92.5%の本当と7.5%の嘘。だからこそ燃え上がるのかしら。人間って不思議ね。
眼下に広がった都心のパノラマに、今は九十センチも離れてしまったあなたの唇が映り込む。
執拗な蹂躪により生みだされた灼熱がごとき情動の陰がビルの谷間に漂う。
思い出の欠片と幾何学的な情景は互いに重なりあいながら、あくまでも静かに、二人の眼下にあった。
理性の瘡蓋の下に渦巻いた熱量の記憶だけが、まさしく、雄大に、かつ、ちっぽけに万人の生の営みと、私と彼とをつなぎとめている。
写真好きを公言してたはずなのに。
二人にとってこれが最後、と考えれられる昼食だからなのかしら。
「一見して無機質なものの中にこそ人間の本質が込められているんだ」
いつか耳にしたあなたの言葉が都心上空二〇〇メートルの鼓膜の内側にはかなく漂う。
窓の外に何度も視線を走らせはしたけれど、あなたは決してカメラを構えることはなかった。
都心のホテル最上階には不似合いの、ごくありきたりなカットと丸みを持つグラスがテーブルに運ばれる。
溜め息とは悟られないように、少し長めの息を鼻から細く緩やかに解き放つ。
絶景とも呼べる色彩溢れる街並みを一望に収めた昼餐は、決して相対的ではないモノクロームの陰を私に突き付けた。
期待してたんだけどね。
この店にも。
そしてあなたにも。
「撮ればいいのに。私の体はもうかんべんだけど」
くすぶった関係を映したかのような、傷だらけの黒いスマホ。
黒い樹脂が所々剥げ、鈍く濁った光を纏った四角な電子媒体を手にした男はぞんざいに頭を振った。
「いま、この瞬間は、想い出と言えるべきものなどでは、決してない」
一言一言が、それぞれに構造を付与されたかのように区切られ、絞り出される。
「お前と俺の、時間そのものを数十ミリの記憶媒体に収めることなんて、できはしない」
もっともらしいことを言って、私との繋がりを今すぐにでも断ち切ろうとする魂胆の男が、ゴマ粒のような乗用車が駆け続ける高速道に向けた、真っ直ぐな眼差しに、思わず、あの夜の熱量を感じ取ってしまう。
あわてて、手元の玉子焼きを頬張った。
咀嚼と嚥下。
そして溶解し摂取し混じり合ってゆく、現実。
ボロぼろボロ。ドロどろドロ。
世間では未明と呼ばれている時刻にかろうじて帰り着いた自宅。
玄関横の鉄線入りの分厚い擦りガラスに台所の蛍光灯が発する光が見える。
知らないと語りつつその輝きは知っているぞと迫っているかのように。
監獄を連想させる分厚い鉄の扉に鍵を差し込みながら悪態をつく。
彼から受け取った小箱を、食べ残しのままシンクに沈められた皿たちが眠る台所でそっと開けた。
艶めかしく銀色に輝く一本のボールペンが真っ黒な箱の底で息を潜めていた。
冷やりとした感触に続いて滑らかな丸みを帯びた温かさが指先に伝わる。
頬にあてがい、舌を這わせる。何度も、何度も。
ぬらぬらと唾液を重ね、歯噛みする。何度も、何度も。
あの日の熱さと苦みが、郊外のマンション4階の台所の蛍光灯の下に渦巻き深い紅の光を放つ。
この光は、もう決して届くことはないだろう。
傷つき濡れたボールペンの素材は925銀、またの名をスターリングシルバーという。
純銀100%に届かぬこと7.5%、不純で狂おしい輝きに私は唇を重ね、強く、強く握り締めた。
パン大好きです。
原題は「925。」だったのですが、あまりにも分かりにくいので改題しました。
けれども余計に訳分からん状態ですね。
半年ほど寝かしていた断片などを繋ぎ合わせて書きあげました。
なんだか妙に艶めかしくなってしまいました。
ひやりとしながらも金属を思わせない滑らかな肌触りと温もりと。
スターリングシルバーの、くすみを抱えながらもしっとり輝く姿に心動かされます。