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庶民派女官は皇太子殿下に愛を囁かれる  作者: 畑中希月
第二章 婚約が決まって

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第八話 彼の両親と顔合わせ

 ……なんで、こんなことになったんだろうなあ。魔が差した、としか言いようがない。

 あのあと、ヴィクター殿下は、満面の笑顔で「では、両親に報告に行きましょう」と提案してきた。いや、提案というか、確定事項だ。わたしは口約束とはいえ、婚約を受けてしまったのだから。


 そんなこんなで、ヴィクター殿下に再度告白(というかプロポーズ)をされた翌日、わたしは彼に連れられて、皇帝皇妃両陛下に謁見することになった。

 殿下はわたしと付き合ったり婚約することについて、ご両親の許可を取ったと言っていたけど、本当に大丈夫なんだろうか。


 皇帝陛下なんて、わたし風情ではめったにお目にかかれない方だし、普段は優しい皇妃陛下も、息子をこんな小娘に奪われてなるものか! と急に怖くなる可能性もある。屠殺場に引っ立てられる家畜の気分で、わたしはヴィクター殿下のうしろについていく。


 ヴィクター殿下は、時々、わたしを振り返り、目が合うと、にこっと笑う。彼のこういうところは、素直に好きだなあと思える。

 やがて、衛兵が脇にたたずむ、皇帝皇妃両陛下がお待ちかねの部屋の前で、ヴィクター殿下は立ち止まった。わたしも歩みを止め、これまで同僚と鉢合わせしなかったことに胸を撫で下ろす。


 殿下が両開きの扉をノックすると、入室を許可するくぐもった声が聞こえた。ヴィクター殿下が扉を開け、中に入るよう促してくれたので、僭越ながら先に入室する。

 両陛下は仲良く並んで、ソファーに腰かけていた。皇妃陛下がこちらを見てほほえむ。


「よく来てくれたわね、ローザリカ」


 わたしは膝を床につきそうなくらい折って、頭を深く下げ、スカートの両端を持ち上げる。目上の方に対する最大級の礼だ。無言だった皇帝陛下も、息子の連れてきた女がちゃんと礼儀をわきまえていることが分かって安心したのか、笑顔になった。


「二人とも、向かいにかけなさい」


 今年で五十歳の皇帝陛下は、ヴィクター殿下よりも、やや鋭い顔立ちをしている。長年、政治や軍事に揉まれると、そういう顔になるのかもしれない。

 ヴィクター殿下は、少し緊張した面持ちで告げた。


「父上、母上、昨日申し上げた通り、わたしはこちらのローザリカ・フィールド嬢と婚約することになりました」


「ああ。ジェイニーから彼女の話は聞いている。気立てのよいお嬢さんだそうだね」


 皇帝陛下の口にしたジェイニーとは、ジェーン皇妃陛下の愛称だ。

 わたしは、「まあ、おほほ、そんなことはございませんのよ」と、気を張ってドキドキしながら、愛想笑いをした。ランダルさまのご両親ともお会いしたけど、相手が皇帝夫妻というのを差し引いても、こういうのって慣れないなあ。場慣れしているほうが、かえって怖いか。

 そんなわたしを見て、皇妃陛下がこちらを安心させるように笑いかけてくれた。


「ローザリカ、ヴィクターがあなたを困らせたんじゃない? この子、熱中すると、子どもの頃から見境がなくなるから」


 ああ、そうなんだ。言われてみれば確かに……。

 とはいえ、まさか本音を言うわけにもいかず、わたしはおほほと笑ってごまかした。

 照れたように微笑するヴィクター殿下に、皇帝陛下が声をかけた。


「それにしても、急に結婚したい相手ができたと言うから驚いたぞ」


「あら、ヴィクターももう二十二ですよ。今まで、恋人の一人も紹介されなかったのが不思議なくらいだったのだから、喜ばしいことではありませんか。この子の姉は、とっくに嫁いでいるのだし」


 そういえば、前から皇妃陛下はヴィクター殿下に恋の噂が立たないことを心配していたっけ。とりあえず、皇妃陛下がわたしとヴィクター殿下の婚約に好意的なことが分かり、ほっとする。皇帝陛下はどうなのだろう。

 皇帝陛下は皇妃陛下から視線を外した。


「まあ、そうだな。……時にローザリカさん、あなたはつい最近まで、アテンシャー公爵家の跡取りと婚約なさっていたそうだが──」


 きた! 最も恐れていた質問のひとつが!


「あなた! あの件は、ローザリカに非はないと申し上げたでしょう。ローザリカ、安心してね。我が国には貴賎結婚などというふざけた制度はないから。それに、あなたは紛れもなく騎士階級の出なのだから、なんら恥じることはないのよ」


 貴賎結婚とは、要するに身分違いの結婚のことで、外国では皇族や王族が行うと様々なペナルティが課せられたりする。

 それはともかく、すかさず皇妃陛下がフォローに回ってくれたので、わたしは嬉しかった。もう皇妃陛下には足を向けて寝られないなあ。


 皇帝陛下はなおも何か言いたそうな顔をしていたが、ヴィクター殿下と皇妃陛下から睨まれると、黙り込んでしまった。そうか、皇帝一家では、父親の発言権は軽んじられるのか……。

 その後も、ヴィクター殿下と皇妃陛下を中心に話が進み、婚約式は三か月後を目処に行われることになった。


 皇太子殿下の婚約なわけだから、事務方との折衝も必要だろうけど、ひとまず予定が具体的なものになったので、一安心だ。

 ……って、わたし、このままいくと来年あたりには皇太子妃になるんだよ! 安心している場合か!


 こんなこと、わたしの人生の予定表にはなかった。お互いに好きになれる、ほどほどの相手と結婚できればそれでよかったのに……。

 わたしが思いっきり現実逃避をしていると、皇妃陛下が何事か話しかけてきた。

 はっ、まずい!


「……失礼ですが、もう一度おっしゃって下さいますか?」


「あら、どうしたの? ぼーっとして。ローザリカ、あなたは女官の仕事を結婚まで続けたい? 続けてくれたほうが、わたしは助かるのだけど、あなたの好きにしていいのよ」


 そうか、そんなことまで考えておかないといけないのだ。ランダルさまと婚約した時も、仕送りの関係でぎりぎりまで仕事は続けるつもりでいた。


 ただ、みんなの憧れの皇子さまであるヴィクター殿下と婚約するとなると、女官仲間たちの反応が気にかかる。彼女たちから総スカンを食ってしまうと、仕事がやり辛くなるものなあ。マダリーンはそんなことしないだろうけど。

 わたしはしばらく、うんうんと悩んだ末に言った。


「……基本的に結婚まで仕事は続けさせていただきたいのですが、もう少し周りの反応を見てから決めることに致します」


「なるほどね。わたしもそれがいいと思うわ」


 皇妃陛下はわたしの考えていることにピンときたようだが、ヴィクター殿下と、もはや空気と化している皇帝陛下は、なんで? という顔だ。先が思いやられる。


     *


 とにもかくにも、こうして未来の義理の両親との顔合わせが無事に終わった。安堵の息をついたわたしだが、はたと気づく。ひとつ重要なことを言い忘れていたのだ。ものすごく言い出しにくいなあと思いつつ、一緒に廊下に出たヴィクター殿下を見上げる。


「あの、殿下……」


「なんでしょう?」


「実は、持参金のことなのですけど……」


 わたしは正直に話した。実家がお世辞にも豊かとは言えないため、持参金は俸給をコツコツと貯めたお金しかないこと。皇太子妃にふさわしいワードローブなんて、とてもじゃないが自力で揃えられないことを。

 わたしが情けない気持ちでいっぱいになっていると、ヴィクター殿下は安心させるように笑った。


「気になさることはありませんよ。ワードローブはこちらで用意しますし、持参金も必要ありません。わたしは、持参金目当てであなたと結婚したいわけではないですから」


 その言葉に、わたしは不覚にもどきりとした。婚約を了承してからというもの、殿下を前にすると、時折こんな瞬間が訪れる。

 いかんいかん。結婚は現実的な問題なのだから、もっと冷静になれ、わたしよ。


「……ありがとうございます。そのお言葉はとても嬉しいのですけど、それでは、わたしの結婚の費用を税金で賄うことになります……よね?」


 皇妃陛下付きの女官であるわたしは、皇族の女性が身に着ける手袋や靴などの数の凄まじさや、当然オートクチュールであるワードローブの大体のお値段を知っている。それらを賄うお金の出所が一般庶民の血税というのは、非常にいたたまれないし、申し訳ない。


 貧乏人の発想と思われようが、一応、訊いておきたかった。衣裳に関しては、宮廷儀礼的な側面があるから仕方ないとはいえ、一度殿下に話しておけば、経費を抑えることができるかもしれない。

 ヴィクター殿下のロイヤルブルーの瞳に、理解の色が広がるまで、それほど長い時間はかからなかった。


「慶事であるとはいえ、帝室の結婚に費用がかかりすぎることは、わたしも気になっていました。結婚のために用意するものや、式自体を簡素なものにできるよう、わたしからも働きかけてみます」


 さっきはちょっと鈍いなあ、と思ってしまったけど、なんという聡明さ。ヴィクター殿下への国民の支持が根強い理由も頷ける。


「はい……! ご理解いただけて嬉しゅうございます」


 わたしが声を弾ませると、ヴィクター殿下は止めの一撃のように柔らかく笑った。


「ローザリカ嬢、あなたと意見が同じで、わたしも嬉しいですよ」

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