第七話 勝負 前編 その3
「半分遊びとはいえ、お主を誘惑するのは久しぶりじゃのう・・・♪
あの時・・・、始めて出会ったとき以来か・・・、
まあ、スキンシップやちょっとした悪戯という形で
何度も近いことをしてはおったがな♪」
笑顔の真狐とは対照的に、あまり良い思い出ではなかったからか、
少年は苦笑いをしつつ返事をする
「おや、嫌なことを思い出させてしもうたか・・・?
まあ、だらしなく口を開き、息を荒げて鼻血を垂らしながら
わしの乳を見つめる様は恰好が良いとは言えんかったからのう」
忘れかけていた醜態を思い出され、少年の顔が少し暗くなってしまう
しかし、真狐はにこやかに微笑みながら、
そんな少年の頬に手を添えた
「そう気を落とさんでおくれ・・・、悪かったのは、
愚かなことをしてしもうたわしの方なのじゃからな・・・」
その言葉に一瞬虚を突かれた少年だが、
発言を否定しようと口を開きかけたところで
真狐が離れてしまう
そして廊下の壁を背にする形で少年へ向き直ると、
そのまましゃがみ込んでしまった
「お主もしゃがんでおくれ、恐らく立ってはいられまいから・・・」
これから何をされてしまうのか、少年は湧き上がる期待や恐怖を抑えつつ、
言われた通りしゃがみ込む
「さて、最初に言っておくが・・・、この勝負において、
わしは決して乳や尻を見せたり、ましてや触らせることは絶対にない」
少年だけでなく、側で見守る玲香にも伝わるよう、
大きめの声ではっきりと宣言する真狐
これから何をするのか分からない少年と玲香は思わず驚きの声を上げていたが、
海狸だけは悪戯っぽい笑みを浮かべ続けている
「それと・・・、史陽よ、決して、決して触るではないぞ・・・?」
僅かに不敵な笑みを浮かべながら小声で真狐にそう言われ、
少年はどういう意味か尋ねようとしたが、
それよりも早く海狸の声が聞こえて来た
「そろそろ始めよっか♪ 二人とも準備はい~い?♪」
海狸の問いかけに、少年と真狐が同時に返事をする
「それじゃ・・・、始め♪」
開始の宣言と共に、真狐の両腕がゆっくりと動き出したので、
少年の体がわずかに跳ねる
腕が自分の方へ伸びてくるかと少年は思わず身構えたが、
直前の宣言通り、真狐の腕は少年へ近づかず、
どういうわけか自分の体を軽く抱きしめた
何をしたいのかさっぱり分からず、
玲香の時と同じく肩透かしをくらったようになる少年だが、
真狐の顔を見た瞬間、一瞬で惹き込まれてしまう
「はぁ・・・ん・・・♥ これ・・・♥ どこを触っておるのじゃ・・・♥」
真狐は頬を上気させ、息を乱しながら、
目に見えない何かに抵抗していた
「ん・・・♥ やぁ・・・♥ ば、ばかもの・・・♥
そんなに激しく掴むでない・・・♥」
身をよじらせ、見えない手に抵抗する様子の真狐だが、
腕の力は弱弱しく、その顔はむしろ悦びに満ちている
「も、もっと優しくしておくれ・・・♥ はぁ・・・あ・・・♥
そんな・・・♥ そこは・・・♥ あっ・・・♥ んっ・・・♥」
腕の力が抜けかけた瞬間、真狐が小さく声を上げながら、
わずかに体を跳ねらせたかと思うと、口元を抑えて声を落とす
それまで真狐の様子に驚きながらも興奮していた少年は、
体が跳ねる直前、真狐が自分に恍惚の眼差しを向けたことで、
重要なことに気が付いた
真狐は今、少年に体を弄られているというつもりで
演技をしていることに
「はぁ・・・♥ まったく・・・♥ どこでこんなことを・・・♥
あっ・・・♥ くぅっ・・・♥ よ、よさぬか・・・♥」
胸元を抑え、着物の隙間から入り込む手を拒もうとしているようだが、
その手つきは妙に艶めかしく、むしろ積極的に体を押し付けようと
しているようにも見える
「そうか・・・♥ 我慢出来んかったのか・・・♥
無理もないことよのう・・・♥ ずっと・・・♥ あっ・・・♥
このような肢体と寝食を共にしとっては・・・♥」
仮に、本当に自分が触ったとしても、
目の前の女性は嫌がる素振りを見せながらも、
心の内では悦び、乱れてしまうのかと、
少年の頭の中に邪な考えが膨らみ出す
「わしのせいじゃと言うのであれば・・・♥ しようのないことじゃのう・・・♥
んぁっ・・・♥ これっ・・・♥ そうがっつくでない・・・♥」
「もっと優しく・・・♥ もっと丁寧に扱うのじゃ・・・♥
わしは逃げたりせん・・・♥ ましてやお主を拒むことがあろうものか・・・♥」
真狐の言葉がまるで自分に向けて言われているような感覚に陥り、
少年は判断力を失っていく
「何せわしの方こそ・・・♥ 我慢をしておったのじゃからな・・・♥」
身をよじらせ、太ももを擦り合わせながら、妖艶な視線を少年に向ける真狐
少年はもはや、自分がどうなっているのか、何を見ているのか、
何をしているのかも何一つ分からなくなっていた
「さあ・・・♥ おいで・・・♥ 蜜のように甘い・・・、
濃密なひと時を貪り合おうぞ・・・♥」
真狐の手が、真狐の体がゆっくりと少年に近づいてくる
真狐の全てに身を任せ、少年が目を閉じようとしたその時
「はいっ、終了!」
海狸の声が耳に入り、少年は大きく身体を跳ねらせながら我に返った
「史くん、大丈夫だからまずはゆっくり息を吸って、呼吸を整えてね」
そう言われた少年は、まるで呼吸するのを忘れていたかのように
集中し続けていたのか、ひどく息を荒げている
息を整えるため、ゆっくりと呼吸を整えていると、
次第に周りを見る余裕も出て来たのか、
少年は、目の前にいる真狐に視線を向けると同時に、あることに気が付いた
誘惑勝負が始まった時よりも、真狐の姿が明らかに近づいていることに
どうなったのか考え始める少年だが、
考えるまでもなく、その答えは目の前にあった
自分の手が片方だけ真狐の体に真っすぐ伸びており、
そしてもう片方の手がそれを止めるように掴んでいる
真狐が近づいたのではなく、真狐に触れたいがため、無意識のうちに
自分が近寄っていたのだと、少年は理解した
その答えに辿り着いた瞬間、少年は真狐の姿を確認したが、
真狐の着物は肩まで開け、裾は乱れ太ももまで露わになっており、
あげくに両腕は胸を押さえている
してはならないことをしてしまったかと思い、
少年が青ざめ、床に視線を落とすと同時に、
真狐の手が再び少年の手に触れる
「気を落とす必要はないぞ? お主は見事にわしの誘惑を耐えきり、
決して手を出さなかったのじゃからな」
優しい声をかけられ、少年は思わず顔を上げ、
その言葉が真実であるかどうか尋ねた
「本当じゃよ、服が乱れておるのは、わしが体を動かしたせいで
そうなってしもうただけじゃし、胸元を抑えておるのは
着物がずり落ちそうになっておるからそうしているだけじゃ」
「何より、お主の潔白はそこにおる二人もしかと見届けておるからな♪」
真狐の言葉に同調するように、側に寄って来た海狸も声を掛ける
「そうだよ~? ちゃんと見てたんだから~♪
史くん、頑張って我慢してたよ~?♪」
「だ、そうじゃ♪ これでもまだ自分が信用出来んかの?」
二人から笑顔でそう言われ、少年は安堵とともに目一杯息を吐きだす
「ふふ、ようよう安心できたようじゃな♪」
「ていうか史くん、ボクが最初に大丈夫だって言ったこと、
分かってなかったんだね・・・、あ、でもちょっと鼻血は出ちゃってるからさ、
とりあえずこのティッシュ詰めとこうね」
そう言われて、少年は反射的に鼻に手をあてかけたが、
その手を押さえつつ海狸がティッシュを詰める
「さて・・・、誘惑に耐えきった褒美として、
本当に触らせてやりたい所ではあるが・・・、
お主の頑張りを無駄にしとうはないし、まだ次も控えておるからのう?」
「あ~・・・、そのことなんだけどさ、真狐ちゃん、
もうちょっと休憩挟んだ方がいいと思う・・・」
「うん? まさかお主、それほど激しい誘惑をかけるつもりか・・・?」
真狐が眉間にシワを寄せながら海狸に問いかけるが、
海狸は苦笑しながらそれを否定する
「ううん・・・、ボクや史くんがどうってわけじゃなくて・・・、
とにかく、あっちを見れば分かると思う・・・」
そう言いながら海狸が指さす方向を見ると、玲香の姿が目に入る
それと同時に二人は海狸の言いたいことを理解した
「あ、あわわ・・・・・・、な、なにが・・・、あわわ・・・」
少年よりも顔を赤らめた玲香が、何度も口を開き、
訳の分からないことを言いながら固まっている
「あの娘、今の史くんよりこういうことに耐性がないのかも・・・、
ちょっと待たないとダメだね」
玲香の反応に驚きつつも、少し可笑しいと思ってしまったのか、
真狐と少年は顔を合わせてくすりと笑う
そして3人は、玲香が正気に戻るまで、少しの間待っておくことにした




