第九話 謳歌 その6
それから何分が過ぎた頃か、
少年は女性陣の到着を待ちきれなくなっていた
準備体操を済ませても、砂を集めて大きな山を作っても、
誰か来ることはおろか足音や声が近付てくるような気配すらない
加えて、ただじっとしているだけでは
日差しを熱く感じるばかりであり、近くには日陰もない
目の前にある海へ入れないことに不満を抱きながら、
真狐たちが着替えを浜辺まで来ることを待ち望む少年
そこに、賑やかな足音と楽しそうな声がようやく聞こえてきた
「や~、お待たせ史くん、ごめんね~?
待ったでしょう?」
「お待たせして申し訳ございません、
飲み物などを持っていけるよう準備しておくことを
失念しておりまして、少々手間取ってしまいました」
待ちに待った三人の到着を知らせる声に、
少年は自然と目を輝かせる
これで海に入って遊ぶことができると、
そんな思いを抱きつつ振り返った次の瞬間・・・
海狸と玲香の水着姿を目の当たりにし、
そんな考えはあっさりと吹き飛んでしまった
海狸の水着は腰の部分に可愛らしい装飾が付いており、
明るい色が太陽の光に照らされ輝いて見えるほどである
玲香の水着は、上下が分かれたものに腰布を巻いており、
泳ぐことよりも見栄えを重視しているように感じられるものだった
だが、それ以上に目を惹かれるのは、
二人の艶めかしい体つきである
妖艶な身体の線がはっきりと浮き彫りになる恰好に、
少年は頬を赤らめながら目を逸らしてしまった
ここにきてようやく、海で遊ぶとなれば当然水着になることを、
そして誰もかれもがとても魅力的な女性であったことを思い出したらしい
「砂浜でずっと待ち続けるの暑かったでしょう?
この通り、ジュースもいっぱい持ってきたから
好きなもの飲んでいいよ♪」
「手近なところへパラソルを立てますので、
少しそこでお休みしてはいかがでしょうか?♪」
少年の心中など察せるはずもなく、
二人は和やかに近付いてくる
しかし少年はその姿を直視できないため、
思わず足元に視線を落として縮こまってしまう
「あれぇ? 史くんどうしたの? お顔が真っ赤じゃない♪」
「それほど暑かったのでしょうか?
具合が悪いようでしたらご無理をなさらずに・・・」
「ああ、違うよ玲香ちゃん♪ これ多分、私たちの水着姿に
照れちゃってるんだ♪」
「まあ、そうでしたの・・・?♪
それは・・・、うふふ♪ 少し恥ずかしいですが、
悪い気分ではありませんね・・・♪」
二人の恰好に動揺していることをあっさりと見抜かれ、
少年はますます背を丸めて海の方へ顔を向けようとする
しかし、海狸が後ろに回り込み、
少年の顔を上げさせつつこんな言葉を口にした
「ほら、私たちにばっかりデレデレしてないで、
ちゃんとあっち向いて?♪
一番見てあげなきゃいけない人がいるでしょう?♪」
「真狐様♪ そこにいては史陽様も良く見えませんわ、
もっと近くまでいらしてください♪」
二人の言葉に、最後の一人である真狐の姿を
見ていないことにはっと気づいた少年は、
やや離れた位置に立ちすくむ人影を見つける
良く見えないが、妙に膨らんだ尻尾で体を隠しているようだ
なぜそんなことをしつつ距離を取っているのか疑問に思い、
少年はこちらへ来るよう呼び掛けてみる
すると、それに同調して他の二人も
真狐を手招きし始めた
「史くんもこう言ってることだし、
諦めてこっち来なよ~♪」
「素敵な恰好をなさってるんですから、
是非見てもらいましょう?♪」
二人の言葉に何か言い返すような様子を見せる真狐だが、
何を言っているのか少年の耳には聞こえない
しかし、やがて諦めたかのように項垂れたかと思うと、
何とも言えない表情をしつつ近付いてきた
そして普通に会話ができる距離まで来たものの、
真狐は未だに尾を抱きしめた格好で
自分の姿が見えないようにしている
「んもう♪ 真狐ちゃんそれじゃ水着が見えないじゃん♪
折角着たんだから見てもらわなきゃ~♪」
「いや・・・、そうは言ってもお主・・・、
この恰好は少々刺激的すぎるのではないか・・・?」
「そんなことありませんわ♪
史陽様もきっと褒めてくださいますよ♪」
「いや、そういうことではなくてだな・・・、
その、以前ちと肌を見せてしもうた時に・・・」
「大丈夫大丈夫♪ 私たちの恰好見ても平気だったんだし、
っていうかここまで来て後には引けないでしょ?♪」
「う、ううむ・・・、それはそうじゃが・・・、
しかし、やはり・・・」
徹底的に体を隠し続ける真狐に対し、
二人して姿を見せるよう楽しそうに声をかけ続ける海狸と玲香
問答を続ける三人の顔を眺めつつ、
少年はなぜ真狐がここまで恥ずかしがっているのかという
当然の疑問を抱く
口をはさむべきか迷いながらも、
恐る恐る声をかけようとしたところで
真狐の口から意を決したような言葉が飛び出した
「どちらにせよこのままではおられぬか・・・、
ええいっ、こうなればわしも腹をくくろうぞ・・・!
ふ・・・、史陽っ・・・!」
妙に気迫の籠った表情で名前を呼ばれ、
少年は思わず体を弾ませながら返事をする
一瞬堅苦しい空気が二人の間に流れたものの、
真狐が尻尾から手を放して自身の姿をさらけ出した瞬間、
雰囲気も疑問も、何もかも吹き飛んでしまった
「ど・・・、どうじゃ・・・、
似合っておるじゃろうか・・・?
その・・・、なにぶん、このようなものを着たのは初めてでな・・・?」
恥ずかしそうに、そしておずおずと見せられた真狐の水着は、
何と肌の露出が多い大胆なビキニである
他の二人と違い、飾り気のようなものはほとんどなく、
最低限の布地で隠すべき部分のみを隠し、
艶めかしい肢体を惜しげもなく見せつけるような刺激的な姿
その恰好にすっかり目を奪われてしまい、
少年は呆然と口を開いたまま真狐に見入っていた
「の、のう、史陽・・・?
な、何か言ってはくれんじゃろうか・・・、
そ、それとも、やはり着付けがどこかおかしくて・・・?」
相手の反応が鈍いためか、
真狐が不安そうに再度感想を尋ねてくるものの、
少年はただただ真狐の恰好を見つめ続ける
しかし、横から海狸に軽くつつかれ、
正気を取り戻すと共に言うべきことがあると気付く
そして、一つ息を大きく吸い込むと、
頬を真っ赤に染めつつ、拙い言葉で真狐の水着姿を褒めた
途端に真狐は顔を輝かせ、安堵した様子を見せつつ、
隠しきれない嬉しさを全身で表しながら言葉を返す
「そ、そうか・・・♪ ありがとう・・・♪
お主にそう言ってもらえると着た甲斐があるのう・・・♪」
「うんうん、そうだね~♪
私たちも着せた甲斐があるってものだよ~♪」
「ええ、まったくですわ♪」
真狐の笑顔に釣られてか、
はてまたもう口をつぐんでおく必要はないと判断したのか、
海狸と玲香も揃って真狐の言葉に同調する
「二人にこれを見せられ、あまつさえ着ろと言われた時は
どうしようかと思ったわい・・・、
海狸はともかく、玲香まで強引に迫ってくるとは・・・」
「あははっ♪ いいじゃん♪
史くんも喜んでくれたんだから、言いっこなしだよ♪
だいいち真狐ちゃん、今更そのくらいの恰好恥ずかしくないでしょ?♪」
「いや、まあ、結果としては文句のつけようはないのじゃが、
こういう過度に肌をさらす恰好は
あまり喜んでもらえないのではないかと思ってな・・・」
「そんなことありませんよ♪
史陽様は、意中の方がわざわざ自分へ見せるために
素敵な恰好をしていて何も思わないようなお方ではありませんもの♪」
「そうそう♪ 何か思うどころか
思いっきり見惚れてたもんね~?♪」
会話が弾んでいたかと思えば唐突にからかうような言葉を投げかけられ、
少年は恥ずかしそうに頬を掻きながら他所を向く
しかし、特に誤魔化すつもりもなかったのか、
海狸の言葉を肯定しつつ、もう一度真狐の水着姿を褒めた
すると、今度は真狐の方が顔を紅潮させ、
明後日の方を向きながら返事をする
「こ、これ・・・♪ かように褒めたところで
何も出やせんぞ・・・?♪
まったく・・・、史陽は口が上手いのう・・・♪」
「くすっ♪ 今のはそんなに歯の浮くようなセリフじゃ
なかったと思うけどな~?♪」
「ええ、とても飾り気のない、
心から零れたと言うべき言葉でしたわ♪」
「ふ、二人ともよさぬか・・・、
そ、それよりどうするのじゃ?
今日はここで過ごすのじゃろう? 何をすれば良い?」
二人にはやし立てられ耐えきれなくなったらしく、
真狐が露骨に話題をそらし、
これからの過ごし方について問いかけた
海狸と玲香も、これ以上からかうつもりはないらしく
今日の予定について軽く話をする
「そうだね♪ 史くんもだいぶ待ちくたびれてるみたいだし、
早速海で遊ぼうか♪」
「昼食の用意は既に整っておりますので、
ひとまず正午までは好きなように過ごせますわ♪」
「それでお昼ご飯を食べたら、
休むなりなんなりして、また思いっきり遊んじゃお♪」
「よ、よし、決まりじゃな・・・、
で、では史陽よ、待たせてすまんかったな・・・、
今日は、思う存分共に過ごそうではないか・・・♪」
必要なことだけを聞くと、真狐は早々に会話を切り上げ、
少年に向き直って微笑みながら今日と言う日を一緒に楽しむと言う
海に来てようやく見せたその自然な笑顔に釣られ、
少年もまた微笑み、やりたいことをあれこれと頭に浮かべながら
元気よく頷いた
四人で過ごす、とても楽しい一日が幕を開ける




