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庶民派女官は皇太子殿下に愛を囁かれる  作者: 畑中希月
第二章 婚約が決まって

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第十一話 婚約内定祝賀パーティー

 セラフィーナはランダルの住まいである、アテンシャー公爵家のタウンハウスにいた。もちろん、ランダルに会うためであるが、今回は別に目的がある。

 日の差し込む明るいサロンで、ティーカップを片手に、セラフィーナは目の前の貴婦人に話しかけた。


「ラヴィニアさま、わたしをお呼びになったのは、皇太子殿下の婚約内定パーティーの件で、お話があるからでしょうか?」


 ラヴィニアと呼ばれた女性はほほえんだ。彼女はランダルの実母であり、セラフィーナの義母になる予定でもある。


 セラフィーナを幼い時から知るラヴィニアは、ランダルの「新しい」婚約に満足しているようだ。セラフィーナが屋敷を訪れるたびに、こうして話す時間を作ってくれる。


「察しがいいわね、セラフィーナ。そうです。息子をだましていたような女性が、皇太子妃になるなど、とんでもないことですもの」


 セラフィーナはティーカップをソーサーに戻し、大きく頷いた。


「本当でございますわ。わたし、彼女を宮廷から追い出してやりたかったのですけれど、力不足でまだ果たせていませんの。本当に腹立たしい」


 セラフィーナは、ローザリカがランダルをだまして婚約まで漕ぎ着けたのだと、本気で信じ込んでいる。

 セラフィーナは物心ついた時から、幼なじみのランダルに恋をしていた。それなのに、ランダルはセラフィーナの気持ちに気づかず、あろうことか別の女性と婚約してしまった。


 その女性がセラフィーナも納得するような名門の出であれば、まだ諦めがついたかもしれない。だが、ランダルが連れてきたのは、騎士階級の出身とはいうものの、どこの馬の骨とも分からないような女性だった。 


 これは何かある。その女性──ローザリカと初めて会った時、セラフィーナは直感的にそう思った。あるいは、それは自分の欲しかったものをかっさらっていった女性に対するやっかみだったのかもしれないが、セラフィーナにとっては女の勘という奴であった。


 セラフィーナは侍女や従僕を使って、ローザリカの情報を洗いざらい調べまくった。

 結果は満足のいくものだった。ローザリカの実家は貧しく、とても公爵家と釣り合うものではなかったのだ。


 貴族社会の外の世界を知らないセラフィーナにとって、ローザリカは到底認められない存在に映った。

 セラフィーナは、すぐさま公爵家を訪ね、ランダルにそのことを告げた。ランダルは初め、信じようとしなかった。


 だから、セラフィーナは一計を案じる。今度開かれる音楽会で、ローザリカを問い詰めてみてはどうだろうか、と、ランダルに提案したのだ。

 公衆の面前で問い質せば、ローザリカも言い逃れはできないだろうし、恥をかかせて宮廷から追い出すこともできる。


 ローザリカを宮廷から追い出す以外のことは、大体成功し、セラフィーナはこの一件に感謝したランダルと婚約することができた。

 ちなみに、「どうして、わたしのためにそこまでしてくれるんだ?」と尋ねてきたランダルに、セラフィーナが意を決して告白したことが、二人の馴れ初めである。


 とにもかくにも、セラフィーナは幸せであった。ただ、その幸せにきずが生じたとすれば、なぜかローザリカがヴィクターと婚約してしまったことだろう。

 このままでは、ランダルさまをだましたあの女を皇太子妃と仰がねばならなくなる。

 それは、絶対に避けたいところであった。


 だが、突破口はある。目の前にいるラヴィニアも、ローザリカに対して、セラフィーナと同じような想いを抱いているのだ。

 ラヴィニアは、紅い唇を吊り上げた。


「ええ、あなたの言う通りだわ。ですから、わたくしは、ある方に協力していただこうと思っています」


「ある方?」


 セラフィーナが鸚鵡返しに問うと、ラヴィニアはうしろに控えていた侍女に指示を出す。部屋を出ていった侍女は、しばらくすると、一人の女性を連れて戻ってきた。

 セラフィーナはサロンに入室してきた金髪の女性を見て、ライトブルーの目を見開く。


「フローレンスさま!」


 そう、それは、つい最近までヴィクターの最有力婚約者候補と見なされていたマリゴット公爵令嬢、フローレンス・エイヴォリーその人だったのである。

 フローレンスはにっこりとほほえんだ。


「ごきげんよう、セラフィーナさま。今日はわたし、皇太子殿下を取り戻すために、こちらに参りましたの」


     *


 婚約内定パーティーは、皇宮の「歓談の間」で開かれている。クリーム色をしたクリノリン・スタイルのイブニングドレスを身に着けたわたしは、隣からヴィクター殿下に手を差し出された。おずおずと手袋に包まれた自分の手を乗せる。手袋越しに伝わる彼の手の感触にどぎまぎしつつ、エスコートされて、歓談の間の入り口に立つ。


 大シャンデリアも素晴らしいけれど、この大広間の特筆すべき点は、なんといっても壁に飾られた、数え切れないくらいおびただしい数の燭台と美麗な天井画だ。


 燭台と大シャンデリアに灯された炎が、歓談の間を夢幻的なまでに眩く照らし出している。

 歓談の間には、今までも皇妃陛下のお供として入ったことがある。でも、今日に限っては全然違う場所に見えてしまう。


「緊張なさらないで下さい、ローザリカ嬢。今日の主役はあなたですから」


 燕尾服ホワイトタイ姿の決まったヴィクター殿下に囁かれてはっとする。

 そうか。だから、不思議な気分になったんだ。

 とはいえ、本当にわたしなんかが主役でいいんだろうか。殿下への気持ちも、まだはっきりしていないのに。

 そんなわたしの迷いを振り切るように、ヴィクター殿下が告げた。


「さあ、いきましょう」


「は、はい」


 歓談の間に足を踏み入れると、集まっていた人々がいっせいにわたしたちに注目した。バクバクする心臓をなだめながら、ヴィクター殿下に連れられて、歩みを進める。


 すれ違う人々が口々に「皇太子殿下、おめでとうございます」と言祝いだ。中には、わたしのことを「お美しいお方でございますね」と褒めてくれる人もいた。ヴィクター殿下はにこやかにお礼を返していく。

 そんな時も彼は、手を放す気配がない。神経がこちらに行き届いていることが分かって、わたしは妙にヴィクター殿下を意識してしまった。


「おめでとうございます、皇太子殿下」


 すっと招待客の中から現れた貴婦人の姿に、わたしは硬直する。年齢よりもずっと若く見えるアッシュブロンドのその人は、ランダルさまの母親、ラヴィニアさまだったからだ。ヴィクター殿下もラヴィニアさまの顔と名前は知っていたようで、わたしの手を握る力が強まる。


「ありがとうございます。公爵夫人」


「とんでもないことでございます。実は今宵、息子と未来の娘も殿下にお引き合わせしようと、連れて参りましたの。……ランダル、セラフィーナ」


 ヴィクター殿下の返事を待たずにラヴィニアさまが振り向くと、少し離れたところからランダルさまとセラフィーナが現れた。若干、むすっとした顔でランダルさまが口を開く。


「……おめでとうございます、皇太子殿下」


 言いたいことはあるけれど、それをあえて口に出す愚は犯さないといったところか。

 次にセラフィーナが祝辞を述べる。


「おめでとうございます。あのう、わたしの友人も、是非ともお二人を祝福したいと申しておりますの。お呼びしてもよろしいですか?」


 ヴィクター殿下の眉尻がわずかに持ち上がった。不穏な空気を感じているのはわたしも一緒だ。だって、あのセラフィーナが喜んでわたしとヴィクター殿下の婚約を祝うはずがない。


 でも、ここで断ってしまったら、アテンシャー公爵家やセラフィーナの実家であるカールストーン伯爵家、さらには、おそらく爵位を持っているだろうその友人の家の面子を潰してしまうことになり、非常にまずい。わたしだけでなく、ヴィクター殿下の宮廷での評価にも響く。


 わたしはヴィクター殿下を見上げ、申し出を受けましょうと目で訴えた。殿下のロイヤルブルーの瞳は逡巡を映し出していたが、やがてその目が細められた。


 あ……多分、「何かあっても、わたしがなんとかします」という意志表示をしてくれたんだ。柔らかい何かが胸の奥に触れたような気がして、わたしはヴィクター殿下から視線を外すことができなかった。

 先に目をそらしたのは、戦う覚悟を決めた殿下のほうだ。


「分かりました。セラフィーナ嬢、そのご友人を呼んでいただけますか?」


「はい、もちろんでございますわ」


 セラフィーナがうしろにたたずんでいた一人の女性を連れて戻ってきた。金髪に澄んだ青い瞳の、可愛らしいが美しい人だ。彼女を見て、ヴィクター殿下が呟くように言った。


「フローレンス嬢……」


 何!? この人がフローレンス! めちゃくちゃ美少女じゃないか。ヴィクター殿下が彼女を差し置いてわたしを選んだ理由が、本気で分からない。

 フローレンスはヴィクター殿下の前に進み出ると、彼を見上げた。小柄な彼女と長身の殿下とでは、かなりの身長差がある。


「お久しぶりです、皇太子殿下。お会いしたかったわ」


「お久しぶりです、フローレンス嬢。……ところで、わたしたちの婚約を祝っては下さらないのですか?」


 にっこり笑ったヴィクター殿下に水を向けられて、フローレンスはむくれた顔をする。


「酷いわ。わたしの殿下への気持ちをご存知でおいでなのに、そのようなことをおっしゃるの?」


「なんのことか、わたしにはさっぱり……。お話はそれだけですか? 他の方々にもご挨拶しなければならないので、わたしたちはこれで」


 おお、こんなに冷たいヴィクター殿下は初めて見る。でも、しょうがない。これってどう考えても、ラヴィニアさまやセラフィーナのわたしへの嫌がらせだものね。わたしのことはさっきから無視しているし。

 ヴィクター殿下がわたしを伴って立ち去ろうとすると、フローレンスが叫ぶように引き止めた。


「お待ちになって! 殿下!」


 すると、周囲を取り囲む人々の中から、数人の女性たちが躍り出た。何事かと思ったが、よく見ると彼女たちは、マダリーンら女官仲間だった。マダリーンはわたしに近づいてくると、大きな声で言った。


「さあさあ、皇妃陛下がお待ちになっておいでですよ、皇太子殿下、ローザリカさま。わたくしたちもお供致しますので参りましょう」


 これは、彼女たちが気を利かせてくれたに違いない。そういえば、マダリーンは「ローザリカ派を作る」とか言っていたものね。皇妃陛下のお供をしているはずの彼女たちが来てくれたということは、陛下も関わっているのかな。

 ヴィクター殿下はふふっと笑って、声を落とした。


「ローザリカ嬢、よいお友達を持ちましたね。さ、母のもとに行きましょう」


「はい」


 わたしたちは速足でラヴィニアさまたちの包囲網を抜けて、皇妃陛下の待つ歓談の間の中心部に歩いていった。

 急ぎ足で歩くと、自然にヴィクター殿下から手が離れてしまう。ヴィクター殿下はすぐにわたしの手を取り、繋いでくれた。わわ、恥ずかしい。


 皇帝皇妃両陛下のもとに辿り着くと、ヴィクター殿下はわたしの手を持ち上げ、通常のエスコートスタイルに戻った。

 皇帝陛下とともに、招待客と歓談していた皇妃陛下は、こちらを見て華やかに微笑した。


「ローザリカ、そのドレス、とても似合っているわね。ヴィクターも、なかなか決まっているわよ」


 わたしは両陛下に向け、お辞儀をした。


「ありがとうございます、皇妃陛下」


「あなたたち、お似合いよ。ねえ、陛下」


「ん、そうだな」


 両陛下の言葉に、わたしは頬が熱くなるのを感じた。おかしい。今夜はなんだか自分が自分じゃないみたいだ。

 皇妃陛下はそんなわたしを見てにこにこしていたが、急に声を潜めた。


「さっきの茶番のことだけど、マダリーンが教えてくれたのよ」


 そうだったのか。さすが我が親友。皇妃陛下は、細い眉を寄せて続ける。


「ローザリカ、ラヴィニア・アークライトには気をつけなさい。気に入らない者は、徹底的に潰す性格よ」


 確かに、前にわたしと対面した時も、あまりこちらによい感情は抱いていないようだったし、不本意だけど婚約破棄の件で、一方的に嫌われてしまったのだろう。

 わたしは真剣な面持ちで頷く。


「かしこまりました。ご助言とご心配、感謝致します」


 わたしと皇妃陛下のやり取りを見ていたヴィクター殿下の声が降ってきた。


「大丈夫です、母上。彼女はわたしが守ります」


 思わず彼を見上げると、殿下は優しい顔でこちらを見つめていた。フローレンスが現れた時もそうだったけど、ヴィクター殿下の態度は一貫している。

 この人のことなら、信じてもいいかもしれない。

 男性に対して疑心だらけのわたしだが、この時は素直にそう思えた。


「あら、お熱いこと」


 皇妃陛下の冷やかしに、わたしは再び赤面したのだった。

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