俺は死に戻りに失敗した
俺は不気味な人型の前に立ち塞がった。これこそがこの街を襲った元凶であり、アンカを殺す張本人だ。
「まさか、人間ごときがこの私に楯突くとは……。ンフフ、面白いですねぇ。やはり、人間は面白い!!」
道化のような仮面をした人型は、俺を見世物のように舐め回し、笑った。
正直不快極まりないが、俺には引き下がれない理由がある。
「クハハハ! そんな態度が取れるのも今のうちだけだぞ、魔人よ? 貴様は、今から、俺に倒されるのだからな!」
俺はわざと尊大な態度を振舞って、何とか己を鼓舞した。
本来、魔人に立ち向かうなど俺が出来そうな行動ではない。でも、嘘が勇気になるのなら、今は精一杯演じようと思う。
盛大なハッタリでも、馬鹿らしい道化でも。
「ンフフ。面白いことを言いますねぇ。それに、この私を前に恐れないその態度。気に入りました! では、貴方のお手並み、見せてもらいますよ?」
「フンッ。無論だ。俺は貴様を倒す者だぞ? 刮目しているといい!」
正直、今の俺に勝ち目はない。今回は確実に負けるだろう。
でも、俺は経験する。負けた数だけ、俺は強くなる。こいつの弱点を知る。
今は負けようとも、いつかは俺が勝つ未来が来る。
いや、勝たなければならない。これ以上アンカを傷つけないために、俺はここにいるのだから。
「行くぞッ!! 俺の技に酔いしれるといい!!」
◇◇◇
意識は突然生まれる。今まではそこになかったのに、次の瞬間にはそこにある。
この唐突な感覚にはいつも吐き気すら覚える。
「まさか、人間ごときがこの私に楯突くとは……。ンフフ、面白いですねぇ。やはり、人間は面白い!!」
「……え?」
何が起こった?
目の前には先ほど殺されるまで戦っていた魔人がいた。これはおそらく俺が初めて魔人に立ち塞がった時の場面だ。
本来、意識の戻る時間はここではなかったはずだ。
何故ずれたんだ?
「あれあれ? 先ほどまで面白そうな雰囲気でしたのに、どうなさいました?」
考えても答えは出ない。それなら、今考えても仕方のないということだ。
「クハハ。失礼。少し予定が狂ってね。だが、一つだけ変わらないことがある。貴様は、俺に、負けるということだッ!!」
結局俺はこいつを倒さなければならないのだ。それならば、意識の戻る時間がいつであろうと関係ない。むしろ、繰り返す手間が省けて好都合というものだ。
「面白い。……やはり面白いですよ、貴方は!! いいでしょう。存分に足掻いて見せて下さいよ!!」
「クハハハ! 後悔するといい! 俺と戦うというその愚かさを!!」
いずれ倒せる時が来る。それまで俺は足掻いてみせよう。
「行くぞッ!!」
俺は地面を蹴り、魔人へ向かっていった。
◇◇◇
「まさか、人間ごときがこの私に楯突くとは……。ンフフ、面白いですねぇ。やはり、人間は面白い!!」
「カハッ。……ハァハァ」
突如訪れる意識。
存在しなかったものの存在。異質。
俺の体は魂を拒否して、痛みが俺の中を暴れまわる。
「んー? どうしました? お体の具合でも悪いのですか?」
「何でも、ない……」
これで8回目だ。過去7回の相対で分かったことは、こいつがあまりにも強者だということだけだった。
正直、勝つ糸口がない。そんな風に思ってしまう。
「だけど、ここで引き下がれねぇだろ、リギルよぉ」
俺は自分に問いかける。
すると、ふと俺の心の中でアンカの言葉が聞こえる。
『師匠はもっと自信持つっす! 師匠は強いんすから!』
路頭に迷っているところを偶々見かけ、俺が拾った赤毛の少女、アンカの口癖だった。
こんな弱い俺に、アンカはいつもそう言ってくれた。この“強い”はおそらく能力的な強さではないだろう。それでも、アンカのおかげで俺は屈強な場面でも立ち向かう勇気を持てた。
俺はアンカに救われていた。それならば、恩を返さねばなるまい。
この魔人が未来でアンカを殺すのなら、その前に俺がこいつを殺してやる。
「待たせたな。……やろうか。殺し合いを!」
俺は尊大な態度で、啖呵を切った。
「ンフフ。魔人と真っ向から殺し合いというとは。面白いですねぇ。少々私も本気を出しますかねぇ。後悔しないで下さいよぉ?」
「クハハ! 貴様は精々俺に負けた時の悔しがり方でも考えておくんだなッ!!」
俺は腰の剣を抜き放ち、魔人へと歩を進めた。
◇◇◇
本来存在しないもの。
それは存在を否定され、この世には留まれない。
しかし、拒む力に何とか意志の力で耐え抜き、俺の魂はこの世に留まることに成功する。
「まさか、人間ごときがこの私に楯突くとは……。ンフフ、面白いですねぇ。やはり、人間は面白い!!」
この台詞を聞いたのは何度目だ? もういい加減に聞き飽きた。
「もういい……。さっさと始めよう」
「何ですか。折角、貴方の大舞台に相応しい雰囲気を整えてあげてるのに。それに貴方、殺る気あります?」
「……ハハ。あるさ。殺る気なら。何度お前に殺されたと思っている……?」
おそらく100はもう超えた。そんなに殺され続けた相手に殺意を持たない方がおかしい。
「でもな、どうせ今回も俺は殺される。……ハハ、ハハハ」
「何言ってるのかわかりませんけど、やる気があるのなら剣を構えたらどうです?」
「……あぁ、そうか。始めないとな」
俺は剣を抜いた。
「やろう」
俺は今回も殺されに行く。
◇◇◇
「まさか、人間ごときがこの私に楯突くとは……。ンフフ、面白いですねぇ。やはり、人間は面白い!!」
ふと気づけばそこにある。
俺の意識は例に漏れず、時を遡りそこに在った。
在ってしまった。
「ッ!!」
気づけば、俺は魔人から逃げ出していた。これが本当の俺の姿だ。自分は助かりたい。自分以外はどうでもいい。あんなに守りたかったアンカでさえも。
だって仕方がないじゃないか。いくら戦っても勝てないんだ。勝つ糸口すらない。圧倒的実力差にはどんな小細工も通用しない。この何百回の試行の中で理解したことといえばそれだけだったのだ。
「ちょっと、どこ行くんです? まだ舞台も整っていないというのに」
知ったことか。もう何でもいい。俺がここから逃げられるのなら、なんだって投げ出してやる。自分の尊厳でも、大切な人の命でも。
俺は無我夢中に走った。走って走って、走った。
「……クッ。……グスッ……」
だが、体は正直だった。
走っている最中、俺は悔しさで涙が止まらなかった。嗚咽でうまく呼吸が出来なかった。
なんで逃げてしまったのだろう。原因はわかる。俺の弱さだ。
でも、もしこのまま生き続けられたとしたら?
きっとアンカは死ぬ。そうすれば、俺はこの世界で一切の繋がりを失ってしまう。
そんな世界で生きられるわけがない。俺は絶対に後悔し続けることになる。
それが嫌だからこそ、俺は抗う決心をしたはずだ。
「なのに、俺は……」
ドスッ。
突然背中に衝撃を感じた。
「途中で投げ出すなんて、面白くないですねぇ……」
後ろから狂気じみた言葉が聞こえた。
俺の胸には魔人の手が突き刺さっているのが見えた。身体にはもう力が入らなかった。
致命傷。どうやら今回の俺はここまでのようだ。
「アンカ……。アンカ……」
だが、俺がここで死んだとして未来はどうなるのだろう。もしかしたら、俺の死んだ世界での未来は地続きに伸びているのかもしれない。
そうしたら、アンカは何百も苦しみ、殺されているのだろう。
「もう、わかんねぇよ……」
俺は何を選択すればいいのだろうか。何が正解なのか。
いや、正解など無いのだろう。人生は自分の選択全てが正解などというが、俺に限っては全てが間違いだ。
正解の無い問題。全てが不正解の問題。
「さぁーて、逃げ出した臆病者の末路は何がいいでしょうか? いや、臆病者には思考を割くのすら勿体無いですね」
そう言うと、魔人は何処からともなく刀を何本も取り出した。
「では、眠りなさい。愚か者よ」
今回もやってくる。不正解の罰。愚か者の末路。
死が。
◇◇◇
「まさか、人間ごときがこの私に楯突くとは……。ンフフ、面白いですねぇ。やはり、人間は面白い!!」
あの後、俺は時に抗い、時に逃げ出したりしながら、繰り返しを繰り返した。
でも、こうして戻ってきたということからわかるが何もうまくいかなかった。
「もう勘弁してくれ……」
俺は魔人に頭を下げていた。俺にはもう、赦しを乞うことしか出来なかった。
「はい? 先に立ち塞がってきたのは貴方の方ではないんですか? なのに、そちらから勘弁してくれなんて言われるとは思ってもなかったですねぇ」
「お前はこれからこの街を襲う。だから、どうかこの街から手を引いて欲しい。この街の命を奪うことだけは、どうか、やめてくれ……」
何を言っているのだろう。こんなことで引き下がるくらいなら、はなから街を襲うことなどしないはずだ。
押し入ってきた強盗に盗まないで下さいと言っている程に馬鹿馬鹿しかった。
「何処から計画が漏れたのやら。我々のことをご存知とは、貴方一体何者です?」
「ただの、愚か者だよ……」
「ンフフ。ただの愚か者がこうして私と対面して、赦しを乞うているのですか? いやぁ、中々に面白い状況ですねぇ。……ただし」
そう言うと、魔人は一瞬のうちに俺の目の前まで移動してきた。
「貴方の逃げ腰だけが気に入らない」
その行動を目で追うことは出来なかった。俺は魔人の掌底を食らって背後の建物へと吹き飛ばされた。
「グァッ!!」
背中に衝撃が走る。殴られた部位はズキズキと痛み、口からは血が噴き出る。
「全く肩透かしにも甚だしいですよ。全て計画を知っているにも関わらず、立ち向かうことなく、見逃してくれだとは。全く面白くない」
背中の衝撃のせいで、全身が痺れて動かない。どうやら何処かの神経をやってしまったようだ。
目の前には魔人が歩きながらどんどん迫ってきた。
そこに俺の死が見えた。
「どこで、間違ったのだろうな……」
俺は散々魔人に対して後悔させてやると嘯いていたのに、結果このザマだ。後悔したのは俺の方だった。
時間のループという檻に入ったのは自分なのに、最後までいたぶられるのは俺だった。
さしずめ、俺は時間のループという餌につられて、罠にかかった小鳥といったところだ。
「つまらない人間ですねぇ。さくっと始末しますか」
俺はまた殺されるのか。そういえば、これで何度目だろうか。
もう疲れた。
「では、ご機嫌よう」
俺にはもう過去を遡る気力はなかった。限界だった。
俺の意識はそこで途絶え、過去へ戻ることはなかった。
俺の意識は時の狭間へと消えていった。