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妖縁奇縁  作者: T&E
74/76

最終話 奇縁 その7

自分の出した声の大きさに驚いたのか、

身を弾ませながら目を覚ます真狐


例えようのない寒気に襲われ、

思わず体を抱きしめながら身を震わせる


そんな真狐のすぐ側で、砂浜を踏む小さな足音が聞こえた



「史、陽・・・?」



音のする方へ耳を向けてから顔を振り向かせた真狐は、

いつの間にか後ろにいた少年の名前を呼ぶ


バルコニーから真狐の姿が見えたため、

何か話をしようと思った少年は

あれこれと話題を考えつつ近くまで来ていたのだ


しかし、突然大きな自分の名前を呼ばれたかと思えば

振り向いた真狐は暗がりでも分かるほど

不安げな表情を見せている


今までにないような顔を見た少年は、

真狐の名前を呼びつつ

どうかしたのかを優しい声で尋ねてみた



「史陽・・・」



少年の顔を見て言い表しがたい不安もいくらか拭えたのか、

真狐の表情が安心したような、それでいて

泣き出しそうなものになったかと思うと・・・


しゃがみこんだ姿勢からいきなり飛び上がり、

少年にしっかりと抱き着いていた


突然の行動に驚いて狼狽える少年だが、

自分を抱きしめる真狐から嗚咽の音が聞こえてくる


何を悲しんでいるのかさっぱり分からないものの、

少年はひとまず真狐が落ち着くまで

その身を任せることにした・・・





「ん・・・、少し落ち着いたから、

もういいよ史陽・・・、ありがとう」



それなりの時間が経ったところで、

泣き声の収まった真狐が静かに言う


少年がゆっくり真狐の体を放すと、

真狐は静かに少年の体を解放した


その目には涙が残ってはいるものの、

先ほどに比べるとその表情は和らいでいる


とはいえ、今までとは少し違う真狐の様子に、

少年はどう声をかけていいかが今一つ分からない


結局当たり障りのないことしか言えず、

大丈夫なのかどうかを問いかけていた



「ふふ、ひとまずは大丈夫じゃ・・・、

ちと恥ずかしいところを見られてしまったの・・・」


「できればこんな姿はお主に見られとうなかったが・・・、

見られてしもうた今となっては

もう大したことでもないか・・・」


「・・・なあ史陽よ、わしは今、

夢を見ておったのじゃ・・・」


「お主とわしに関する夢を・・・、

少し、聞いてくれるかの・・・?」



少年の問いかけに答えつつ、

真剣な表情で先ほど見た夢の内容について

話そうとする真狐


少年が静かに頷くと、二人はそろってその場に腰かけ

真狐がゆっくりと話を始めた



「夢の中で・・・、わしとお主は

仲睦まじく過ごしておった・・・」


「何の不安もなく、楽しそうに・・・、

ずっとこの時間が続くかのようにな・・・」


「じゃが月日は流れ、季節は廻り、

いつの間にかお主はすっかり年を取っておった・・・」


「面影はあったようななかったような・・・、

そこは良く分からなかったがとにかく年老いたお主の側に

何一つ変わらぬ姿のわしがおってな・・・」


「あの部屋で・・・、わしはお主を

看取っておったのじゃ・・・」



その言葉を聞いた少年は、真狐の見た夢の大事な部分、

そして真狐が抱えていた悩みについて理解する


自分と真狐、長く生きたとしてせいぜい百年がやっとの人間と、

既に数百年は生きている妖怪という

種の違いからくる抗いようのない時間の差


真狐が悩んでいたのはそれなのだと、

少年はようやく気が付いた



「どうやらわしは、流れる時間が史陽と違うことを

ずっと心のどこかで気にかけていたらしい・・・」


「情けない話よな・・・、海狸にこれを指摘された時は

偉そうなことを言うておったが・・・」


「いざその時になってみれば、

これほど恐ろしいことは初めてじゃった・・・」


「夢だと分かっていながらも、夢から覚めた後も、

心の中に穴が開いたような感覚を覚え、

体の震えが止まらんかったわい・・・」


「お主がそこにおってくれんかったら、

まだ今もこの場にうずくまっておっただろうな・・・」



自分に対してのものか、嘲りめいた表情を浮かべつつ

溜息を吐きながらそう告げる真狐


少年は、やはりどう声をかけるべきか分からず、

ただただ静かに真狐の方を眺めていた


とはいえ、まだ話が終わったわけでもないらしく、

真狐は再び口を開く



「玲香と出会った時、あることに気が付いたんじゃ・・・」


「これは言うたかの・・・? あ奴は恐らく

わしをあの山に封じ込めた人間の子孫じゃ・・・、

ああ、無論そのことについて恨みはない」


「しかしその時、無意識のうちに理解してしまったのじゃ、

わしは人が何度も代替わりするほどの時間を

それほど長く生きていたのだと・・・」


「それからずっと、わしの中で

言い表せない不安のようなものが渦巻いておったのじゃが・・・、

今ようやくそれに気が付いた」


「正直に言おう・・・、わしは怖かったのじゃ、

お主と別離し、一人になるその時が」



少年の方をはっきりと見つめ、固い表情で真狐が言う


その体はどこか震えているように見え、

普段見上げているはずの真狐がやけに小さく思える


それに気が付いた瞬間、

かける言葉をずっと探していた少年は

反射的に口を開いていた


そして自分も真狐を遺していなくなってしまうのは

とても怖いこと、しかしそれでも、

真狐とずっとずっと一緒にいたいこと・・・


少年はまっすぐにそれを伝えたが、

真狐は申し訳なさそうに目を逸らしながら

暗い声で返事をする



「史陽・・・、お主の言葉は嬉しいのじゃが・・・、

やはり、夢の光景が頭を過る度に

どうしても身体が震えだしてしまうのじゃ・・・」


「情けないと非難してもらっても構わない、

強がっていただけなのかと罵倒してもろうても良い、

それでも、どうやってもお主の元へ一歩を踏み出すことが・・・」



震える声で投げかけられた真狐の後ろ向きな言葉は、

突然少年に抱きしめられたことで遮られてしまった



「ふ、史陽・・・? 急に何を・・・」



驚いた様子の発言も流し、

少年は立て続けに真狐へ言葉を投げかける


真狐のことを愛していると、いつまでも側にいたいと、

普段の自分なら恥ずかしくなるような言葉を

次から次へとまくし立てた


口を挟めないのか、呻くような声を

何度も出していた真狐だが、やがて感極まったかのように

顔を歪めると、少年の体を抱きしめ返し、涙ながらに口を開く



「うっ・・・、ぐすっ・・・、うう・・・、

わしも・・・、わしもじゃ・・・、

わしもお主のことを心の底から愛しておる・・・」


「どうあっても離れたくなどない・・・、

悲しい別れがあったとしても一緒にいたい・・・、

お主と一生を添い遂げたい・・・」


「いずれ別れる運命にあったとしても・・・、

悲しい思いをするとしても・・・、

距離を取ることなどできるはずもない・・・」


「ぐすっ・・・、史陽・・・、大好きじゃ・・・」



発言に同調するような真狐の告白を受け、

少年も同じ言葉を繰り返す


揃って涙を流し、鼻水を出しながらの

なんとも恰好が悪い求愛ではあったが、

互いにそんなことは微塵も気にしていなかった


しばらくの間嗚咽していた二人だが、

いつしかその音も段々と静かになり

ほんの少しだけ体を放す


お互いの顔を見て、赤くなった目を覗き込んで

微笑みを浮かべていたかと思うと、

真狐が不意に目を閉じる


何かを求められていると、そしてそれが何かを

少年はすぐさま理解した


何も言わず一つ唾を飲み込むと、

膝立ちになって真狐の方へ体を傾ける


そして自分もゆっくりと目を閉じながら、

真狐の唇へ自身の唇を押し付けた


挿絵(By みてみん)


「ん・・・・・・」



一瞬真狐が体を震わせるものの、

それ以上反応することもなく

ただただ少年の口付けを受け入れる


経験など一切ない、この上なく拙い接吻ではあったが、

それでも真狐は満足そうな表情を見せていた


そんな中、少年が体を震わせ始めたかと思うと勢いよく唇を放し、

ほんの短い間の、それでいて極めて永く感じられた

二人の口付けは唐突な終わりを告げる


そのまま真狐から距離を取り、荒い呼吸を繰り返し始める少年


どうやら、接吻する間ずっと息を止めていたようだ


キョトンとした様子でそれを見ていた真狐は、

不安も高揚も、何もかもが吹き飛んでしまったかのように

お腹を抱えて笑い出す



「ふふっ・・・、くくっ・・・、はは・・・♪

あはっ♪ あはははっ♪ はははははっ♪」



今度は呼吸を整えていた少年が

呆けた表情で真狐の方を眺めるものの、

やがて息が整いかけたところでつられて笑い出す


二人が次に会話を始めたのは、

ひとしきり笑い終えた後だった



「ははは・・・、はぁ・・・♪

笑った笑った・・・♪

こんなに笑ったのは始めてじゃ・・・♪」


「本当に、こんな楽しいことがあったじゃろうか・・・♪

ありがとう史陽・・・、お主のお蔭で

いやな気分はみな吹き飛んでしもうたわ♪」



すっかり明るい表情を取り戻した真狐の言葉を受け、

少年は嬉しそうに笑いながら返事をする


真狐が元気になってくれたこと、

自分が役に立てたことが嬉しいと

偽りのない気持ちを伝える


すると、どういうことか真狐は顔を赤らめながら

気恥ずかしそうにこう言った



「こ、これ・・・、そんなに恥ずかしいことを言うでない・・・♪

お主、いつの間にそんな歯の浮くような台詞を

言うようになったのじゃ?♪」


「それとも、今までわしが気付かなかっただけで、

思ったよりも色男じゃったのかのう?♪」



その言葉に対し、首を傾げながら

何が恥ずかしかったのかを問いかける少年


自分としては純粋な想いを伝えただけで、

女性の顔を赤くする要素など一切含まれていないと思っていた



「ふふ・・・、まあ、お主にとっては

そうなのじゃろうな・・・♪」


「しかしわしにとっては・・・、

まるで口説かれているように聞こえてしまったよ・・・♪」


「まったく、既に心の底からお主を愛しておると言うのに、

まだ足りないと申すのかえ?♪」


「お前様も欲が深いのう・・・❤

いや、それはいわずもがなじゃった♪」


「何せ、妖の女を受け入れてしまうほどに

深き男じゃからな❤」



目を細め、口元を隠しながら

妖艶な笑顔でそう告げる真狐


普段と違う呼び方で少年へ声をかけていたものの、

少年は一切気が付いていない



それどころか、投げかけられた言葉を完全には理解できず

もう一度質問しようと口を開くものの、

それよりも先に真狐が立ち上がった



「さて、と・・・、そろそろ戻るとするか♪」


「安心したらなんだか小腹が空いてしもうたよ、

まだ食事が残っておるといいのじゃが・・・」



そう言いながら歩き出す真狐に対し、

一拍遅れて立ち上がった少年は

追いかけるためにと慌てて駆け出そうとする


しかし、不意に真狐が手を差し出しながら止まったため

慌てて足を止めた



「ん♪」



何も言わず、何かを求めるように

伸ばした手を動かす真狐


その手にどんな意味が込められているのか、

首を傾げながら悩んだ少年は、合っているかどうか

分からないと言わんばかりに恐る恐る真狐の手を取る


すると、真狐は上機嫌でその手を掴み、

嬉しそうに歩き出した



「さあ行こうか♪ 史陽ももう少しくらいは

食べられるであろう?♪

一緒に何か食べようではないか♪」



満面の笑みを浮かべながら先を行く真狐に、

少年は早足で歩きつつ必死に隣を歩く


真狐の側にいる決意を固めた少年と、

何も気にせず、遠慮することもなく、

少年と共に歩み始めた真狐


いつの間にか、真狐の体からは

呪いが完全に消え去っていた・・・


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