最終話 奇縁 その4
それからというもの、建物の前では
食材の焼ける音と談笑する声ばかりが聞こえている
「ふむ・・・、こちらのタレも
なかなか肉に合うではないか♪」
「でしょ~?♪ あ、飲み物なくなってきたかな、
ねえ、さっきのやつクーラーボックスの中にある?♪」
「海狸様が飲んでいらしたのは確かこれでしたね、
はいどうぞ♪ 史陽様もいかがですか?♪」
あれこれ食べ、あれこれ飲みと
酒のない宴と言えそうな夕食は存分に盛り上がっていた
好きなものを焼いて食べてみたり、
時には誰かに食べさせてみたりと、
四人は楽しい時間を過ごしている
そんな中、少年は手元にあった食べ物を食べ切ったところで
一息ついていた
「んむ? んくっ・・・、どうした史陽、
まだまだ食べ物は一杯あるぞ?」
それに気付いた真狐は、口の中にあった
食べ物を飲み込んでから声をかける
少年は、昼食に続き夕食も大量に食べてしまったため、
腹が満たされたことを少し苦しそうに伝えた
「おおそうか、そういえば今日はいつもより
多く食べておったからのう・・・、
ではどうする、部屋に戻って休んでおくか?」
真狐はそう尋ねながら、
手に持っていた食べ物や飲み物を皿に置く
その行動から真狐が自分に付き添うつもりだと判断した少年は、
遠慮せず食事を続けても良いことを告げた
「むう、そうは言ってもわしも充分食べてはおるぞ?
それに一人で行かせるというのも気が引けるから・・・」
「まあまあ、折角史くんがまたとない機会を
楽しんでもらおうと思ってるんだから、
素直に甘えておけば?」
「そうですわ、それに案内でしたら私がやりますので
真狐様にはお食事を続けていただいても大丈夫ですわ♪
私もそろそろ箸を置こうと思っていたところですので♪」
「う、うむぅ・・・、そうか・・・、
では、お言葉に甘えるとしよう♪」
「そうそう♪ じゃあ玲香ちゃんよろしくね~♪」
「はい、では史陽様、参りましょうか♪」
玲香に声をかけられた少年は、
真狐と海狸に軽く声をかけつつ二人揃って
建物の中へ入っていく
その姿が消えたころに真狐が食事を再開しようとするものの、
そこへ海狸が意味深な笑みを浮かべながら声をかけてきた
「ところで真狐ちゃんさ・・・、
さっき思いっきりドキっとしてたよねぇ?♪」
「ん、なんじゃ藪から棒に、
さっきとは・・・、あっ・・・」
「史くんに手を握られた時、顔赤くなってたよ~?♪
そんなに嬉しかったんだ?♪」
「う、五月蠅い・・・、いや、まあ・・・、
嬉しくなかったと言えば嘘になるが・・・」
「あれだけいろいろやってきた真狐ちゃんが、
手をつないだだけで乙女みたいに
頬を染めちゃうなんてさ~♪」
「むぅ・・・、悔しいが、言い返そうにも
言い返せそうにないわい・・・、」
「っていうか、史くんにだって
おっぱい見せたりしちゃってるくせに
今更このくらいで顔赤くなっちゃうなんて♪」
「ま、まだ全部見せたりはしておらんわ!
み、見せたのはせいぜい途中までじゃからな・・・?」
「あ、な~んだ♪
やっぱりそのくらいのことはしてたんだ?」
「うぐっ、いらんことを言うてしもうたか・・・」
食事を始める前に期せずして少年と手をつないでしまった際、
真狐が純情な反応を示したことへ
愉しそうにからかいの言葉をかける海狸
しかし、ふと柔らかな笑顔を浮かべると、
優しい声で真狐にこんな言葉を告げた
「だけど、きっと真狐ちゃんはさ・・・、
そのくらい史くんのことが好きなんだよ・・・♪」
「海狸? 藪から棒に一体何を・・・」
「恋する乙女みたいな反応しちゃうくらい
純粋な気持ちで、呪いのこととか関係なしに
心の底から好きなんだ・・・♪」
「それは・・・」
「だから、さ♪ 自分の気持ちに素直になりなよ♪
真実の愛を二人で見つけるんでしょ?♪」
「じゃが、わしは・・・」
「昔から、旅の恥は掻き捨てって言うじゃない♪
いい機会だし、恥ずかしいことでもなんでも、
言いたいこともしたいこともまとめてしちゃえ~♪」
真狐を元気づけるかのような口ぶりで
少年への想いを形にするべきだと言う海狸
しかし、そんな海狸の笑顔とは対照的に顔を曇らせた真狐は、
少し葛藤する様子を見せながらゆっくりと口を開いた
「・・・いや、やはり今の気持ちでは
史陽のことをまっすぐに見つめることができんのじゃ・・・」
「なぜじゃろうな・・・、どうしても、自分の中で
引っ掛かっておることがある・・・」
「それが何かは分からぬが、わしの身体にまとわりついて
進むことを許してくれんのじゃ・・・」
「きっと、これを取り払わない限り
わしは自分の気持ちにも、
史陽にも真の想いで向き合うことはできんじゃろう・・・」
「真狐、ちゃん・・・」
神妙な面持ちで心情を吐露する真狐に、
海狸の顔から先ほどの笑みが消えてしまう
かける言葉が見つからないのか、
手を差し出すような動作を取ってはみるものの、
それも途中で止まり、顔を逸らしてしまう
「・・・む、いかんな、折角の楽しい夕餉じゃったというのに
湿っぽい空気にしてしもうた」
「ちと頭を冷やしてくる、お主は食事を続けておれ」
そう言いながら、真狐は建物とは反対の方向、
海に向かってとぼとぼと歩き出す
何も言わず、その背を見つめていた海狸だが、
やがて顔を俯かせながら静かに目を閉じる
(今ボクがしてあげられるのは・・・、
ここまで、かな・・・)
(真狐ちゃん・・・、真狐ちゃんの悩みは、
きっと一人で考えてもどうにもならないことなんだよ・・・)
(だけど史くんなら、きっとそれをどうにかしてくれるはず・・・、)
根拠なんて全然ないけど、確信してるよ・・・)
(だから史くん・・・、どうか真狐ちゃんのこと、
しっかりと受け止めてあげてね・・・)
心の中で二人に関することを呟きながら、
海狸はゆっくりと顔を上げた




