第八話 看病 その6
一方の二人は、部屋を出た玲香が扉を閉めたところで
海狸がどこからともなく取り出した葉っぱを
入口に張り付けていた
「これで良し、と♪」
「海狸様、そちらは・・・?」
「これ? ボクの術でね、張り付けておくと
この部屋に音が入らなくなるの♪
だから、そう声落とさなくても二人には聞こえないよ?」
「まあ、海狸様はそのようなことが出来るのですか・・・」
「結構便利な術なんだよね~♪」
怪しげな術で音が聞こえなくなると説明しつつ、
階段を降りていく海狸
玲香は半信半疑ではったものの、
葉っぱの張り付いた扉を見てなんとなく信じる気になったのか
同じように普通の声で会話することにした
「そうそう、今日はありがとうね~、
ほんと助かったよ~♪」
階下へ降りた海狸は、ふと思い出したかのように・・・、
恐らくは言う機会を狙っていたお礼の言葉を口にする
「いえ・・・、先日のお詫びができたましたので、
私としても良かったです♪」
「ふふ、それでもお礼は言っとかないとね~♪
真狐ちゃんと史くんの分も私から言わせてもらうよ、
ありがとう♪」
「そうですか?♪ なら素直に受け取っておきましょう♪」
二人とも、先日出会ったばかりながら
すっかり打ち解けているようだ
そうこうしている内に台所へ到着した二人は
料理に使った器具へ目を落とす
「では、水に浸けておいた洗い物を
片付けておきましょう」
「はいよ~♪ と言ってもあんまり広くないから
並んで立てないね~」
「そのようですね、なら私が洗い、
海狸様に水気を取っていただきましょう」
「おっけ~、じゃあお願いね~」
「はい♪」
小さな部屋の中は、水音と食器の触れ合う音、
そして楽しそうな笑い声で満たされていた
「これで最後だね、お疲れ様♪」
「はい、お疲れ様でした♪」
最後の食器を拭き終わった海狸と、
洗い物を終えて手拭く玲香がそれぞれを労う
元通り綺麗になった食器類を元の場所へ戻し、
海狸が誇らしげな笑みを浮かべた
「よし、これで全部元に戻せたよ♪
さて、それじゃあ・・・」
「お部屋に戻りますか?」
「あ~・・・、ううん、
もう少し二人っきりにさせとこう」
「そうですね・・・♪ では少し休みましょうか」
少年と真狐を二人にしておくと決めた二人は、
手近なところにあった椅子へ座ると
思い思いに手や足を伸ばす
そうやってくつろいでいる中、
海狸が今度は本当に思いついたのか、
ふと玲香に質問をした
「ところでさ、玲香ちゃん、
あの二人、どう思う?」
「はい・・・、どう、とは・・・?」
「う~ん・・・、なんていうか、
この前出会った時に比べて
なんか距離感が変わったように思わない?」
「う~ん・・・、私、二人のやり取りを
そう身近に見ているわけではないので良く分かりませんが・・・、
そうですね、言われてみれば少し離れ気味に思えたかもしれません」
唐突な問いかけに戸惑いながらも、
玲香は自分なりの印象を素直に言う
「うん・・・、その見立てで大体合ってるかな・・・、
玲香ちゃん、やっぱりそういう感覚は
結構鋭いんだろうね」
「それで・・・、お二方の間に
何かあったのでしょうか・・・」
「ううん・・・、そうじゃないんだよね、
ただ、真狐ちゃんがさ・・・」
心配そうな表情で二人の仲を尋ねる玲香に、
海狸はその不安を否定しながら話を続けた
「真狐ちゃんの呪い、覚えてるよね?」
「はい・・・、真狐様が「真実の愛」を見つけた時、
力を封じている呪いが解けると・・・」
「そう・・・、まあ真狐ちゃんは妖力なんて
今やどうでもいいみたいだけど・・・、
問題は「真実の愛」の方」
「そこに、一体どんな問題が・・・?」
「真狐ちゃん、呪いが完全に解けていないのは
自分が史くんのこと、心から愛せていないんだって
思っちゃってるんだよね」
「そんな・・・、出会って間もない私ですが、
真狐様ほど史陽様のことを愛していらっしゃるお方はいないと
はっきり言えますわ」
「うん、そこはボクもそう思う、
でも、真狐ちゃん自身はそう思ってないんだよね~、
何せ、呪いが解けていないっていう確かな指標があるものだから・・・」
「そうですか・・・、厄介なものですね・・・、
なんとかして解くことが出来れば・・・、
いえ、別の方法を取ったとしても同じことですか・・・」
「そういうこと、なんだけど・・・、
ボクの見立てでは、多分きっかけさえあれば
呪いは解けてくれると思うんだ」
「そう思うに至った理由はなんでしょうか?」
「だって・・・、二人ともすっごいラブラブじゃない♪
ボクもちょくちょくちょっかい出してるけど、
割って入れない縁を二人の間に感じるんだよね~♪」
「それは・・・、理由としては素晴らしいものですが、
呪いのこととはまた別なような・・・、
それと、あまりお二方の仲に亀裂が入るようなことは・・・」
「あはは♪ これはまだ控えめな玲ちゃんには
良く分からないかな?♪」
他人の恋人に手出しなどするべきではないと考える玲香は
海狸の行動にあまり賛同できず、もっともなことを言う
だが、海狸はまったく気にする様子もなく
あっけらかんとした様子で会話を再開した
「ボクさ~、真狐ちゃんには早いところ「真実の愛」を
見つけて欲しいんだよね~、そうじゃないと・・・」
「そうじゃないと・・・?」
「史くんに、今よりも過激なちょっかいを
かけてあげられないからさ~♪」
「え、ええ・・・っ!?」
思いもよらぬ言葉に、玲香は思わず驚きの声を出す
そんな玲香の反応を楽しむかのように
海狸はすらすらと言葉を続けた
「言ったよね~?♪ ボク、史くんのこと好きだって♪」
「でも真狐ちゃんのことも好きだから、
二人の仲を裂くような真似はしたくないの♪
ま、今の時点でもボクにそれが出来るとは思ってないけどね♪」
「でも、二人の縁が、今よりもずっとずっと固くなったらさ、
そんなこと気にすることなくアタック出来るじゃん♪」
「は・・・、はぁ・・・」
人と妖怪で根本的に倫理観が異なるのか、
海狸の発言についていけない玲香は
どう返事をすれば良いのかまるで分からない
だが、海狸は悪戯っぽく微笑むと
わざとらしく顔を近づけて内緒話を始めた
「玲ちゃんだってさ・・・、史くんと
二人っきりになって、いちゃいちゃしてみたいって思わない・・・?」
「えっ・・・? そ、それは・・・」
「絶対聞こえないから思い切って言っちゃいなよ~♪
真狐ちゃんだって、好きになるくらいなら構わないとかなんとか
言ってたじゃん♪」
「いえ、それは建前と受け取るべきでは・・・?」
「そうでもないって、ボクたち人間じゃないんだから、
そういう感覚はちょっと違うんだよ~♪」
「し、しかし・・・、今悩んでいる真狐様のことを思えば
尚更そのようなことを口にするわけには・・・」
「もう半分認めてるようなものじゃん♪
それに・・・、真狐ちゃんが「真実の愛」を見つけるには
ボクたちがお膳立てしてあげる必要があると思うんだ」
「お膳立て、ですか・・・?」
「そう♪ 当事者だけでどうにもならないなら、
周りの出番だよ♪ 特に真狐ちゃん、
そういう相談あんまりしたがらないから
こっちから動いてあげないと♪」
「何やらうまくはぐらかされてる気もしますが・・・、
そうですね、そういうことならご協力させていただきます」
「そうこなくっちゃ♪
ついでにその過程で史くんと二人きりになって
思う存分いちゃついちゃえ♪」
「そ・・・、それは・・・、
遠慮・・・、して・・・、おき、ます・・・?」
誰に対しても大胆に距離を詰める海狸と
戸惑いながらも流されそうになっていく玲香
二人の「悪だくみ」は着実に
進んでしまったようだ




