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庶民派女官は皇太子殿下に愛を囁かれる  作者: 畑中希月
第二章 婚約が決まって

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第十六話 ついに自覚する

 次のお休みの日、わたしはヴィクター殿下と一緒にお茶を飲んでいた。今日は天気がよいので、殿下の私室に面したテラスに設えられている白いテーブルと椅子を使い、アフタヌーン・ティーを楽しんでいる。


 植木鉢には色とりどりの花や観葉植物が植えられ、整えられた樹木を見渡せるここは、小鳥のさえずりが聞こえる、落ち着いた場所だ。


「ローザリカは、どこか行きたい場所はありますか?」


 殿下に問われ、わたしはフルーツいっぱいのタルトをフォークでつつきながら考え込んだ。


「そうですね……サーカスに行ってみたいです。あ、でも、人がたくさん集まるところだと、護衛の方が大変ですよね」


「大丈夫ですよ、彼らはプロですから。この前街に出た時も、しっかり我々を警護してくれていましたし。気づかなかったでしょう?」


「え!? そうだったんですか?」


 ということは、殿下とのキス未遂もしっかり見られていたのだろうか……。それはともかく、護衛の気配をしっかり察知できる殿下はすごい。

 サーカスのどんな芸が見たいのか、殿下と話し込んでいると、ネインさんが庭に現れた。普段は陽気な彼だが、今は眉間に皺が寄っている。


「おくつろぎのところ、失礼致します、殿下」


「どうした?」


「実は、フローレンス・エイヴォリーというご令嬢が、殿下にお会いしたいと押しかけてこられたのです。……お会いになりますか?」


「説得は無理そうか?」


「はい。わたしなどの言葉を聞くお耳など、持ち合わせてはいらっしゃらないようで。殿下はご婚約者とお茶の最中ですと申し上げても、ならば二人に会わせろ、とお言い出しになる始末です」


 それは厄介だなー。ネインさんが気の毒だ。

 とは思うものの、わたしはあまり緊迫感を覚えなかった。この前、殿下と出かけたばかりだからかもしれない。彼なら、絶対にわたしを傷つけるような真似はしない。そんな確信があった。

 ヴィクター殿下はため息をついた。


「……分かった。お通ししてくれ」


 テラスに通されたフローレンスは、怖い顔をしていた。それでも可愛らしさが損なわれないのは、彼女が本物の美人だからだ。

 ヴィクター殿下が立ち上がったので、わたしも席を立つ。それに、宮廷ではまだ、わたしよりもフローレンスのほうが格上だ。殿下は二、三歩、わたしを守るような位置まで歩き、立ち止まった。


「フローレンス嬢、なんのご用ですか?」


 フローレンスは優雅にお辞儀をしたあとで、ピンク色の唇を開いた。


「単刀直入に申し上げます。そちらのローザリカ・フィールド嬢と、わたし──どちらがご自分にふさわしいと、皇太子殿下は思し召しですか?」


 殿下はわたしをちらっと振り返ると、目を細めた。


「むろん、ローザリカ嬢です」


 フローレンスは、わなわなと唇を震わせた。


「ど、どうして……わたしのほうが、家柄も育ちも、ずっと殿下にふさわしいのに」


「そのようなことは、伴侶を決める際に、大した問題にはなりません。あえて言うなら、その意識の差こそが、わたしがあなたを選ばなかった理由です。……ここまで説明しても、あなたはわたしの選択に、異議があるのですか?」


 ヴィクター殿下の口調は穏やかだが、有無を言わせぬ迫力を持っていた。その揺らぎのない、意志の固さを目の当たりにして、わたしの心臓がトクンと跳ねた。

 フローレンスは肩を落とす。


「──かしこまりました。わたしの出る幕ではなさそうですね。お暇致します」


 フローレンスはもう一度お辞儀をすると、引き下がっていった。

 ヴィクター殿下は頭に手をやり、再びため息をついた。こちらに目をやり、小さく笑う。


「……嵐のような方でしたね。驚かれたでしょう?」


 どうしよう。殿下と目を合わせていられない。その上、まだ心臓がうるさいくらいに音を立てている。

 そのうち、いつも通りになるかな、と思い、わたしは殿下が座るのを待って席に着いた。


 でも、フルーツタルトを完食しても、紅茶を飲んでも、ドキドキは治まってくれなかった。むしろ、殿下に話しかけられるたびに、どんどん酷くなっていくような気がする。

 わたしは、たまらず席を立った。


「申し訳ございません。少し気分が優れないので、部屋に戻ってもよろしいでしょうか?」


 殿下の眉が心配げに下がった。


「大丈夫ですか? よろしければ、侍医を呼びますが」


「だ、大丈夫です!」


 わたしは殿下にお辞儀をし、部屋に控えているネインさんに見送られながら出ていった。


     *


 自室に戻ったわたしは、ベッドの上にごろんごろんと転がり、「どうしようどうしよう」と呟いた。ヴィクター殿下に告白された時と状況は似ているけど、わたしの心持ちはあの時とは全く異なる。

 今になってようやく気づいた。わたしは殿下のことが好きなのだ。


 あまりにも穏やかに好きになっていったから、自分でも分からなかった。でも、気持ちを自覚した以上、きっと今までのようには、彼に接することはできないだろう。手なんて握られたら、それこそ心臓が壊れる。


 どうすればいいんだろうなあ……。

 もう婚約しているんだから、態度は変えないほうがいいんだろうか。突然わたしが変わったら、ヴィクター殿下は不審に思うだろうし、色々と心配もするだろう。でも、今まで通りに振る舞うのは絶対に無理だし……。


「……あ、そうだ」


 わたしはある人物の顔を思い出した。

 そうだ、彼女に相談に行こう。何かよい知恵を授けてくれるかもしれない。

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