第七話 勝負 後編 その2
「うう・・・、ん・・・、あ・・・、ここは・・・」
二人を運び、畳の上で寝かしつけてしばらくたった後、
玲香が先に目を覚ました
「おお、気が付いたか、海狸よ、一人目が覚めたぞ」
「あ、あの娘気が付いたの? りょうか~い♪」
側で佇んでた真狐が声を掛け、炊事場にいる海狸へ呼びかける
「あ、あれ・・・、私・・・、そうだ・・・、史陽様は・・・!?」
意識がはっきりしてくると同時に、玲香はすぐ少年のことを気にし始めるが、
そこへ落ち着いた声で真狐が声を掛けた
「そこで休ませておるよ、お主もそのまま休んでおれ、
今海狸が冷たい物を持ってくる」
「えっ・・・? あ、あの・・・?」
「はい、お待たせ~♪ 普通の麦茶だけど、どうぞ♪」
先ほどまで勝負していた相手から優しく接され、
困惑しながらも、玲香はお礼を言って差し出された麦茶を飲む
「あ、ありがとうございます・・・、・・・こくっ・・・、
はぁ・・・、冷たくて気持ちが良いです・・・」
玲香が冷たい麦茶を口にする度に、コップが動くことで
中に入った氷も動き、涼し気な音が小さく鳴る
冷たい飲み物と心地よい音色で少しずつ気分が落ち着いてきたのか、
しばらく黙っていた玲香が唐突に口を開いた
「あの・・・、あなた方が私を介抱して下さったのですか・・・?」
「うん、そうなるね♪」
「それはどうも・・・、ご迷惑をおかけしました」
「ま、大体はわしらのせいじゃ、お主が気に病むことはない」
頭を下げて礼を言う玲香に、真狐が返事をする
玲香はもう一度麦茶を口にすると、再び質問を始めた
「あなた方は・・・、悪い妖怪、ではないのですか・・・?」
冷静になったことや、自分が助けられたことで考える余地が生まれて来たのか、
恐る恐るそう尋ねる
「うむ、まあ、最初に言った通り、少なくとも今は悪い妖怪ではない」
「あ、それと、この少年、史くんが恋人だっていうのも事実だよ?♪」
「お主は違うじゃろうが」
「え~っ、いいじゃな~い」
玲香の問いかけにきっぱりと答えつつじゃれ合う二人
そのやり取りを眺める傍ら、鼻に栓を詰めた状態で
丁重に寝かされている少年の姿も確認すると、
玲香は一気に麦茶を飲み干してから言葉を続けた
「恐らく・・・、あなた方の言うことは正しいのでしょう・・・、
こうして改めて見ると、お二方からは邪気を感じません・・・」
「ほお、お主なかなか鋭い勘を持っておるようじゃな?
では最初に出会ったときは何故・・・」
「あの時は・・・、暑さで冷静さを欠いていたうえ、
初めて妖怪という存在をみたことで動揺していたのでしょう・・・」
「ありゃ、妖怪を見たのはボクたちが初めてか~、
まあみんな普段から姿を隠してるもんね~、
特にキミからは何か神聖な力を感じるし、あまり近づいてこないのかも」
自分たちの言うことをようやく信じてもらえたからか、
真狐と海狸も、どことなく柔和な雰囲気で玲香と話す
すると突然、玲香は真剣な表情になり、
そのまま額が畳に擦れるほど頭を下げた
「この度は、私の勘違いから皆様方に多大なご迷惑を・・・」
謝罪の言葉を口にする玲香だが、全て言い終わる前に、
真狐たちが声を掛ける
「頭なんぞ下げんでも良い、わしらの方にこそ充分な非がある」
「そうそう、ごめんね~、さすがに悪乗りがしすぎちゃった~」
「ですが・・・」
謝罪の必要はないと言われても、
わずかに顔を上げて食い下がろうとする玲香だが、
真狐と海狸の行動を見て口をつぐんでしまった
「わしらこそ、この通りじゃ」
「ほんと、ごめんなさい」
自分がしたように、深く頭を下げる二人の姿が目に入り、
玲香も次第に冷静さを取り戻す
「良く分かりましたわ、お二方とも顔を上げて下さい」
「それは・・・、双方とも此度のことは不問にするということだと
受け取ってよいのじゃな・・・?」
「もちろんです」
「では・・・、お言葉に甘えて顔を上げるとしよう」
「そっか、許しもらえて良かったよ♪」
顔を上げた二人に温和な表情が見て取れたことで、
玲香の顔にも自然と笑みが浮かんでくる
「あなた方が良いお方で本当に良かった・・・」
「まあ、完全に善良な妖怪と言うわけではないのじゃが、な」
「そうそう、さっきの勝負もさ、なんだかんだ言って
ボクたち楽しんでたし♪」
「ふふ、先の勝負はお主もなかなか大胆じゃったのう♪」
「あ・・・、あの時のことは忘れて頂けると助かります・・・」
先ほどの醜態を思い出し、頬を紅く染めながら
視線を落とす玲香
頭を下げ合ったことで打ち解け出したのか、
次第にたわいのない会話も弾んで来た
「そうだ、勝負と言えばさ・・・、さっきの勝負は、
一応キミの勝ちってことになるんじゃない?」
「えっ・・・? それはどうして・・・」
「お主の胸に抱きしめられたことで、
史陽の顔が鼻血で真っ赤に染まっておったからな、
最初に言った条件に従えば、確かにお主の勝ちということになる」
「そ、そうなのですか? ですが・・・」
「まあ、史くんは別に魅了されているわけじゃないから、
ボクたちが手を引くっていうのは、なしでいいよね?」
「も、もちろんです・・・!」
「ならそうじゃのう・・・、代わりに、
何かわしらにして欲しいことはあるか?」
「し、して欲しいことですか・・・、えぇと・・・」
何気ない会話の中で、不意に要望を求められ、
玲香はしばし考える
そして、一度だけ力を込めるように頷くと、
真剣な表情で顔を上げた
「で、では・・・、一つだけお願いがあるのですが、
よろしいでしょうか・・・?」
「うん、言ってごらんよ♪」
「み、皆様方と・・・、友好関係になりたいのです・・・!」
「む? それはつまり、友達になりたいということか?」
「は、はい・・・」
「友達か~・・・」
「だ、駄目でしょうか・・・?」
思いがけない要望に驚いた様子を見せる二人に対し、
心配そうな表情で二人の返答を待つ玲香
二人は少しだけ考える素振りを見せたが、
すぐに答えが決まったのか、二人そろって優しい表情を浮かべた
「もちろん良いぞ、これからよろしく頼む」
「ボクも、キミ友達になれるなら喜んで受け入れるよ♪」
「お二方とも・・・、ありがとうございます・・・!」
真狐と海狸の返答を聞いた瞬間、
玲香の表情が一気に明るくなる
「私、恥ずかしながら友人と呼べる間柄の人はとても少なくて・・・、
あ、出来れば史陽様とも友好的な関係になりたいのですが・・・」
「それなら問題なかろう、史陽なら恐らく、
お主のことはもう友人として接しておるよ」
「そうそう、史くんそういうとこ懐が深いからね~、
何せボクたち妖怪でも簡単に受け入れるくらいだもん♪」
「まあ・・・、そうなのですか・・・♪」
この数時間の間で、多くの友人が出来たことに目を輝かせる玲香だが、
突然、何かを思い出したように手を叩いた
「ああっ、私としたことが、
友人の皆様方にきちんと名乗ってもいませんでした!」
軽く身嗜みを整えると、玲香は真狐と海狸に真っすぐ向き直る
「私の名は神楽玲香、これからもよろしくお願いします」
名乗りながら、玲香は深々と頭を下げた
「神楽玲香か、うむ、その名前、しかと覚えたぞ、
わしの名前は妲山真狐、こちらこそよろしくな」
「ボクは京風海狸、よろしくね♪」
「妲山様と京風様ですね、分かりました♪」
二人の顔を見ながら噛みしめるように名前を呼ぶ玲香だが、
真狐と海狸は微笑みながら声を掛けた
「そうかしこまることはない、
わしらは友人なのだから、わしらのことは名前で呼ぶがよい、
わしもお主のことを玲香と呼ばせてもらいたいからな」
「そうそう、ボクもキミのこと玲ちゃんって呼ぶから、
好きに呼んでいいんだよ?♪」
「まあ、ありがとうございます♪ では、真狐様と海狸様、ですね♪」
「「様」はつけなくても良いのじゃがのう・・・」
玲香は嬉しそうに名前を呼んでいるが、
どうにも仰々しいためか、真狐と玲香は苦笑している
「玲ちゃん、なんだかお嬢様っぽいね~・・・、
あ、神楽って、ひょっとして、町の外れにあるおっきな屋敷の・・・?」
「ええ、そうですが・・・」
「なるほどのう、その言葉遣いは生来のものか、
しかし、この町にそんな大きな屋敷があったとは」
「真狐ちゃん、史くんとしか外に出ないから
そういうこと全然知らないよね~♪」
「当然じゃ、新しいことを楽しむときは、
かならず史陽と一緒に、と決めておるのじゃからな」
「なんて言ってるけど案外・・・」
「ほう、何か文句でもあるのかや?」
「べっつに~?♪」
「あ、あの・・・、お二方とも、喧嘩は良くありませんよ・・・」
真狐と海狸の論争が激しくなってきたからか、
不安そうな玲香が言い争いを止めに入った
しかし、真狐と海狸にとってはいつものことだったため、
きょとんとした様子で玲香に言葉を返す
「いや・・・、別に喧嘩をしとるわけではないのじゃが・・・」
「そうそう、まあ、強いて言うならスキンシップかなぁ、
ともかく、喧嘩してるわけじゃないからそう気にしないで?」
「そ、そうなのですか・・・? 申し訳ありません、
私、あまり友人の方とお話をしたこともなくて・・・」
「謝ることではなかろうよ、お主は別に悪くないのじゃから」
友人となったにも関わらず、すぐには慣れないのか、
どことなくぎこちなさの残る玲香
そんな玲香と友好を深めるために、海狸がある提案をした
「あはは、まだまだ不慣れだね~、
そうだ、じゃあ今からみんなでおしゃべりしようよ♪」
「ほう、お主にしてはいい考えじゃな、史陽が目覚めるまで、
色々と話そうではないか」
「おしゃべり、ですか・・・、友人と語らえるなんて、
私、とても嬉しいです♪」
「大げさだなぁ、これから何度でもそういう機会はあるんだよ?♪」
「そ、そうでした、つい・・・」
「ふふ、逃げたりせんから安心せい♪
わしらのこと、色々と知ってもらいたいからな」
「だから、玲ちゃんのことも色々教えてね?♪」
「も、もちろんです♪ いっぱいお話させて頂きます♪」
こうして、少年を除いた三人の、
楽しそうな会話が始まった




