第八話 看病 その1
季節は夏真っ盛り、舞台はある町に存在する
何の変哲もない民家
その小さな部屋の中で、一人の少年が床に臥せっていた
少し熱っぽいのか、顔は赤く、息も荒い
そんな少年の手を握り、精一杯の笑顔を浮かべながら
励ましの言葉を口にする一人の女性がいた
「案ずるでない史陽、今すぐ薬草を取ってきてやるからな・・・、
そのような病、それを煎じて飲めばたちどころに治ってしまうぞ」
力強い言葉とは裏腹に、その顔は不安の混じった笑みが浮かび、
手は震えを抑えるかのように強く握られている
しばらくの間、二人の手は、それを離せば
ぬくもりがなくなってしまうかもしれないと言わんばかりに
固く結ばれていたが・・・
やがて女性の方から名残惜しそうに手を離した
「では、もう行くぞ・・・、すぐに戻ってくるから
わしを信じて待ってておくれ・・・」
唇を固く結び、その顔を見られないよう振り返ることなく
別れを告げる女性
部屋の窓を開け放つと、
そこから飛び立つつもりらしく身を乗り出したが・・・
「いや、どこ行こうってのさ真狐ちゃん・・・」
その様子を傍から見ていた海狸が
苦笑しながら声をかけた
「病に効く薬草を取り摘んで来るのじゃ、
お主はその間、史陽の様子を見ておってくれ」
海狸の問いかけに、真剣な表情で受け答えをする真狐、
二人の温度差は、かなりかけ離れていた
「だからさ・・・、そんなもの生えてる場所なんて
ここら辺にないし・・・、そもそも史くん、
ただの夏バテか何かでしょ・・・」
「何を言うか、夏バテだか何かは知らないが、
病が悪化すれば命に係わるぞ、
一刻も早く薬になるものを持ってこねば・・・」
何百年も前の感性で物事を判断する真狐と、
現代的な物事の考えをする海狸
二人の違いはここから生まれていたようだ
「薬くらい、近頃はどこの家にも置いてあるんだよ?
だからわざわざ取りに行かなくても平気なんだって」
「なんと? 史陽、それは真か?」
海狸の言葉に驚きを見せた真狐は、
思わず少年にも確認する
少年は、頬を掻きつつ静かに頷いた
事実、少年の状態は病気と呼ぶのも憚られるようなものであり、
今朝がた大したことはないから気にしないよう、
両親を見送ったくらいである
真剣そのものだった真狐に、
重苦しい病状ではないとなかなか言い出せなかったらしい
「そうか・・・、世の中は色々発達したと思うておったが
そのような時代になっていたのじゃな・・・、
では早よう薬を飲ませてやらねば」
真狐は、二人の言葉に少しだけ表情を和らげつつ、
足をかけていた窓から降りた
「じゃあ史くん、薬があるとこ大雑把でいいから教えてくれる?
やっぱり台所の戸棚辺り?」
海狸の質問に頷き、大雑把な場所を伝える史陽
「分かった、すぐに取ってきてやるから
待っていておくれ・・・!」
真狐は、史陽を最後まで力強く励ましながら
海狸と共に部屋を出ていった




