最終話 奇縁 その9
翌朝、朝食を摂った四人は軽く休んだ後、
帰り支度を整えていた
「忘れ物はございませんか? もしもあった場合は
改めて送らせていただきますが、一応確認をお願いします」
「ボクは大した荷物なかったから大丈夫」
「わしは・・・、そもそも荷物と呼べるものは
持ってきておらんな」
玲香の呼びかけに二人が応え、
それに続いて少年も問題ないことを告げる
鞄の中は再三確認しており、持ってきたものは
きちんと全部入っていた
「それでは、名残惜しいですが帰りましょうか♪
ほんの一日ではありましたが、皆様とここで過ごせて
とても楽しかったです♪」
「ボクたちこそ♪ いっぱい遊べて楽しかったよ♪」
「わしもな♪ またとない貴重な機会をありがとう♪」
少年も、とても楽しかったことを告げながら
お礼の言葉を口にする
三者三葉の言葉に照れ笑いを浮かべながら、
玲香は部屋の入口に向かって歩き出した
「さ、行きましょうか・・・♪
もしも皆様が望まれるのであれば、
また来年も同じようにここへ集まってみたいですわ♪」
「もっちろん♪ 絶対にそうしようね♪」
「お主さえよければ、わしらも大歓迎じゃ♪
のう、史陽よ♪」
真狐の言葉に頷きながら、
少年も荷物を持って部屋を出ていく
建物を出たところで一度振り返り、
この大事な思い出のできた場所へまた来たいと
改めて考えていた・・・
そして車に乗って家路に着いた四人は、
行きの賑やかさに比べて
とても静かに帰宅している
「ありゃりゃ・・・♪ 二人とも、
とっても仲がよろしいことで♪」
「ええ、本当ですわね♪」
後ろの席に座っていた真狐と少年は、
いつの間にか肩を寄せ合いながら
気持ち良さそうに眠っていた
その顔には安心しきった表情を浮かべており、
悩みなど全くないことが伺える
「幸せそうに眠っちゃってまあ・・・♪
よっぽど安心してるんだろうね~♪」
「そうですね・・・♪ お二人とも
ようやく悩みが消えたことでしょうから♪」
「ま、ボクだってずっと黙って見てるわけじゃないけど♪
そのうちこの体を使って大胆に迫っちゃお~♪」
「それはよろしいのですが・・・、
また昨夜みたいなことにならないよう気を付けてくださいね?」
「むしろそうならないためにも
ちょっとは免疫付けた方がいいと思うな~、
というわけで遠慮はしないよ♪」
「う~ん・・・、確かにそうかもしれませんね・・・、
では、私も微力ながらお手伝いさせていただきましょうか♪」
「玲香ちゃんも言うね~♪
ま・・・、でも今はそっとしておいてあげよっか♪」
「ええ、そうしましょう♪」
慈しむ笑顔を向けながらあれこれ言っていた二人だが、
少年と真狐の寝顔を少し眺めた後、
これ以上は邪魔しないとでも言うかのようにゆっくりと前を向く
海狸と玲香の視線が外れた直後、
幸せそうに眠り続ける真狐の口がもごもごと動いていた
「史陽・・・、大好き・・・、じゃぞ・・・❤」
本来は隣にいる少年にすら聞こえないはずの、
呟きというにも小さすぎる愛の告白
しかし少年は、まるでその返事をするかの如く
ちょうど良く真狐の名前を呼び、
同じような言葉を呟いていた
二人の幸せそうな寝顔と、仲睦まじき寝言が、
真狐と少年の未来を暗示しているように見える・・・
・・・・・・
季節は夏真っ盛り、舞台はある町に存在する何の変哲もない民家
差し込み始めた朝日に照らされた部屋の中で、
一人の男女が一つのベッドで眠っていた
片方の男は背丈も小さく、少年といって差し支えのない人間である
黒い髪に涼し気な恰好の、どこにでもいる普通の少年と言えよう
一方の女は、普通と形容するには少々無理がある出で立ちをしていた
茶色い髪に、隣に座る少年とは比べ物にならないほどの背丈、
朝とはいえ真夏であるにも関わらず、ゆったりとした着物を
涼し気な顔で着こなしている
おまけにその胸部には、はだけた着物の間から
豊満な胸の谷間が垣間見えていた
だがそれ以上に不思議なのは、頭部と腰に付いている
狐のような耳と尻尾である
周囲の状況を観察するように動く耳や、
意思を表しているかの如く揺れる尻尾は
どう見ても作りものではない
そんな、背格好から性別に至るまで、何もかも異なる二人が
眠っているにも関わらずしっかりと手を取り合っていた
「ん・・・、もう朝か・・・、
史陽よ、そろそろ起きてはどうじゃ・・・?」
日差しの眩しさで目を覚ましたのか、
背の高い女性が少年の名前を呼びながらゆっくりと起き上がる
その声に小さなうめき声を出したかと思うと、
少年は女性の名前、真狐の名前を呼んで挨拶しながら
同じように体を起こした
「ふふ、おはよう史陽・・・♪
今日も暑い一日になりそうじゃな♪」
「海狸や玲香も時間を見てやってくるであろう♪
とりあえずは・・・、朝食とするかの♪」
微笑みながら優しい言葉をかける真狐と、
それを受けて笑顔で頷く少年
何気ないが、それでいてとても騒がしく、
それ以上に楽しい日常が今日も始まろうとしていた
真狐と史陽、背格好から種族に至るまで、
何もかも違う二人から始まったこの奇縁
そこからさまざまな人と繋がり
より強く結びついていくこの縁は、
二人が二人である限り断ち切られることはないのだろう・・・




