第六話 決意 その6
「ほら史くん、お家が見えて来たよ~♪
真狐ちゃんはお迎えに出てきてくれるかな~?♪」
少年は、気が付くと海狸に手を引かれ、
家のすぐ側まで帰っていた
観覧車を降りた時から、そのまま遊園地を後にし、
電車に乗って家路に着いてから今この瞬間まで、
少年はほとんど何も覚えていない
ただただ、海狸に導かれるまま進んでいたようだ
「お家に帰ったら、史くんを独り占めにしてるこの時間も終わりか~・・・、
ちょっと残念だな~・・・」
名残惜しそうにそう呟く海狸だが、
その顔には満足そうな笑顔が浮かんでいる
「でも、きっとまたいつかそんな日も来るよね♪」
そう言いながら、海狸はしっかりとした歩みで少年の家を目指す
少年は、海狸の言葉にしっかりとした声で返事をした
「うん、約束だよ? おっと、そんなこと言ってたら着いちゃった♪」
あれこれと話している内、二人は無事に家へ辿り着く
そして少年は、入り口の塀を曲がる直前に、
外で二人を待っているであろう真狐に元気よく声を掛けた
「うむ、よう帰って来たのう史陽よ」
真狐もまた、少年が声を掛けてくることを見越してか、
特に驚くこともなく二人を迎え入れる
「半日程度とはいえ、お主の顔を見れないというのは
やはりなかなか寂しかったぞ?」
「じゃが・・・、それなりの成果はあったようじゃな?」
少年と海狸の、軽く繋がれた手に視線を向けながら、
真狐はそう言いつつほほえみかけた
「あ・・・、もうボクは大丈夫・・・、だから史くんも、
真狐ちゃんの所へ行ってあげて?」
その視線に気づいた海狸は、少し名残惜しそうにしながらも、
すぐさま少年の手を離す
少年は、一度だけ頷くと、すぐに真狐の元へ駆け寄った
「ふふ、お主もわしに会えず寂しかったかの?♪
それはそれで嬉しくあるが、男があまり女々しいようでは・・・」
軽くたしなめるような口調ではあるが、
真狐の顔には明らかな喜びが浮かび上がっている
(うん・・・、やっぱり二人はとっても強い縁で結ばれてるんだ・・・、
それこそ、ボクが間に入った所で切れないような・・・)
その様子を少し離れた場所から見る海狸の顔は、
安心したような、残念なような、複雑な笑顔になっていた
「それで海狸よ・・・、自分の気持ちに決着はついたか・・・?」
少年とじゃれ合っていた真狐が、不意に海狸へ質問を投げかける
海狸は短く返事をすると、まっすぐな目で二人を見つながらこう言った
「うん、ボク、やっぱり真狐ちゃんも好きだけど、史くんも好き・・・」
「だから・・・、真狐ちゃんと「真実の愛」を育む中で、
史くんにボクの方を見る余裕があったら、
ほんの少しでいいから見てもらいたい・・・」
「・・・あと、「真実の愛」じゃなくていいから、
ボクに分けてくれる愛がある時はそれも欲しいな・・・、なんて♪」
「図々しいのう・・・、史陽よ、どうする?
わしはもちろんお主の意見に任せるぞ」
真狐は海狸との話を切り上げ、今度は少年に話しかける
少年は、少しの間考え込んでいたが、改めて海狸に声を掛けると、
愛を分けるかどうかはともかく、海狸の気持ちをきちんと受け入れ、
そして見ることを宣言した
「本当に・・・?♥ わぁ・・・♥
あ、でも・・・、真狐ちゃんは本当にそれでいいの・・・?」
少年の言葉に小躍りする海狸だが、
すぐに動きを止め、ややきまりの悪い真狐に尋ねる
しかし、対する真狐は余裕そうな表情でこう返した
「ふん、お主がいくら割って入ってきた所で、
わしと史陽の愛はちっとも揺らがんわい」
「それに、わしは史陽の全てを自分のものにしたいとは
露ほども思っておらん、そんな窮屈な束縛はお互いのためにならんからな」
「まあ、それと・・・、これはあの時言ったことじゃが・・・、
もう一度言ってやろうか・・・」
「わしも・・・、唯一の友人であるお主のことは大事にしたい・・・、
わしだけでなく、史陽もお主を気にかけてくれるのなら、
それはそれで嬉しくもあるのじゃよ・・・」
頬を掻きながら、照れくさそうにそう告げる真狐
「真狐ちゃん・・・、ありがとう・・・・・・♥」
海狸の胸に、不思議な感情が湧いてくる
それは少年と二人で過ごした時とはまた少し違うが、
とても暖かく、心地よいものだった
「ま、史陽はわしと同じくらい広い心の持ち主じゃ、
お主にも、ほんの、ほんのわずかに愛を分け与える余裕もあるかもしれん」
「え~? 史くんは心が広いと思うけど、
真狐ちゃんはそんなに心が広かったかなぁ?♪」
「ほう? 何ぞ文句でもあるのか? なら言うてみい」
「だって真狐ちゃん、ボクの悪戯、結構根に持ってること多いじゃない」
「戯けが、お主のは悪質すぎるわ、
あんなものをそうやすやすと忘れてたまるものか」
「え~ん、真狐ちゃんが意地悪するよ~、史くん助けて~」
わざとらしい泣き真似をしながら、少年に助けを求めようとする海狸
二人のやり取りを微笑ましく思ったのか、少年は思わず笑ってしまった
「あ~、史くんまでボクを笑うの~? ひど~い」
「ほっほっほ、悪戯に関しては史陽も被害者じゃからのう、
わしの味方になるのは当然じゃろうて♪」
そう言いながら、真狐は少年の肩を掴み、軽く自分の方へと寄せる
笑顔でじゃれ合いを続けていた3人だが、、
玄関先で騒いでいることに気付き、誰とはなしに家の中へ場所を移した
誰が待っているわけでもないが、海狸と少年は、
二人そろって同じ挨拶をしながら玄関の戸をくぐる
しかし、その声に疑問を抱いた真狐が海狸に声を掛けた
「ちょっと待て・・・? 史陽が言うのは分かるが、
お主が「ただいま」とはどういう意味じゃ・・・?」
「え~?♪ もちろん、今日からボクもここに住もうと思って♪」
真狐の言葉に、海狸が気軽な口調でとんでもない返事をする
真狐と少年は、二人そろって驚いたが、
海狸は気にも留めず居間へ入っていった
呆気に取られていた二人のうち、真狐が先に我に返ると、
すぐに海狸の後を追う
その後を追うように少年も部屋に入ると、
海狸はすでにテレビを付けてくつろぎ始めていた
「お~、やってるやってる、これ結構好きなんだよね~♪」
「テレビなんぞ見とる場合か、一緒に住むとはどういうことじゃ?」
「どういうって、そのまんまの意味だよ~?♪」
「それは分かっとる、なぜ一緒に住むと言い出したのか聞いておるのじゃ」
「だって・・・、ボク、普段からホテル住まいだし、
寂しいから二人と一緒に住みたいの・・・、だめ・・・?」
突然涙目になって懇願しだした海狸に、
真狐はたじろいでしまい、言葉の勢いが弱くなってしまう
「ぐっ、こやつ・・・、また安易に泣き落としなど・・・、
ええい、史陽よ、お主はどうしたい・・・?」
攻め切ることが出来ないのか、少年の意見に任せるつもりなのか、
真狐が苦々しい声で少年に尋ねる
少年は、海狸の同棲を拒むことが難しいという思いはあったが、
同時に、恐らく過剰な迷惑はかけないだろうと判断し、
海狸の申し出を受け入れることにした
そのことを告げた瞬間、海狸は顔を輝かせながら立ち上がり、
反対に真狐は肩を落とす
「やった~♪ 史くん大好き~♥」
「はぁ・・・、そう言うとは思うておったが・・・、
まあいい・・・、史陽の意見を尊重しようではないか」
「じゃが海狸よ、間違っても一緒に風呂へ入ったり、
床に就いたりしようと思うでないぞ?」
同棲は許容しても、譲れない部分はきっぱりと海狸に告げる真狐
それを聞いた海狸は、悪戯っぽく笑いながら返事をした
「は~い♪ 残念だな~♪
折角史くんに添い寝してあげようと思ったのに~?♪」
「そこまでは許さんからな? それは肝に銘じておくのじゃぞ?」
「別に手を出したりするつもりはないのにね~?♪
ねえ史くん・・・?♥ キミさえよかったらさ、真狐ちゃんに内緒で・・・♥」
突然少年に話を振って来た海狸は、それ以上何も言わず、
代わりに指で自分の唇を軽くなぞる
その仕草に、観覧車でされたことを思い出した少年は、
思わず体が跳ねてしまった
「内緒で何をするつもりじゃ・・・? 怒らんから言うてみい?」
「えっへへ~、な・い・しょ♪」
海狸を睨み付ける真狐と、涼し気な顔でそれを流す海狸、
そして頭を振って先刻の記憶を振り払おうとする少年
少年の騒がしい日常は、ますます騒がしくなっていった




