表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖縁奇縁  作者: T&E
58/76

第八話 看病 その4

ベッドの中で天井をぼんやり眺める少年は、

気怠い感覚にため息を吐きながら

自分の置かれた状況を振り返っている


いつになく静かな部屋の中を時折眺めてみては、

真狐も海狸もいない空間を妙に広く感じてしまう


二人の騒がしさに包まれることが

すっかり日常になっているのだと

些細なことから実感していた


同時に一抹の寂しさを覚えたところで、

片時も家族と離れられないような歳ではないと

必死で自分に言い聞かせる


そこへ、階段を上がる複数の足音が聞こえ、

少年の顔に思わず笑顔が浮かび上がった



「史くん、入るよ~」


「史陽よ、待たせたのう」



声をかけながら部屋へ入ってきた二人の顔を見た瞬間、

暖かいものが胸の内へ広がっていくのを感じる少年


だが、返事をしようと口を開いたところで、

後に続く三人目の姿を見て驚いた



「お久しぶり、というほどでもございませんが

こんにちは、史陽様」



二人の後に続いたのは、

エプロンを付け、土鍋を持った玲香である


その姿と持ち物からいろいろと察した少年は、

挨拶をしながらお礼を言った



「玲香ちゃんがたまたま来てくれたさ、

いいもの作ってくれたんだよ~♪」


「それと、栄養どりんく、とやらも持ってきたからの」



二人の気遣いにもお礼をいいつつ、

少年はベッドから体を起こす


その姿を見た玲香は、柔らかい微笑みを見せた



「思ったよりは元気そうで安心しましたわ♪

顔色もそう悪くないみたいですね」


「そうそう、だから大丈夫だって言ってるのに、

真狐ちゃんは大げさに騒いじゃってさ~♪」


「ふん、当然じゃろう、病に臥せったとなれば

否でも心配になるわい」



事態を重く見ていた真狐をからかう海狸だが、

先ほどと比べ、明らかにいつもの調子を取り戻している


あれこれ言いながらも、それなりに心配してくれていたのだと感じ、

少年は思わず微笑んでしまう



「食欲はおありですか?

少しでも食べられれば力が付くのですが」



少年は玲香の問いにしっかり頷いて見せると、

鍋の中身は何か尋ねる



「はい、こちら先ほど作ったばかりのお粥です」



そう言いながら、手袋をはめた手で

土鍋の蓋を開けて見せる玲香


すると、中から真っ白な湯気が立ち込め、

仄かな香りが少年の鼻孔をくすぐる


そして、次いで現れた中身を見た瞬間

嬉しそうな声が出ていた


玲香の作ったお粥は艶々とした米の上に

梅干しの果肉が乗せられた、

ごく普通の、一般的と言えるものである


だが、見た目は綺麗に整っており、

白々とした湯気と共に食欲をそそる香りが昇り続けていた



「どうでしょう? 食べられそうですか?」



玲香の問いかけに、少年は元気よく、

先ほどよりも力強く頷いて見せる



「良かった・・・♪ 気に入ってもらえて

安心しましたわ・・・♪」


「気に入らんはずがなかろう、

こんなに美味そうな粥」


「そうそう、私たちも味を見せてもらったけど、

とっても美味しかったよ♪」



二人のお墨付きであると分かり、

ますます期待の膨らむ少年は、

土鍋の乗ったお盆を受け取ろうと手を伸ばす



「どうぞ・・・、あ、少々お待ちください、

まだ熱いから気を付けないと・・・、

そうだ、こうしましょう♪」



そのまま手渡そうとした玲香だが、

何かを思いついたらしく、

一旦机の上にお盆を置く


そして少年の机にある椅子を移動させ、

ベッドの側で座る


そのままお盆を膝に乗せ、

レンゲでお粥を一掬いすると、

自身の口元へ持って行った


他の三人が何をするつもりか眺めていると、

玲香は唇をすぼめて息を吹きかける



「よく冷ましてから食べないと

火傷してしまいますわ・・・♪

ふ~・・・、ふ~・・・♪」



どうやら、わざわざお粥を冷ましてくれているようだ


そのくらいは充分に出来る少年だったが、

余計な口を挟むことはなく

レンゲが渡される瞬間をじっと待つ



「このくらいで充分でしょうか・・・、

良いみたいですね、では♪」



そして、玲香の言葉で準備が整ったと判断し、

何気なく手を差し出す


そんな少年へ、玲香はこう言いながら

レンゲを差し出した



(ピクチャ表示)



「はい、あ~ん・・・♪」



満面の笑みを浮かべながらお粥が差し出される様子に、

少年だけでなく、真狐も海狸も虚を突かれる



「玲香・・・?」


「玲ちゃん・・・?」


「はい・・・? ・・・あっ」



玲香としては自然にそうしていたらしく、

二人の呼びかけで自分が何をしているのか気付き、

思わず頬を染めてしまった



「す、すみません・・・、看病するときは

大体こうしていたものでつい・・・」


「あ、いや、そこまでかしこまることではないが・・・」


「史くん、そういう子供扱い地味に嫌がるんだよね~♪」



お粥を持ったまま頭を下げる玲香に対し、

いくらか面食らう真狐と

悪戯っぽく笑い、少年の方を見ながら告げる海狸


海狸の目に、そういう部分に子供っぽさを感じると

と言われているような気がして

少年はゆっくりと視線をそらした



「まあ、そうでしたか・・・?

私はてっきり恋人である真狐様の前で

このような振舞いをしたのがまずかったかと・・・」


「いや、看病でそんな目くじらはたてんよ・・・、

おまけにそれを言えば海狸の方がとんでもないことばかり

しておるからな」


「あう、いきなり私に矛先が来ちゃった・・・」



今度は海狸が、真狐に窘めるような視線を送られ

身体を縮こまらせる


自分から矛先が逸れたと感じた少年は、

ひとまず食事に戻ろうと手を差し出した



「あ、そうでしたね、お粥、きちんと冷めていますから・・・」



そう言いつつ、レンゲを手渡そうとした玲香だが、

不意にその手を止めてしまう


そして、少し考える素振りを見せた後、

訝しむ少年にこう尋ねた



「あ、あの・・・、ご迷惑でなければ、

食べさせてあげたいのですが・・・」



その申し出に、再び三人とも面食らってしまう


言われた当事者である少年が理由を尋ねると、

玲香は言い淀みながらも胸の内を告げた



「えっと・・・、その・・・、率直に言えば、

つい先日かけたご迷惑のお詫びと言いますか、

お世話してあげたいと思いまして・・・」



玲香の言葉に、以前のやり取りを思い出し、

少年は思わず頬を染めてしまう


そもそも、騒動は真狐と海狸の悪戯にも原因があったため、

玲香だけが悪いとは到底言えない


詫びの必要はないと

慌てて伝えようとしたものの・・・


どこか不安そうな玲香の表情に

少年はその言葉を飲み込んだ


そして、恥ずかしそうに顔を俯かせつつ

玲香の世話を受けると伝える



「まあ♪ 本当ですか・・・?♪

良かった・・・♪」



少年の言葉を受け、玲香の顔に

輝くような笑顔が戻った



「まあ、史陽ならそう言うじゃろうな」


「ふふっ♪ こういう時に人の好意を拒めないもんね~♪」


「お主が作った粥じゃ、せいぜい食べさせてやってくれ」


「お二方とも・・・、ありがとうございます♪

では失礼して・・・♪」



真狐たちにもお礼を言いつつ、

玲香はもう一度少年へ向き直ると、

改めてお粥を口元へ差し出す



挿絵(By みてみん)


「はい、あ~ん♪」



少年は、体の具合とは異なる理由で頬を染めながら、

目の前にあるお粥を口に含んだ


すると、暖かさの残る柔らかなご飯の感触が舌へ触れ、

次いで塩気と酸味が口の中へ広がっていく


普段通りとはいかない味覚や食欲でも、

これなら充分に味わい、食べられると確信できるものだった


食べる前の感想が間違っていなかったと実感しつつ、

少年はとても美味しいことを玲香に伝える


すると、玲香の顔に満面の笑みが浮かび上がった



「ふふ・・・♪ ありがとうございます♪

では、すぐに次を・・・♪ ふ~っ♪ ふ~っ♪」



少年の言葉に機嫌を良くした玲香は、

返答した直後に次のお粥を掬い取る


食べさせられるのは最初の一度だけかもしれないという

淡い希望があっさり泡となり、

少年はまた頬を紅潮させてしまった



「くすっ♪ 史くん、そんな状態で

ちゃんと味が分かってるのかな~?♪」


「これ、茶化すでない、史陽は今病人なのじゃ、

誰かに食べさせてもらって悪いはずがなかろう」


「でも真狐ちゃんそんなこと言いながら

玲ちゃんのことちょっとうらやましいって思ってるでしょ?♪」


「なっ!?」


「えっ・・・? そうなのですか、真狐様?」



三口目を食べさせた辺りで

自身をうらやんでいるという言葉が聞こえた玲香は

思わず振り向いて真狐に尋ねる



「いや、なに・・・、そのようなことは・・・」


「あれっ? 真狐ちゃん別にうらやましくないの?

ボクは史くんに「あ~ん♥」させてあげたいと思うけどな~?♪

そうだっ、ねえ玲ちゃん、今度はボクにやらせてよ♪」


「こ、これ、海狸・・・」


「え、えっと・・・、史陽様、どうでしょうか?

私は構わない、と言うよりもせっかくですのでお二方にも

していただきたいと思っているのですが・・・」



海狸の唐突な申し出をたしなめようとする真狐と、

少年にそれを受けるかどうか尋ねる玲香


全てをゆだねられた少年は、

それを拒めるはずもなく、ゆっくりと頷く動作を見せた



「やった~♪ じゃあ玲ちゃん、レンゲちょーだい♪」


「はい、どうぞ」


「じゃあ、まずお粥を掬い取って~・・・、

あれ、ちょっといっぱい取れちゃったかな?

まあいっか、次は~・・・、ふ~っ♪ ふ~っ♪」



食べやすい量を掬っていた玲香とは違い、

レンゲを深くまで突っ込んだ海狸は

かなり多くのお粥を取ってしまう


それでも、やや時間をかけて息を吹きかけ、

嬉しそうにレンゲを差し出した



「はい、史くん、あ~ん♥」



複数の女性から食事を食べさせられるという状況に

なんとも言えない恥ずかしさを感じつつ、

少年は大きく開けた口にお粥を含む


中心の部分が冷めきっていないのか、

中の方に少し熱さを感じるものの、

それを顔には出さずやや勢いよく噛み砕いていく



「どう史くん?♪ おいしい?♪」



返事が待ち遠しいのか、呑み込む前から

尋ねてくる海狸


少年は、何度も頷きながら口の中のお粥を飲み込み、

美味しかったことを海狸に告げた



「あはっ♪ 聞いた真狐ちゃん?

史くんおいしいって言ってくれたよ~?♪」


「それはそうじゃろうて・・・、粥そのものが

変わったわけではないのじゃから・・・」


「ふっふ~ん♪ でも食べさせてもらう人が変われば

味も変わるものでしょ~♪」


「それは・・・、まあ間違っておらぬかもしれんが・・・」


「では、今度は真狐様も

史陽様に食べさせてあげてはいかがでしょうか?♪」



思いもよらぬところから放たれた言葉に、

その場にいた全員が揃って虚を突かれる


だが、いち早く正気に戻った海狸が

悪戯っぽく微笑みながら口を開いた



「おお、玲香ちゃんから提案してくれるとは意外だね~♪

真狐ちゃんもやってみなよ~♪」


「いや、そんな・・・、それでは病人の史陽を

玩具のように扱っておるのではないか・・・?」


「そんなことはありませんよ♪

史陽様も、真狐様に食べさせてもらいたいと

思っているはずですもの♪」


「ね~、史くん?♪」



自分へ話が振られると半ば予想の付いていた少年は、

何気なく真狐に視線を向けてみる


すると、一瞬驚いたような表情を浮かべたかと思うと

すぐさま目をそらしてしまった


しかし、恥ずかしそうに頬を染めながら

横目で何度も見つめてくる


少年は、意を決して真狐にも食べさせてもらいたいと

はっきり口にした



「あら、やはりそうなのですね♪」


「ほら~♪ だから言ったじゃん♪」


「う・・・、そうか・・・、そこまで言ってくれるのなら・・・♪

まあ・・・♪ わしも匙を貸してもらおうか・・・♪」



少年の言葉を受け、真狐は口元を緩ませ、

激しく尾を振りながら近づいていく


平静を装っているつもりらしいが、

その喜びようは誰の目にも明らかであった



「では失礼して・・・、ふ~っ♪ ふ~っ♪

ほれ、あ~ん♪ じゃ♪」



他の二人と同じようにお粥を掬い取ると、

丁寧に熱を冷ましてから少年へ差し出す真狐


代わる代わるに様々な女性からお粥を食べさせられるという

初めての経験にとんでもない恥ずかしさを感じながら、

少年はお粥を口にした



「どうじゃ?♪ 美味いか?♪」


「真狐ちゃん、まだ史くん口に入れたばっかりだよ?」



海狸よりも更に早く感想を尋ねてきた真狐だが、

少年は咀嚼しつつすぐに頷いてみせる



「おお・・・♪ そうか♪ 美味いか♪」


「なんだかんだ言って、真狐ちゃんが一番はしゃいでるね~」


「ふふ・・・♪ そのようですね・・・♪

どうぞ真狐様、残りは全て食べさせてあげてくださいな♪」


「良いのか・・・? ではありがたくそうさせてもらおうか♪」



より一層機嫌の良くなった真狐は、

少年が口に含んだものを飲み込むと、

また嬉しそうにお粥を掬い取って熱を冷ます


そして、段々と冷めてきたお粥にも

最後まで息を吹きかけながら、

少年へ食べさせ続けていた

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ