茶番
皆さんクルーズ船って乗った事ありますか?
僕は無いので、乗ってみたかったのですが、このご時世では難しそうですよね。
集団感染も怖いですし、乗るとしても自分は乗り物酔いがすごいので絶対楽しめなさそうです。
一回、遊覧船に乗った時は船酔いで死にそうになって、無理やり寝て解決しました。
「いや〜、でもほんと快適でいいなここ」
大雨から一転して、俺ら家族は今クルーズ船のビュッフェに来ていた。
「しかし、ご飯もタダで食えるなんて最高だな」
プロの味が気軽に楽しめるとなれば実際にお金払ってでも来る価値はあるだろう。
「でも、スタッフさんが日本ど喋れないのはちょっと不便だね。」
ビュッフェの定番である、シェフが実際目の前で作ってくれる所で、美味しそうなお肉料理を頼もうとしたら、いきなり異言語で話しかけられて、結局よくわからない料理を提供されてしまった。
「え?私普通に日本語で対応されたけど?」
「俺も。どこ行ったんだお前?」
「いや、あそこのお肉のところ」
と、シェフを指差す。
「いや、俺さっき普通にもらえたぞ」
まじかよ
「え?俺あそこで、なんか意思疎通できなくて結局これもらったんだけど?」
いただいた料理は、置いてある肉料理ではなく、なんの素材を使ったかわからないそぼろというかおからというか不思議な料理だ。
「なんだそれ、味は?」
「うーん、普通?」
それを聞いて、二人はクスクスと笑い出す。
子供の不幸を笑うなんて、酷い親もいたもんだ。
「やっぱ、正義は運無いわよね。」
「いや、将来のために積み立ててるだけだから。いつか、溜まった運を大放出して勝ち組街道まっしぐらだし。」
「貯金ならぬ貯運ってか?」
「じゃあ、その貯運はお母さんたちがしっかり管理しとくね。」
「それ、絶対使い込まれるやつじゃん!」
ビュッフェ会場は広くて開放感もあり、快適で過ごしやすくて口も弾む。
ここ最近忙しさにかまけてあんまり家族の時間がなかったからこうやって笑い合える時間が楽しく感じる。
でもそんな時間は、
大きな揺れによって一時中断させられた。
「おー!なんだ今の!?」
ビュッフェ会場もざわつき始める。
とそこで、船内アナウンスの開始音が響き船長らしき声がスピーカーから響いてきた。
「えー、皆さま。当船、タイタニック3号は只今氷山衝突による浸水にて極めて危険な状況下にあります。只今復旧作業を行なっておりますので慌てずにスタッフの指示に従ってください。」
そのアナウンスを皮切りに、船内も緊迫したムードが漂う。
しかし、誰一人取り乱す様子が見られない。
だが、何かの要因で暴徒と化すことは十分考えられそうな状況だ。
「おい、これまじかよ?冗談だろ?やばくない?」
年の功なのか、俺らのテーブル内で一番というか唯一取り乱しているのが俺だけだ。
母さんと親父の内心は分からないが、雰囲気はいつもどおり落ち着いた様子でこちらを見て、時たまに見つめあっている。
これが、年長者故の貫禄なのだろうか。
「正義。焦ってもいいことは無いわ。落ち着いて行動しなさい。」
「そうだぞ。お前は俺らと違って若いから、何があっても生き延びろよ。また揺れが来るかもしれないから、一旦机の下に隠れろ。」
親父は少しはにかみながら俺にそう言ってくる。
俺はもう返事する気力もなく、うなずいてすぐさまテーブルの下に潜る。
俺がテーブルの下に潜ったのを見ていたのか、周りの席の人何人かはこちらを見て笑っている人も見えた。
しかし、その後テーブルの下に潜る人も散見出来た。
非常事態に慌ててしまうのは、しょうがないのだが、第三者から見た自分が滑稽に写っているという事実が少し俺を正気に戻してくれる。
「おい、テーブル潜っても意味なくないか」
現に、親父たちは潜っていない。
「そうだね。でも、余裕なさそうだったからなんかした方が気が紛れるでしょ?」
たしかにそうだ。実際すこし落ち着きは取り戻せた。
そのタイミングで、会場にスタッフが入ってきた。
スタッフは会場の真ん中に設置されたステージに上がると、マイクで呼びかけを始める。
「皆さん、落ち着いてください。只今ポンプによる復旧を行なっておりますので、全員自室にて待機をお願い致します。」
「おい、ほんとに大丈夫なのかこれ!?」
「沈まないわよね!?」
スタッフのアナウンスに対してすこし柄の悪そうなカップルがステージに詰め寄っていく。
「大丈夫です。安心してください。」
「大丈夫、大丈夫って信じられないわよ!」
また違う人が立ち上がる。
「船は、浮力を保つための箇所が複数ありますので、内部まで浸水しない限りは安全です。今回、浸水が確認されたのは、船底部の一部ですので、復旧には時間がかかりますが問題はありません。万が一のために脱出用のボートも予備も含めて複数常備してあります。心配は無用です。」
「うるせえ!脱出用ボートあるんなら、さっさと乗せろ!俺は出て行く!」
また、柄の悪い奴が増えた。
「私たちは、皆様の命と安全を預かっております。ボートによる脱出は遭難の危険性がありますので、行うとしたら乗客船員全員で行う必要があります。ですので、あまり勝手な行動はせずに係員の指示に従って下さい。輪を乱されますと、皆さんの安全も守れなくなってしまいます。」
この発言は少し高圧的という下上から目線な印象を俺も感じたが、他の人にも同じだったのか柄の悪そうな人たちがゾロソロと壇上に上がっていってしまう。
「ごちゃごちゃうるせえぞ!俺は他人より自分の命が大事なんだ!さっさとボート準備しろや!ぶっ殺すぞ!」
そう言って、チンピラの様な出で立ちの男がスタッフに向かって掴みかかって行く。
危ない!
そう思った時にはスタッフが動いていた。
掴みかかろうとした腕を逆に掴んで捻り上げ足を払う。それによってチンピラが宙に舞う。
「この野郎!おいみんな殺っちまうぞ!」
それを見た周りのチンピラ達も殺気立ちながらスタッフに向かって行くが、皆んなバッタバッタと叩き伏せられて行く。
それはさながらアクション映画の様で、華麗な動きで次から次へとチンピラ達が地に伏せて行く。
そして最後のチンピラは懐に手を入れ…
なんと拳銃を取り出した。
これには俺も“あっ”という声が出そうになった。
「おい、動くんじゃねえぞ!動いたら乗客がどうなっても知らねえからな。」
そう言ってチンピラは拳銃をスタッフに向け一発発砲した。
球は右の足に命中したのか血が吹き出るとともに膝をついてしまう。
「おい、これまじでやばい奴じゃない?」
正直逃げなければいけないのだろうが、少しでも動いたらどうなるか分からない恐怖から足がすくんで動かない。
「落ち着いて変な行動するんじゃないよ。」
こんな時も両親は慌てては居ないが、顔はなにかを堪えるかの様な形相だ。
とまあ、そこでチンピラが
「おいそこの白い服に黒のズボンの女、お前こっちに来い人質だ。」
と、会場のマダムを指差して壇上に上がることを促す。
当の本人は、「え、私?」
と戸惑いながら渋々壇上に上がって行く
人質を取ったチンピラはそれに気を良くしたのか、
「おいお前、人質が傷ついて欲しくなければなんか楽しませてみろ。」
とスタッフに向けて無理難題を吹っかけ始める。
それに対して、「分かりました」
と何やらゴソゴソと準備し始める負傷したスタッフ。そして何やらマジックを披露し始めた。
ジャグリングや空中浮遊そして最後に壇上のテーブルの下に潜ったのだが、クロスが引いてあるせいで中は見えない
何がはじまるのかとテーブルを凝視しているといきなり会場の電気がパッと消えた!
すぐに電気が戻った時には、スタッフさんはチンピラの後ろに立っていて、銃を手ごと掴みそのまま思いきり背負い投げた。
これには会場も拍手喝采で、俺も思わず手を叩いた。
拍手が収まり、会場のムードも戻ってきたところでスタッフさんはマイクに戻ってこう言った。
「皆さんありがとうございました。当船の余興は楽しめたでしょうか?ちなみに、沈没に関しては安心してください。この船は安全なルートを航海しておりますので、氷山に遭遇することは万が一もございません。安心してクルーズをお楽しみ下さい。」
「へ?」
その時の俺は相当間抜けな顔をしていたのだと思う。
堪えきれずに両親が吹き出して、言った。
「これ全部、演劇よ」
ちょっと前に見た中東の映像で、普通の旅客機飛に有名人を乗せて飛行中に飛行機が故障して墜落するドッキリというのを見ました。
最初は隣の席の女性に優しく紳士に対応していた有名人も、墜落するとなった瞬間に豹変していて非常に面白かったです。
見た人いますかね?
日本でもやってみてほしい気持ちがありますけど、今はちょっと難しそうですかね