最終話 奇縁 その5
一方、建物の中に戻ろうとしていた少年は、
部屋へ戻る途中にふと見つけた扉が気になり
玲香に頼んで開けてもらっていた
「さあどうぞ、史陽様♪」
快く開けてくれた玲香にお礼をいつつ、
少年は探検隊といった気分で扉をくぐっていく
すると、その先にはやや広めの部屋があり、
雰囲気の良いバルコニーと繋がっていた
許可を貰い、ガラスの扉を開けてみると
心地よい潮風が髪を撫でる
時間がちょうど良いこともあってか、
水面が揺れる海と空に浮かぶ月という絶景も映っていた
少年は、柵に軽く手を置きながら、
その景色を眺めて思わず感嘆の声を出す
「うふふ♪ 気に入っていただけましたか?♪
ここは海が眺められるように作られた
とっても素敵な場所なんです♪」
「風の通りも良いので、昼間なら陽の光と風を感じつつ
ゆっくりとできますわ♪」
少年が眺めに気を取られていたところで、
後からやってきた玲香が自分の柵へ身を預けつつ
軽い説明をする
少年は、景色がとても綺麗であることを告げ、
素敵な場所という部分に同意した
「ふふ、ありがとうございます♪
史陽様ならきっと良さを分かってくださると思いました♪」
それに対してお礼を言うと、
玲香も同じように景色を眺める
ほんの少しの間、波の音と風の音だけが聞こえていたが、
やがて玲香が少年へ向き直り再び口を開いた
「史陽様、本日はありがとうございました♪」
唐突にお礼を言われ、少年は慌てた様子で返事をする
そしてどういう理由でお礼されたのか考えるものの、
そもそも今日一日遊んでばかりだった自分が
玲香に対して何かしていたはずがない
むしろお礼をすべき立場にあるのは自分だと気付き、
狼狽えながら改めてお礼の言葉を口にした
「まあ♪ 史陽様からお礼を言われるなんて♪
うふふ、嬉しいですわ♪」
「ですが・・・、私が皆様を招待したのは、
私自身がしたかったことですから、
そう畏まってお礼されなくてもいいのですよ?♪」
少年にそう告げる玲香の顔には、
優しそうだが少し悲し気な笑みが浮かんでいる
それが気になった少年は、少し迷ったが
どうして自分たちをここに連れてきてくれたのか、
その理由を尋ねてみることにした
「そう、ですね・・・、史陽様には
お伝えしておきましょうか・・・」
「と言いましても、そう深い理由があるわけではありません、
単純にこの場所で皆様と楽しい時間を
過ごしたかったのですわ♪」
「ですから・・・、皆様と知り合う切欠になった
史陽様へ、先ほど改めてお礼をした次第です♪」
先ほどに比べて明るい笑顔でそう告げる玲香に対し、
少年も笑顔で返事をする
今告げられた理由だけが全てではないような気はするものの、
少年はそれ以上追及しなかった
「史陽様・・・、あなたと真狐様から始まった縁によって、
海狸様、そして私とも縁が紡がれたと聞き及んでおります」
「ですから・・・、私はお二方の縁が
より強く結ばれることを心より願っておりますわ♪」
満面の笑顔で唐突にそう告げる玲香には、
先ほどのどこか憂いを帯びた表情など
微塵も残っていない
少年もまた、その笑みにつられて
笑顔で返事をしようとしたところで、
玲香にいきなり両手を取られる
「そして・・・、その後で、私ともほんの少しだけ
固い縁で結ばれてくださると、大変嬉しく思います・・・❤」
今度は妖艶な表情でまっすぐに少年を見つめながら
まるで好意を示すかのような言葉を口にする玲香
少年が当然の如く慌てふためいていると、
その手はそっと放される
「うふふっ♪ 私も海狸様や真狐様を見習って、
少々大胆になってみました・・・♪」
「ところで史陽様・・・、気付いておられるでしょうが、
真狐様は今大きな悩みを抱えられております」
狼狽えていたところへ真狐の名前が出てきたため、
少年はすぐに冷静さを取り戻した
そして、玲香の言葉に頷きながら、
最近の真狐が自分に対して
時折ぎこちなくなっていることを告げる
その理由が何かは分からず、どう聞けば良いかも分からないと
少年が正直な気持ちを伝えると、
玲香は微笑みながらこう答えた
「大丈夫です、史陽様♪
いずれ真狐様から話してくださると思いますわ♪」
「その時に、それを受け止めてくだされば
それだけで充分なのです」
「そしてそれができるのは・・・、
他でもないあなた様しかおられません」
「それと・・・、差し出がましいことを言うようですが、
どうか最後の一歩は、史陽様から歩み寄ってくださいね?」
途中までは言われたことをある程度理解できていたものの、
付け加えられた言葉の意味が分からず、
それを尋ねようと少年が口を開く
しかし、それよりも早く玲香が続けてこう告げた
「それでは、私は海狸様たちの元へ戻ることにします♪
史陽様も、気が済んだらお部屋に戻るか
また外へいらしてくださいね?♪」
それだけ伝えると、玲香は手を振りながら戻っていく
そして、お互いの姿が見えなくなったところで立ち止まり、
ゆっくりと目を閉じた
(私にできるのはここまでですね・・・、
大したお力添えもできずに申し訳ありません)
(ですが、もう既に固い縁で結ばれているお二人なら
きっと「真実の愛」を見つけることが
できると信じておりますわ・・・)
(どうか、お二方を・・・、真狐様を縛っている
鎖のような呪いが断ち切られ、
双方が心の底から笑い合えますように・・・)
祈るような言葉を心の中で呟きながら、
玲香は一人歩いていく
その頃、少年は玲香に告げられた言葉の意味を
あれこれと考えてみるものの、
答えと呼べるものは全く考えつかなかった
これ以上の思考は無駄だと考え、
めったに見る機会がないであろう
綺麗な景色へと再び目を向けてみる
すると暗がりの中、月明かりと建物の明かりに照らされた
一つの影に気が付いた
先ほどはなかったであろうその存在が気になり、
目を凝らして確認しようとする少年
暗闇の中を遠目に見ているため
なかなか判断がつかないものの、
それが真狐であることがなんとなく分かった・・・




