第七話 勝負 前編 その1
季節は夏真っ盛り、舞台はとある民家から少し離れた、
ごく普通のコンビニエンスストア
少年は、スマートフォンを片手に一人でそこへ立っていた
誰かに電話をしているらしく、自分の現在地を伝えている
「あ、史くん着いたの? 分かったよ~、
じゃあ真狐ちゃん、教えた通りにやってみて?」
「よし、こうじゃな・・・」
電話からは海狸と真狐の声が聞こえてくる、
どうやら二人は揃って別な場所にいるようだ
「おお、出たぞ・・・、ここが今史陽のいる場所じゃな?」
「そうそう、ね? 本当に居場所が分かるでしょ?」
「本当にこんな小さな機械でそんなことが出来るとはのう・・・、
周りの地図なども見ることが出来るし、恐ろしく便利な道具じゃな・・・」
「でしょ~? あ、史くん? ちゃんと現在地を確認出来たよ~♪
もうお家に戻ってきてもいいからね~? ありがとう~♪」
真狐と海狸は二人とも自宅におり、
スマートフォンの位置情報を確認する実験を行っていた
海狸との電話を終え、少年は家へ戻るべく歩き出す
暑いせいか、やはり人通りは極端に少ない
自分も早く家へ戻り、二人と共に冷たい麦茶でも飲もうと、
これから何をするか思案しながら歩いていると、
ふと、人の姿が目に入った
「・・・・・・」
白っぽい服装に身を包み、美しい黒髪を風に靡かせた背の高い女性が、
座る場所のついたキャリーケースに腰を落とし、小さな影で涼んでいる
あまりじろじろ見ているのも失礼だと思い、少年は目を逸らそうとしたが、
視線に気が付いたのか、女性の方が先に視線を合わせて来た
見ていたことを叱られるかと思い、謝ろうとする少年だが、
女性はにこやかに微笑みながら少年に挨拶をする
「こんにちは、今日も暑いですね」
見知らぬ人が自然と話しかけてきたことに少し驚きつつも、
何となく親しみやすい雰囲気を感じ、少年はすぐに挨拶を返した
「まあ、ご丁寧な挨拶を返していただいて、ありがとうございます、
久しぶりに帰ってきましたが、やはりこの町は良い町ですね」
話し込むつもりではなかった少年だが、
女性がこの町の住民なのか気になり、何の気なしに尋ねてみる
「ええ、と言っても、もう随分前にこの町を離れてしまったのですが・・・、
ここが私の生まれ育った町であることは確かですわ」
どうやら女性は「かつて」の住民であり、現在は違うらしい
「久しぶりに故郷の景色を見てみようと思って、
軽い荷物だけを持って帰省してみたのは良いものの・・・」
「景色をじっくり見るために、駅から歩いて帰ろうとしたのが
あまり良くなかったみたいで、少し疲れてここで涼んでいたのです」
「誰も通りかからなくて少し退屈していましたの、
あなたと話せて気分が良くなりましたわ」
女性がこのような場所で休んでいた理由に納得するとともに、
この炎天下の中、どこまで歩いて帰るつもりなのか、
少年は少し心配になってきた
更に、よくよく見てみれば、女性の頬は少し赤みを帯びており、
話している間も、汗の量が少しずつ多くなっているように見える
そして、履いている靴は長い距離を歩くことには
あまり適していない
少年は、女性の家まではあとどのくらいあるのか尋ねてみた
「私のお家ですか? そうですねえ・・・、道が変わっていなければ、
そろそろ半分を過ぎた所でしょうか・・・」
駅からこの場所までの距離をざっくりと頭の中で考えていたその時、
不意に女性が立ち上がる
「さてと・・・、いつまでもおしゃべりをしていたい所ですが、
もう充分に休みましたし、また景色を眺めながら歩くことにいたしますわ」
「ではご機嫌よう、またどこかでお会い出来ることを
楽しみにしております」
自分の状態があまり分かっていないのか、大丈夫だと思っているのか、
そう言い残して歩き出す女性
少し悩んだが、少年は女性を引き留めることにした
「あら、どうされました? まだ私に何か御用がおありで・・・?」
声を掛けられるとは思っていなかったのか、
女性は不思議そうな顔で少年を眺めている
少年は、女性の顔が赤くなっていることを指摘し、
具合が悪くないか尋ねてみた
「はあ・・・、私の顔が・・・、
そういえば少し火照っているような気はしておりましたが、
てっきり日差しで熱くなっただけかと・・・」
やはり女性は状態を分かっていなかったようだ
少年はまず救急車を呼ぶことを考えたが、
事態はそこまで切羽詰まっているようには思えない
少し考え、冷たい飲み物を飲ませて涼しい部屋で休ませれば
きっと体調が良くなると少年は判断する
何より、信頼出来る二人が知恵を貸してくれれば安心なうえ、
二人の姿は人に見えないので特に問題は起こらないはず
それ以外に良い考えの思いつかなかった少年は、
素直に応じてくれるかどうか考えつつ、
自分の家で休んでいかないか女性に尋ねてみた
「まあ・・・、よろしいのですか?
そのお誘い、ありがたく受けさせて頂きますわ」
思った以上にあっさりと受け入れられ、
少年は少し肩透かしをくらったような気分になる
しかし、出来るだけ早く女性を休ませようと、
少しでも負担を軽くするために女性の荷物を
預かることを申し出てみた
「あらあら、荷物まで持って頂けるなんて、
小さくても、とても紳士的なお方なのですね♪」
この申し出も、女性は快く受けいれる
万が一ひったくりや持ち逃げなどに遭った場合、
この女性はどうするつもりなのか少し気になり始める少年だが、
ひとまず気にしないことにしたようだ
女性は少年に荷物を渡すと、再びにこやかな顔で微笑む
「少し重いから気を付けて下さいね?」
少年は少し身構えながら、荷物をしっかりと掴んでみる
多少は重いと言えるが、ローラー付きのキャリーケースなので、
引っ張れないほどではない
安心した少年が女性を案内しようとして歩き始めたその時、
女性ははっとした顔で口元を抑えた
「まあ・・・、私としたことが、名乗ってもおりませんでした」
「ご挨拶が遅れて申し訳ございません・・・、私の名は玲香・・・、
神楽玲香と申します」
自分の名前を名乗りながら、玲香は深々とお辞儀をする
その丁寧な動作を呆気に取られながら眺めていた少年だが、
あることに気が付き、思わず目を止めてしまった
体を傾けた玲香の胸元から、胸の谷間が見えてしまっている
真狐や海狸といった胸の豊かな女性に囲まれていたためか、
今まで特に注視していなかったが、玲香もまた、
非常に豊かで魅了的な胸を持つ女性であることに気付く
少年は頬を赤らめて目を逸らそうとしたが、
自分も名乗らなければいけないということに気が付き、
咄嗟に名乗りながらやや仰々しい形で頭を下げる
「はい・・・、史陽様と仰られるのですね・・・、
きちんと覚えました♪」
「では、史陽様のお家へ参りましょう」
名前を呼ばれる度に「様」を付けられ、こそばゆい感覚がし始めた少年は、
呼び捨てで呼んでもらおうと打診してみたが、玲香は頑なにそれを拒む
「そんな、恩あるお方を呼び捨てだなどと、私には出来ませんわ」
きっぱりとそう言う玲香の笑顔には、どこか逆らえない妙な力があった
おかしな部分で譲ろうとせず、頑固になる玲香に苦笑しつつも、
相手が決して意志の弱い女性でないことに少し安心した少年は、
一声かけると、自宅目指して歩き始めた




