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庶民派女官は皇太子殿下に愛を囁かれる  作者: 畑中希月
第一章 まさかのプロポーズ
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第四話 舞踏会への誘い

 婚約破棄騒動が起きてから、既に数日がたつ。なのに、一向に反応がない。何が? というと、皇妃陛下のわたしへの沙汰だ。

 お付きの女官が公爵家の嫡男から、公衆の面前で婚約破棄を申し渡されたのだ。普通なら、顔に泥を塗られたと思い、その女官を罷免するなり、降格するなりしてもおかしくはない。


 ……いや、そうなったらものすごく困るんだけど。

 皇妃陛下は、鷹揚というか、物事に動じない方だ。だから、もしかしたらお咎めなしかなあ、なんて希望的観測をしてみるのだが、皇妃陛下がどう思っているのか分からない以上、わたしは職務の際、常にビクビクしていた。

 そんな蚤の心臓のわたしだが、皇妃陛下のことは本当に尊敬しているし、心から感謝している。


 今から三年前になる十五歳の時、わたしはお母さまの働く伯爵邸にメイドとして勤めることになった。伯爵夫人は非常によい方で、「実は今、宮廷で若い女性の召使の口に空きがあるのだけど、あなた、働いてみない?」と誘ってくれたのだ。

 宮廷だったら、伯爵家で働くよりも給料がよさそう! と思ったわたしは、その話に飛びついた。


 女官の監督の下、皇妃陛下の身の回りのお世話をする召使になって一年ほどたった頃、またしても転機が訪れた。突然、女官長に呼ばれ、「皇妃陛下があなたの仕事ぶりを気に入っておいでです。女官になる気はありませんか?」と問いかけられたわたしは、二つ返事で引き受けた。

 どうやら、皇妃陛下はわたしのベッドメイクや掃除の技術を評価してくれたらしい。


 俸給はその激動の一年強で、うなぎ登りに上がった。

 といっても、女官になってからは、かなり大変だった。礼儀作法は、幼少期とメイド時代、召使時代に学んではいたものの、女官となると、さらに一段上のものを求められたし、古典や語学などの教養やダンスなども学ばなくてはならなかった。まあ、お金を払わずに色々なことを勉強できて、とてもお得ではあったけれど。


 それはともかく、わたしは今、皇妃陛下のお部屋にいる。陛下がお湯浴みを終えたあとに身につける夜間の着替えを持って、浴室に控えているのだ。


 バスタブでの入浴を終えた皇妃陛下は、女官仲間に身体を拭われ、手伝ってもらいながら下着を身に着ける。陛下のプロポーションは、四十代とはとても思えない。願わくば、わたしもこのままの体型を維持できますように……。

 ドレスを持って、しずしずと皇妃陛下の前に進み出る。


「ねえ、ローザリカ」


 陛下の着替えをお手伝いしていると、急に声をかけられた。

 きた! わたしは内心で動揺しつつも、平静を装って応える。


「……はい。なんでございましょう」


「あなた、この前の音楽会で、アテンシャー公爵家の長男に、婚約を破棄されたのですって?」


 皇妃陛下に問われ、わたしは顔を伏せた。表情を見られたくなかったし、何より女官仲間たちの気の毒そうな視線が痛い。


「……はい。さようでございます」


「そう。失礼な男ねえ、ランダル・アークライトというのは。あなたは真面目だし、仕事もこんなに頑張っているのに」


 皇妃陛下の声は不快そうなものから、慈しむようなものに変わっていた。わたしは、はっと顔を上げる。


「陛下……」


「もっといい男を見つけなさいな、ローザリカ。応援しているわ」


 やっぱり、皇妃陛下はこういう方なのだ。わたしは嬉しさと安堵で、とっさに言葉を返せなかった。

 着替え終えた皇妃陛下が、ふと思い出したように言う。


「そういえば、息子があなたのことを気にしていたわよ。表面上は元気そうだけど、少し心配だと言ってね。だから、教えてあげたわ。ローザリカは、見た目よりもずっとタフだって」


 驚いた。ヴィクター殿下は、確かにわたしに気を配ってくれた。でも、お母君にまで、私の様子を確認してくれていたなんて。

 だからって、そこにマダリーンが言うような特別な意味はないと思うけど。

 わたしはちょっと反応に困りつつも、丁重に答えた。


「それはそれは……もったいないことでございます。皇太子殿下には、あの音楽会でわたくしを庇って下さったご縁で、ご心配いただいているようでございます。殿下には、わたくしが感謝していたとお伝え下さい」


 皇妃陛下は、意味ありげに笑った。


「あら、あなたが直接言えばいいのに」


「え……」


「冗談よ。ちゃんと言伝しておくわ。ところで、ローザリカ。あなた、三週間後の舞踏会には参加する?」


 そういえば、あったなあ、そんなパーティー。婚約破棄されてから、なんとなく億劫で、パーティーそのものどころか情報まで避けてきたけど、そろそろ新しい出会いを探すのも悪くないのかもしれない。

 わたしは遠慮がちに申し出た。


「はい。その日は午後から、お休みをいただきたく存じます」


 皇妃陛下は頷いた。


「分かったわ。女官長にも伝えておきましょう」


 こうして、わたしは舞踏会に出席することになった。

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