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庶民派女官は皇太子殿下に愛を囁かれる  作者: 畑中希月
第一章 まさかのプロポーズ
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第二話 マダリーン・クィントン

 夜会が終わったあと、わたしは皇宮内の自室に戻った。誰もいない部屋に向けて、一声叫ぶ。


「あー! もう、腹が立つ!」


 男を見る目がなかったせいだと言われても仕方がないが、このムカムカはどうしようもない。

 それに、婚約破棄をされたからには、新しい相手を探す必要がある。わたしも、もう十八だし、お母さまを安心させるためにも結婚はしたいのだ。それでも、あの面倒な過程をまたやり直さなければならないのかと思うだけで、頭が痛くなる。


 これからのことをぐるぐる考えながら、ドレスと窮屈なコルセットを脱ぐ。普段着に着替えていると、扉をノックする音がした。

 返事をすると、入ってきたのは友人で女官仲間のマダリーン・クィントンだった。彼女は菫色の瞳に、いたずらっぽい光を浮かべる。


「傷心の姫君、調子はいかがですか?」


「もう、やめてよ。笑いにきたのなら、一思いに爆笑でもなんでもしたらいいじゃない」


「酷いわねえ。せっかく慰めにきてあげたっていうのに。座ってもいい?」


「どうぞ」


 わたしが頷くと、マダリーンは椅子に腰かけた。彼女は騎士階級に次ぐ地主階級の令嬢で、わたしとは育った環境はまるで違うのに、妙に気が合う。特に何もなくても、こうしてお互いの部屋を行き来する間柄だ。


 身分にそれほど差がないのも、彼女と打ち解けられた要因のひとつかもしれない。女官になれるのは、大体が宮廷に伝手がある地主階級以上の女性で、上級貴族ないしは政治家の奥方や娘なんかが多い。外国には、女官のほとんどが上級貴族の出だという宮廷もあるとか。


「しかし、苦労してるわねえ、ローザリカ。あなたくらいお顔がよければ、もっと人生楽なものだと思っていたわ」


 言われて、ちらりと姿見を見る。

 長いプラチナブロンドの髪に翡翠色の瞳。卵型の輪郭に並ぶ顔のパーツや配置は、自分で言うのもなんだが、悪くはないんじゃないかと思う。男性とお話しすると、大抵は容姿を褒めてくれる。

 ただ、ちょっと背が高すぎる。背の低い男性からは、無意識に避けられている気がするのだ。わたしとしては、相手の人柄さえよければ、身長なんて気にしないのだけれど。

 わたしはため息をついた。


「……人生、なかなか思うようにはいかないのよ」


「そうねえ。また、やもめの年寄り紳士に言い寄られる日も遠くないかもね」


 冗談だと分かっていても、聞き捨てならないものを感じ、わたしはマダリーンを睨みつける。


「ほんっっとうに、やめてくれる?」


 ランダルさまと婚約するまでの婚活は、かなり悲惨だった。

 ここイスドラル帝国では、男性は女性と違い、収入と地位を確立してから、結婚相手を探し始める。だから、婚活している男性に年配が多いのは仕方ないとはいえ、奥さまに先立たれた五十代以降の方々が果敢にアタックしてくるのは、さすがに辟易してしまう。

 三十代や四十代の男性だって、だいぶ年上だというのに……。


 それに、年が釣り合う男性とお知り合いになっても、こちらの出自が一介の騎士階級だと分かると、口当たりのよい言葉だけを残して去っていく人も多かった。要するに、そういう人たちは、婚家の地位と花嫁の高額な持参金が目当てなのだ。


 持参金をろくに用意できない身としては、縁がなかったと思うしかない。こうして女官をしていると、実家と経済状況が同等な労働者階級の男性とはあまり接点がないしね。

 マダリーンが不意に顔を上げた。


「ねえ、ローザリカ。あなた、思ったより嘆いていないようだけど、もうランダルさまのことは吹っ切ったの?」


「吹っ切ったというより、冷めてしまったのよ。詐欺師呼ばわりされれば、誰でもそうなるでしょ」


「あなたってば、妙に現実的よね。ナイーブな子なら、びーびー泣くわよ、普通」


「伊達に子どもの頃から、お金を稼いでいないわよ」


「あのセラフィーナ嬢は、そんなランダルさまに、ずいぶん参っているみたいだけどね」


 マダリーンの指摘に、わたしは真顔になる。


「マダリーンも、そう思う?」


「思う思う。だって、ただの幼なじみなら、ランダルさまの婚約者の素性なんて調べないわよ」


 そう言ったあとで、マダリーンは呟くように続ける。


「……これは、のちのち、あなたにとって嬉しくない展開になるかもね」


 それって、あの二人の仲がわたしへの婚約破棄をきっかけに進展するということだろうか。

 もう、わたしとはなんの関係もないのだから、お好きにどうぞ、と言ってやりたい──言ってやりたいが、それは、非常に腹に据えかねる事態だ。

 ここで怒り狂っては、またマダリーンを面白がらせるだけなので、わたしは精一杯強がってみせるしかない。


「あの人たちのことはどうでもいい。とにかく、次よ次」


「でも、口約束の婚約だったとはいえ、一度、婚約破棄なんてものをされたら、次の相手は見つかりにくくなるわよねえ」


 肺腑を抉るかのような言葉の矢を受けて、わたしはその場にくずおれそうになる。

 マダリーンはそんなわたしを見て、けらけらと笑った。まったく、いい性格をしている。


「冗談よ、冗談。わたしだって、ローザリカには幸せな結婚をしてもらいたいわよ」


 ふと、マダリーンの顔が、真剣なものになる。


「……ただ、ちょっと心配でね。今回の件で、あなたがますます、殿方を信じられなくなったんじゃないかって」


 確かに、わたしは男性からの愛情と結婚に対して懐疑的なところがある。

 夜会でセラフィーナが言っていた通り、わたしが子どもの頃、父は弟を身籠っていたお母さまを捨て、他の女性の元に走ってしまった。当時は、裁判離婚の制度が始まったばかりだったから、渡りに船と、父は相手の女性と結婚するために、裁判を起こした。そして、お母さまは子どもたちの親権を得ることを条件に離婚を受け入れたのだ。


 幼かったわたしにとっては、両親の離婚は到底受け入れられないほど衝撃的なことだった。費用がかかるから、帝国でも離婚する夫婦はまだそれほどいないけれど、結婚ってなんなんだろうな……って思うことは、正直よくある。

 ランダルさまと出会って、いやいや、そんなことはない、と思い直していた矢先に、今日の出来事だ。

 どんよりした思考を追い出すように、わたしは明るく笑ってみせた。


「大丈夫。わたし、そこまでやわじゃないわよ」


「そう? 何かあったら相談してきなさいよ」


「あなたに相談すると、話がこじれそうだからやめておくわ」


「言うわねえ。まあ、頑張りなさいな」


 マダリーンが手を振って去ってしまうと、とたんに、部屋を静寂が支配する。

 なんだが気分まで落ち込んでしまいそうで、自分に気合いを入れるためにも、わたしは決意を新たにした。


 さっさと次の相手を探す。ただし、一度婚約破棄をされているので、今度は慎重に。周囲にセラフィーナのような女性の影がないかも、きちんと探りを入れること。

 そして、二十歳までには結婚する!

 頭を整理したら、少しはやる気が出てきた。お風呂に入ったら、すぐにでも寝よう。何事も切り替えが肝心だ。

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