第九話 謳歌 その3
事の始まりは昨日、少年の体調が良くなったため
快気祝いと称して海狸が旅行を計画したことから始まる
と言っても、既に予定を組んでいるらしく、
話を持ち出し、簡単な説明を終えたところで
決まったことのようにこう言い出した
「というわけで~、明日この四人で
玲香ちゃん家の海へ旅行に行こう♪
もう許可は取れてるし、みんなで楽しく遊ぼ♪」
「なんというか・・・、これまたずいぶん急なことを・・・、
いくら史陽の具合が良くなった祝いとはいえ、
いささか性急すぎやせんか?」
「え~?♪ そんなことないって~♪
まあ、確かにちょっと早いかもしれないけど、
玲香ちゃんにも予定の調整があるわけだから、ねぇ?」
「こちらでも色々考えてみたのですが、
この四人で行くとなると、
完全に人払いできる日を選ぶのが一番良いと思いまして」
「むぅ・・・、それを言われると・・・、
確かにわしと海狸は人目につかん方がいいのじゃが・・・、
のう、史陽はどうなんじゃ?」
あれこれと問答をしていたところで、
真狐が不意に少年へ呼びかける
それまで全く話し合いに参加できていなかった少年は、
自分の意見を求められるとは思わなかったのか、
不意を突かれたように声を出す
しかし、答えは決まっていたらしく、
次いで許諾の言葉も口から出ていた
この四人が集まり海で遊ぶなどという楽しそうな催しに
参加しない理由はないようだ
「そうか・・・、まあお主の体も問題はなさそうじゃし、
それで良いというなら
わしが口をはさむことではなかろうな」
「では、決まりですわね♪
明朝、このお家へ直接迎えに・・・、というのは難しいでしょうから、
近くまで出ていただいてよろしいでしょうか?」
「うむ、心得た、しかし、旅に出るというのであれば
それなりに荷造りをしなければいけんかのう」
「ああ、それは大丈夫だよ♪
大体必要なものは出先にあるみたいだし、
それ以外に必要なやつ、真狐ちゃんの分は私が用意しておくから」
「それはありがたい・・・、が、
先ほどからいやに行動が意欲的じゃのう・・・?
お主が何か企てる時というのは大抵・・・」
「もう♪ 考えすぎだよ~♪
それじゃ、それぞれ明日の準備があるだろうから、
今日は早めに解散しよっか♪」
「では、私も最終的な確認をしておきます、
明日は寝過ごさないようお気をつけくださいね?♪」
あれこれと話を進めていたところで、
唐突に海狸がお開きを宣言すると、
すぐさま立ち上がって部屋を出ていく
続くように玲香も起立すると、
そのまま退出してしまった
二人を見送るために少年と真狐も立ち上がり、
誰かに見られぬよう玄関で挨拶をする
「では二人とも気をつけてな、
それと、本当にわしは何も準備をしなくていいのか?」
「大丈夫♪ 必要なものはこっちで用意しておくから♪
ああでも、史くんは遊び道具とか水着とか、
いる物があったら用意しといてね?♪」
そう言われた少年は、海狸の言葉に頷きつつ、
水着の用意はすでにできていることを告げた
この夏に水遊びをする予定は既にあったらしい
「そっか♪ なら大丈夫・・・、と言いたいところだけど、
親御さんへの言い訳は何か考えてるのかな?」
「む、そうか、よう考えればわしらとの繋がりなど
説明しようにも無理があったのう、それに一晩とはいえ
外で寝泊りするなどとご両親が許すかどうか・・・」
「いざとなれば、ボクや真狐ちゃんが適当な人に化けて
誤魔化すから、どうにかできそうになかったら
ちゃんと連絡するんだよ?」
外泊を含んだ旅行へ出るとなれば
無視できない障害に対し言及され、
少年は少し言葉に詰まる
しかし、当てがあることを伝えつつ、
なんとかできなければ必ず連絡することも付け加えた
「そう♪ じゃ、首尾よく行ったら教えてね?♪
詳しい時間は後で連絡するから♪」
「ではまた明日、朝は早いですから、
今日は早めに寝てくださいね♪」
「承知した、明日を楽しみにしておるからな♪」
挨拶を済ませ、玲香と海狸が
静かに家を出ていく
それを笑顔で見送っていた真狐は、
二人の足音が聞こえなくなったところで
ふと考え込む表情を見せた
「ふうむ・・・、先ほどは上手くはぐらかされたが、
やはりどうにも引っかかるのう・・・」
疑問の言葉を呟く真狐に対し、
部屋へ戻ろうとした少年は何か気にあるのか尋ねてみる
「いや・・・、ううむ・・・、
何と言うか、海狸が何か企んでいるような気がしての」
「あ奴が張り切って動くときは、
大抵良からぬことをしでかすのじゃが、
今回はどうも玲香があちら側へいるようじゃし・・・」
「まあ・・・、良いか悪いかはともかくとして、
この旅は、ただ遊ぶのだけが目的ではないのかもしれんな」
何やら考え込みながらそう言葉を返す真狐だが、
少年の方は海で遊べることが楽しみらしく、
二人が何を考えているかなど大して気にしていない
その様子を見ていた真狐は、やがて思考を止めて
史陽とともに部屋へ歩き出した
「ま、これ以上分からぬことを考えても仕方あるまいか、
それより、ご両親への説明やお主の準備を
済ませなければいけんな♪」
その言葉に頷くと、部屋へ戻った少年はすぐさま鞄の中をあさり、
使うものがきちんと入っているかどうか確認する
そして、電話で友人に口裏合わせを頼むと、
帰宅した両親へ友人の家へ泊まると言い、
明日に備えて早めに就寝した・・・




