第八話 看病 その3
「こんにちは、史・・・、ではなく、
えっと、海狸様、ですか?」
扉を開ける少年の姿を見て
その名前を呼ぼうとする玲香だが、
勘が働いたのか、海狸の変化だと気付いたらしい
「そうそう、良く分かったね、
とりあえず中入って」
「あ、はい、お邪魔します」
誰が訪ねてきたのか分かると、
海狸はすぐに相手を招き入れる
玲香は軽く頭を下げつつ中へ入っていった
「それで、早速遊びに来てくれたの?」
「はい♪ せっかく皆様方と友好的な関係を
築くことが出来たわけですし、もしご両親がいれば
ご挨拶も兼ねてと思いまして♪」
姿を元に戻しながら尋ねる海狸と、
手にある紙袋を軽く持ち上げながら返答する玲香
包装紙の匂いを嗅ぎ取った海狸は、
菓子折りでも持ってきたのだと判断した
「そっか♪ ああ、でも史くんのお父さんもお母さんも
出かけちゃってるんだよね」
「そうでしたか・・・、ではご挨拶はまたの機会ということで、
皆様との交友を深めさせていただきます♪」
「そうしよう♪ ・・・と言いたいところなんだけど」
「何か不都合がおありで・・・?
やはり約束もせずに訪問するのは少々不躾でしたか・・・」
「ううん、玲ちゃんのせいとかじゃなくて・・・」
「その声は玲香か? よう来たのう」
「あ、真狐様、お邪魔しております」
台所へ歩きがてら二人が会話していると、
声に気付いた真狐が顔をのぞかせる
玲香は丁寧にお辞儀をすると、
そのまま歩み寄って行った
「炊事場で、何か料理をなさっていたのですか?」
「あ~、それがのう・・・、色々あって
お粥を作ろうと思ったのじゃが
こんろとやらの火が点かなくてな」
「お粥・・・? それはまた・・・、
もしかして、史陽様がここにいないことと
何か関係が・・・?」
「察しがいいね、史くん、
ちょっと夏バテ気味みたいでさあ、
それで栄養のあるものを、と思って」
「まあ、それは大変ではありませんか、
では私もお手伝いさせていただきますわ、
それで、材料は?」
「ああ、それがのう・・・」
事情を聞いた玲香は口元に手を当てて驚くと、
すぐやる気に満ちた表情を見せる
だが、真狐や海狸は何とも言えない顔で
料理ができないこを説明した
「というわけで、材料はあるんだけど
火が点かなくてさ」
「そうなのですか? どれどれ・・・、
ああ、なるほど」
「何か分かったのか?」
静かに話を聞いていた玲香は
コンロの様子を見てすぐに納得したような声を出す
そして、真狐の問いかけにこう答えた
「ガスの元栓が閉じているだけですわ、
ここをひねれば・・・、ほら」
「おおっ、火が点いた」
「もとせん・・・、あ~、
そういえばそんなものもあったね~・・・」
どうやら、史陽の両親は
出かける際にはガスの元栓を閉めるという
当たり前の行動を取っていたようだ
それぞれ現代の器具に、調理になじみのない二人は
そこまで頭が回らなかったらしい
「これで大丈夫です、では取り掛かりましょう」
「うん、ちょっと待って、今レシピを検索するから・・・」
「あら、お粥くらいなら何も見なくても作れますよ?」
「おお、本当か?」
自信満々にそう告げる玲香と、
思わず驚きの表情を浮かべる二人
料理とは無縁のお嬢様、という印象の強い玲香だったが、
真狐も海狸も次の言葉ですぐに納得が出来た
「ええ、これでも一人暮らしをしていたのですから♪
ある程度は料理くらいできますわ」
「そういえばそんなこと言ってたっけか、
玲香ちゃん、お嬢様の割に生活力あるね~」
「これは・・・、頼もしい助っ人が来てくれたようじゃな」
「では史陽様がお待ちかねでしょうから
すぐに取り掛かりましょう♪
とりあえず、いろいろお借りしますね」
手際よく器具を選びながら調理へ取り掛かる玲香の姿に、
焦りが募り始めていた二人は自然と胸を撫で下ろしていた




