをとった。きっと戦えばあっくんは負けるだろう。
「2人ともそんぐらいにしとけや。時間無いねんから俺の話を聞いてくれ」と、ケイ君が割って入った。ケイ君がムラサキの事を好きなのは、馬鹿な僕でも見て取れた。ケイ君はムラサキと居る時、何か少し変なのだ。
「みんな、一回帰って武装してこよう。小林はガスガンを打ってるから、なんか対抗できるもんを持ってこいよ」
「武装って、具体的にどうしたらいいのよ?」とムラサキが訪ねると、ケイ君は「ムラサキちゃんは長袖の服を着て来て。あと、ズボンの方が良いかも」と優しく言った。きっとケイ君もムラサキが来るのは反対だろうが、下手に反対する事でムラサキに嫌われるのを恐れてるのだ。
「せやから言うてるやんけ、これはおままごとやないねん。女ははよ帰って人形とでも遊んどけ」
「うるさいわねオカッパ。あんたこそさっさと帰って、ママに遊んでもらいな」
「ホンマに泣かすぞワレェ」
「そんな虚仮脅しは怖くないわよ、こけしちゃん」
「アカン。話にならん。大ちゃんからも言うたってくれや。このスケほんまに付いてきよるで」
きっと、ムラサキは何を言っても付いて来るだろう。彼女はとても頑固なのだ。僕は「家に武器はあるか?」とだけ尋ねた。
「オフコース」
ムラサキは艶やかな笑みを浮かべながら答えた。そして僕の耳元へ口を近づけて「ありがとう大ちゃん」と、皆に聞えない様に呟いた。ケイ君は眉間に皺を寄せたが、何も言わなかった。ムラサキは女性扱いされるのが嫌だろうし、変に気を遣われるのも気に食わないのだろう。ケイ君みたいに優しく接するのも間違っている。
「まぁ、ムラサキは良いとしても、アランはホンマに解ってんか?」と、ケイ君がアランに尋ねると、ムラサキが「まかせて」と言って、アランに英語で話しかけた。何を言ってるのか解らないが、ムラサキは「ベースボール」だとか、「ファック」だとか、何か全然違う事を言っている気がした。アランは英語もいまいち解っていない様だったが、何故か急に「オブリガード」と言って頷き始めた。
「アランも戦ってくれるてさ」
「ホンマに伝わっとんけ?」
「じゃあ、あんたが伝えなよオカッパこけし」
「さっきから、オカッパオカッパうるさいねん巨人」
あっくんとムラサキの喧嘩を止めたのはヤーさんだった。彼は何も言わずに喧嘩をする2人の間に立って仲裁した。ヤーさんに睨まれた2人は、言い争いを止めた。ヤーさんの眼力の前には、流石のムラサキも黙り込んでしまった。あっくんは「ヤーさんがそこまで言うなら、もう喧嘩は辞めたるわ」と言ったが、ヤーさんは言葉を一言も発していない。
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今だから言うけど、僕もムラサキの事が好きだった。きっと、あっくんもムラサキの事が好きだっただろう。ケイ君に至っては、間違いなくムラサキにほの字だった。だけどケイ君の口はへの字なって、最後までムラサキ思いを伝えなかった。ムラサキは皆のアイドルだったんだ。眩しくて、頭が良くて、美しくて、そして誰よりもタフだった。だからこそ僕は彼女をラフに扱ったんだ。そして、僕の感情はラブだったんだ。
※フィクションです。
今回の話どうですかね?
個人的には気に入ってます('ω')