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庶民派女官は皇太子殿下に愛を囁かれる  作者: 畑中希月
第三章 ローザリカの選択

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第二十三話 反撃

 その日、わたしは皇妃陛下のお部屋に控えていた。先程から、置き時計をちらちらと気にしていた皇妃陛下が、午後三時になったとたんに、顔をこちらに向ける。


「ローザリカ、これから、ちょっとわたしと一緒に来て欲しいのだけど」


 なんだろう。今日、大切な用事があるとは聞いていない。でも、わたしは宮仕えの身。陛下のご命令には粛々と従うまでだ。


「かしこまりました」


 廊下を皇妃陛下のうしろに付き従って歩いていくと、辿りついたのは、「調和の間」というの名の大広間だった。忘れもしない、わたしがランダルさまに婚約破棄をされた場所だ。

 調和の間には先客がいた。皇帝陛下とネインさん、それにヴィクター殿下だ。

 一瞬、殿下と視線が交わる。

 戸惑うわたしに、皇妃陛下が明るい声をかけた。


「さあ、ローザリカはわたしの傍に控えていて」


 皇妃陛下が皇帝陛下の横に並んだので、わたしはそのうしろに控える。

 しばらくすると、侍従が入室してきて、来客を告げた。皇帝陛下ではなく、ヴィクター殿下が彼に応じる。


「お通しして下さい」


 侍従と入れ替わりになるように調和の間に入ってきたのは、わたしも見覚えのある、十数人の貴族たちだった。その中には、ラヴィニアさまとセラフィーナもいる。

 わたしは思わず身構えたが、ヴィクター殿下が彼らを見渡しながら、前に進み出た。


「みなさん、今日はご足労いただきありがとうございます」


 わたしを含め、この場に集った面子を目にして、ラヴィニアさまたちも違和感を覚えたようだ。貴族たちを代表して、ラヴィニアさまが口を開く。


「皇帝陛下、並びに皇妃陛下、皇太子殿下、わたくしたちをご招聘しょうへいなさった理由をお聞かせ願えますか?」


 ヴィクター殿下は、ほほえんだ。


「あなたがたをお呼び立てしたのは、実は父ではなくわたしです。だますような真似をして申し訳ありません。ですが、おそらくわたしが声をかけても、あなたがたにはお集まりいただけなかったと思いまして」


 さらりと皮肉を織り交ぜながら、殿下はラヴィニアさまに目を据える。


「あなたがたは──特に、アテンシャー公爵夫人はわたしの婚約に反対なさっているそうですね」


 ヴィクター殿下は、ちらりとわたしを見た。


「理由は、彼女がわたしに不釣り合いだから──だとか。ですが、わたしには、何を根拠にあなたがそう思われるのかが分かりません。彼女は、両親ともれっきとした騎士階級ですし、身元がはっきりしている者でないと、なることすらできない、皇妃付きの女官を務めております」


 負けじと思ったのか、ラヴィニアさまが笑みを作る。


「わたくしは身元のことだけで、ご婚約を反対したわけではございません。そちらのローザリカ嬢が、過去に息子をだまして婚約に漕ぎ着けたからでございます」


「彼女はご子息をだましてはおりませんよ。セラフィーナ嬢、あなたが勝手にそう思い込まれて、ランダル殿にあることないことを吹き込まれたからでしょう?」


 元から白いセラフィーナの顔が、さらに蒼白になる。


「えっ……わたしは……」


「あなたの行為は、名誉棄損ではありませんか?」


 ヴィクター殿下の追い打ちにも、セラフィーナは何も答えられずにいる。これだけ人を批難する殿下は初めて見たが、彼はほほえみを崩さない。


「公爵夫人、そのようなでっちあげをお信じになって、わたしの婚約を破談になさろうとしたなどと、許されることではないでしょう?」


 そう問い詰められて、初めてラヴィニアさまに焦りの色が浮かんだ。


「それこそ、全てそちらの女性のでっちあげではございませんか。失礼ながら、証拠はございますの?」


 ヴィクター殿下は、どこまでも落ち着き払っている。


「証拠なら、ここにありますよ。……ネイン」


「はい。こちらをどうぞ」


 ネインさんが渡した書類の束の数枚を、殿下はラヴィニアさまたちに見えるように示した。


「ここには、ローザリカ嬢をよく知る女官たちや、彼女の以前の主である伯爵夫人から聴き取った証言が書かれています。彼女たちは揃って証言していますね。『ローザリカ・フィールドは、玉の輿を狙って男性を篭絡するような女性ではない』と。ちなみに、この中には、母の証言も含まれていますので、念のため」


 嬉しい。皇妃陛下や伯爵家の奥さまもそうだけど、マダリーンが結成してくれた「ローザリカ派」が、わたしのために有利な証言をしてくれたのだ。

 今度こそ本当に、ラヴィニアさまは色を失った。他の貴族たちも、旗色の悪さに、互いに顔を見合わせている。


「ところで、ボールディア侯爵」


 ヴィクター殿下が書類の一枚に目を落としながら、ラヴィニアさま一派の貴族に呼びかける。


「あなたは、経営なさっている会社の資金を、私用でずいぶん使い込んでいらっしゃるようですね。それに、レジーナ伯爵、跡継ぎに恵まれなかったあなたはなんと、子を産ませるために雇った愛人の子を嫡子と偽っているとか。イーライ男爵、あなたは……」


 ヴィクター殿下は、次々に貴族たちが決して表には出せないような秘密を暴露していく。彼らが戦意を喪失していく様が、わたしにも手に取るように分かった。

 他にも後ろ暗いところがあったのか、ラヴィニアさまが慌てたように、上擦った声で殿下の口撃を遮った。


「も、もう、結構でございます。わたくしたちは殿下のご婚約に反対するつもりはございませんので……。それでは、失礼致します!」


 扉を目がけ、いっせいに早足で退散していくラヴィニアさまたちの姿を、わたしは唖然として眺めた。

 まさか、優しいヴィクター殿下が、あんな手を使うとは思わなかった。でも、彼に幻滅するというより、なんだか笑い出したいような気分になる。


 だって、わたしはずっとラヴィニアさまたちに反撃できなかったんだもの。でも、出しに使われたレジーナ伯爵の子どもはかわいそうだと思うけれど。

 ネインさんが神妙な面持ちで、殿下に問いかける。


「殿下、彼らの不正はどうなさるおつもりで?」


「むろん、是正できるように働きかけていくよ。レジーナ伯の子については、本当の母親が引き取りたがっているから、彼女に返す方向で話を進めるつもりだ。もちろん、子どもの意向を確認してからになるだろうが」


 よかった。そういう細やかな心配りができるところが、やっぱりヴィクター殿下だ。

 わたしと同じことを思ったのか、ネインさんは破顔した。


「しかし、今回のことで安心致しました。殿下はお人がよすぎるところがおありなので、帝位をお継ぎになったあとのことを、少し心配していたのですよ」


「わたし自身、驚いているよ。自分はこんなにも性格が悪かったのか、とね」


 肩をすくめて見せた殿下は、ふと真顔になると、皇帝陛下に向き直った。


「父上、これでわたしとローザリカ嬢の婚約に反対する勢力は一掃されたかと存じますが」


「う、うむ。そうだな」


 ヴィクター殿下の辣腕ぶりに恐れをなしたのか、若干引き気味の皇帝陛下は、咳ばらいをすると告げた。


「分かった。お前たちの婚約を認めよう。……だが、ローザリカさんの気持ちはどうなんだね?」


 ヴィクター殿下が、はっとしたような顔をして、わたしを見た。もしかして、さっきの辛辣な逆転勝ちを演じたことで、わたしに嫌われたのかもしれないと思ったのかな。前に喧嘩もしているしね。


 でも、この場で殿下に告白するのは、勇気が必要だ。何せ、人目もあるし、突然のことすぎて、わたしも心の準備ができていない。また、婚約がひっくり返されないかという、皇帝陛下に対する疑いもある。

 結局、わたしはこう答えた。


「少し、お時間をいただけませんか。必ずお返事は致しますので」

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