最終話 奇縁 その6
少年が席を外した後、真狐はふらふらと外を歩いていた
あてどもない歩みではあったが、
遠く離れることもなく、
建物の光が届く範囲にはとどまっている
そして気が付けば、砂浜の上で一人座っていた
「・・・素直に、か」
誰もいない空間の中、誰にも聞こえない声で
静かに独り言ちる真狐
先ほどの言葉を受け、自分の気にかかっていることが
何なのかをぼんやりと考えているようだ
「わしに足りないのは・・・、
恐らくそういう気持ちなのじゃろうな・・・」
「史陽からはもうずいぶん歩み寄ってもらっておる、
じゃから、今度はわしの方から距離を縮めれば
良いだけの話じゃ・・・」
「それも恐らくたった一歩だけ・・・、
だというのに、なぜその一歩が踏み出せん・・・?
わしの中で、一体何が引っかかっておる・・・」
「わからん・・・、この気持ちは・・・、
このもやもやとした感覚は何だというのじゃ・・・」
気持ちの整理がつかないのか、
自分自身に対する問いかけを繰り返す真狐
しかし当然答えが出ることはなく、
思考に没頭するつもりかそのまま目を閉じる
(「真実の愛」か・・・、やはり妖怪であるわしには
手が届かないものだったと・・・)
(いや、そんなことはない・・・、
そもそも、例え手が届かぬものだったとしても、
呪いが解けなかったとしても・・・)
(わしは史陽ともっと絆を深めたい、
もっともっといろんなことをしてやりたい、
その気持ちには偽りなど一切ない)
(そうじゃ、これから先も、ずっとずっと・・・、
夏が終わり、秋になってもまたたくさん
あやつとしたいことが・・・)
決意を新たにする真狐だが、たっぷりとはしゃいで
存分に食事を摂っていたこともあってか、
昼寝したにも関わらず自然と意識が薄れていく
そして微睡みの中、真狐は昼間のように
少年へ膝枕をする夢を見ていた
いつもと変わらぬ部屋の中、
真狐は少年の頭を愛おしそうに撫でている
安心しきった少年の顔を覗き込みながら、
時折ちょっかいをかけては
まんざらでもない表情の抗議を聞いて笑みを漏らす
そこでふと外を見ると、窓の外には
枯れ落ちた葉っぱが風に運ばれていた
季節が巡っていることを実感できる何気ない景色だが、
どういうわけかそれを眺めてると
真狐の中に言い表しがたい不安が生まれてくる
そのまま少し時間が流れ、部屋の外には
真っ白な雪が降り積もっていた
いつの間にか真狐はベッドの側に膝立ちとなり、
ベッドで寝ている人の顔を覗き込んでいた
いつもと変わらぬ部屋、変わらぬベッド、
そして何一つ変わらない真狐の姿
しかし、少年のベッドに寝そべっているのは
少年ではなく白髪の老人であった
骨と皮しか残ってない手を差し出し、
真狐がその手をしっかりと握りしめている
老人が消え入りそうな声で真狐に何かを呟くと、
真狐が涙を流しながらも必死に作った笑顔を浮かべた
その顔を見てほんのわずかな笑みを零した老人が
眠るように目を閉じ、次いで握られていた手から力が抜ける
真狐がはっとしたような顔を見せたかと思うと、
脱力しきった手を固く握りしめながら、
老人を呼び起こすかの如く大きな声で名前を呼んだ
「史陽!!」




