第六話 決意 その5
「いえいえ、お礼なんて結構ですよ~」
無事に見つかった女の子の両親にお礼を言われ、
海狸は当然のことをしたまでと両親に告げる
「おとうさんたちが見つかって良かったね、
じゃあお姉ちゃんたちはもう行くよ、ばいば~い♪」
海狸は最後に女の子の頭を撫でると、元気よく手を振る女の子に
手を振り返しながら、別れを告げて迷子センターを出た
「ふ~、無事に見つかって良かったね~、これで肩の荷が降りたよ♪」
女の子をあやす所から、迷子センターまで行き、両親が見つかるまでの間、
結局ほとんど全てをこなした海狸に、少年もお礼を言う
「史くんまでお礼なんか言っちゃって~、別にいいのに♪」
「でもそうだな~・・・、それじゃあご褒美に、
ボクの頭を撫でてくれる~?♥」
そう言いながら、海狸はしゃがみ込んで頭を少年に向けて来た
一瞬戸惑ったが、無事に迷子の両親を見つけてくれたお礼にと、
少年は海狸の頭を撫で始める
「・・・えへへ♥ こうして頭を撫でられていると、
昔のことを思い出すな~・・・♥」
目を細め、頬を染めながら思い出に浸る海狸になぜか色香を感じ、
少年は少し動揺してしまう
それでも、海狸が満足するまで、少年は必死で無心になりながら
頭を撫で続けた
「もういいよ♥ ありがとう・・・♥」
しばらくして、ようやく満足した海狸は少年にお礼を言って立ち上がる
少年は、海狸に返事をしてから、次は何に乗るか尋ねてみた
「そうだね~、その前に時間を見ておこうか、
・・・ん~、思ったよりも時間過ぎちゃったね」
迷子の女の子を送るのに時間がかかってしまったのか、
二人が思っているよりも時間が過ぎていたらしい
「お客さんは多くないとはいえ、そろそろ人も増えて来る時間帯だし、
人気の乗り物は並び始めるころかな」
「早めに帰った方がいいだろうし、アトラクション巡りはここまでにしといて、
一つか二つ乗って、後は真狐ちゃんと来た時のお楽しみにしとこうか?」
海狸の意見に賛同し、少年は改めて何に乗るか希望を聞いてみる
「う~ん・・・、ボクが絶対に乗りたい奴、1個だけあるけど・・・、
あれに乗ったら多分他の奴には乗れなくなるよ? それでもい~い?」
その問いかけに、少年が二つ返事で頷くと、
海狸は笑顔を浮かべながら少年の手を取った
「わ~い♪ じゃあ早速行こうね♪ こっちこっち♪」
海狸に引っ張られ、少年は足がもつれそうになりながら着いていくが、
ふと顔を上げると、やや大きめの観覧車が目に映る
少年は、歩きながら、目的のアトラクションが観覧車なのか
海狸に尋ねてみた
「おっ、意外とするどいね~?♪ 大正解~♪
ここの観覧車、そこそこ人気だから人も多くて、
この時間だと少し並ばなきゃいけないんだ~♪」
「史くんとここに来るなら、あの観覧車だけは
絶対に乗りたいって思ってたんだ♪ 楽しみだな~♪」
はっきりとそう言ってのける海狸の顔には満面の笑みが浮かんでいる、
どうやら本当に楽しみにしているらしい
待ちきれないのかつい早足になってしまう海狸に、
少年は一生懸命着いて行った
「思ったよりもすぐ乗れて良かった~♪ ほら、段々上がっていくよ~♪」
「やっぱり高いところは気持ちいいね~♪
遠くまで景色が見えちゃうし♪」
丁度人が少ないタイミングだったのか、二人はあまり待つことなく
観覧車へ乗り込めていた
小さなゴンドラの中で、二人は思い思いに外の景色を眺めている
少しの間、二人で歓声を上げていたが、不意に海狸が口を開いた
「ねえ史くん、ちょっといい?」
窓から外を眺めていた少年は、海狸の呼びかけに応じて向き直る
すると、姿勢を正し、真っすぐに少年を見つめる海狸が目に入って来た
今までの明るい雰囲気とは少し異なる何かを感じ、
少年も姿勢を正す
「今日一日さ、キミと一緒にデートをしていて良く分かったの・・・、
ボク、やっぱり史くんのことを諦められない・・・!」
「一度冷静になって、二人のために身を引こうと思ってたけど、
やっぱり無理だった・・・」
「ボクに振り回されても嫌な顔をせずに付き合ってくれるところとか、
ちょっとしたワガママだって聞いてくれるところとか、
それと・・・、誰か困っていたら、自然に手を伸ばせる所とか、
そう言う所が好きなんだ・・・」
はっきりと具体的に好意を示され、少年の頬が紅く染まる
少年は、気恥ずかしさを感じながらも、海狸の言葉に耳を傾け続けた
「だからもう一度聞くよ・・・? キミの心に・・・、
ボクを好きだっていう気持ちは少しでもある・・・?」
先日とは違う形で、真っすぐに自分の気持ちをぶつける海狸
その表情は真剣そのものだが、どこか隠しきれない不安を
抱いているようにも見える
自分の気持ちを落ち着かせながら、
少年は今日一日海狸と接して感じたことを振り返ってみた
乗り物を廻る時のこと、レストランでの出来事、
そして迷子の女の子を助けた時のこと、
こちらをからかうような所は真狐と似たり寄ったりだが、
積極的に自分を主張したり、引っ張ろうとする部分や、
恋人として隣を歩もうとする真狐とは根本的に異なる
少年は一度深く息を吐き出し、改まって海狸に向き直ると、
積極性のある所や、行動力のある所など、海狸にも真狐とは違った魅力があり、
そういった部分に少なからず好意を持っていることをはっきり伝えた
「・・・えへへ・・・♥ ありがとう・・・♥ とっても嬉しいよ・・・♥」
「ほんと・・・、嬉しいのに・・・、なんでだろう・・・、
涙が出て来ちゃったの・・・」
自分の想いがはっきりと伝わり、応えてもらったことに対する
嬉しさや安心など、様々な感情がないまぜになって
目の端から零れ落ちる
海狸の涙を見るのは二度目だが、今度のものは、
とても暖かいものだということを、少年は分かっていた
「ん・・・、もう大丈夫・・・♥」
「まったく、デートの最中に泣いちゃうなんて、
もうちょっとしっかりしないとダメだね♥」
一度目と違い、すぐに泣き止んだ海狸は、
自分を責めるような言葉で冗談を口にする
少年が軽く首を振って海狸の言葉を否定すると、
海狸もそれを素直に受け取り、すぐに笑顔を取り戻した
「そっか、ありがとう・・・♥ あっ・・・、
観覧車、いつの間にか下がってきてるね・・・、
頂上の景色を見逃しちゃった・・・」
そう言いいながら海狸が外の景色に目を移したので、
少年もつられて窓の外へ視線を向ける
海狸の言う通り、既に景色は下がり始めており、
少しずつ地上が近づいていた
「折角二人きりで乗れたのにもったいない・・・、けど、
これは次に来たときの楽しみが出来たってことにしておこっか♪」
その意見に賛同しながら、少年は近づき続ける地上を眺め続ける
このゴンドラが地上へ着けば帰らなければいけない、
そう考えると、少年はふと寂しさを覚えた
「うん・・・、今日はもうおしまい・・・、
もっと遊んでいたいけど、そろそろ帰らないとね・・・」
すると、無意識の内にその思いが漏れていたのか、
海狸が自然と応答する
少年は、もう一度海狸に向き直ると、
今日ここへ連れてきてくれたことへのお礼を述べた
「ふふっ、そう改まってお礼を言われるとなんだか照れちゃうな・・・♪」
「まあ、素直に受け取っておくよ♪ それとさ・・・、
今度は本当に皆で来ようね♪」
「でもその時も・・・、この観覧車だけは
ボクと二人きりで乗ってくれると嬉しいな・・・♥」
海狸の言葉に、少年ははっきりと返事をし、
もう一度二人で観覧車に乗ることを約束する
「わぁ♥ 嬉しい・・・♥ じゃあ、誓いの証にさ・・・♥」
その言葉が終わる直前に、突然海狸は身を乗り出し、
豊満な胸を押し付けるように少年へもたれ掛かって来た
大胆な行動に虚を付かれた少年の耳元へ、
海狸が静かに、甘く囁く
「地上へ戻るまでの間・・・、ボクに身を預けて・・・、
動かないでね・・・♥」
海狸の吐息が耳に触れた瞬間、
少年の全身を、不思議な感覚が電流のように駆け巡る
その感覚に動揺したのか、咄嗟に離れてもらおうとしたのか、
少年が何かを言おうと口を開いたが、
その瞬間、海狸が次の行動に出たことで二の句が継げなくなってしまう
「ん・・・♥ ちゅうっ・・・♥」
海狸の柔らかい唇が、その形をはっきりと変えるほど、
少年の頬にぴったりとくっついてきた
「ちゅっ・・・♥ むちゅうっ・・・♥」
そしてそのまま離れることなく、昼間二人でジュースを飲んだ時のように、
幾度となく吸い付いてくる
自分の頬が吸われていることに対する興奮、
誰かに見られてしまうことへの恐れ、
そして自分の置かれた状況についての疑問
様々な感情が少年の頭を駆け巡るが、
口から出てくるのは意味のない唸り声ばかりで、
どれ一つとして言葉にすることは出来なかった
「ちゅっ・・・♥ ちゅぱっ・・・♥
えへへ~♥ 史くんに~・・・、ちゅ~しちゃったぁ・・・♥」
ゴンドラが地上に着く少し前に、海狸は少年の頬から唇を離すと、
妖艶な笑みを浮かべながら、少年に伝えるように、
そして自分に言い聞かせるようにゆっくりとそう言ってのける
興奮気味なのか、いつもの余裕たっぷりな言葉遣いとは違い、
少々呂律が回っていなかった
「あはぁ・・・♥ 史くんお顔が真っ赤だよ~・・・?♥
ボクにちゅ~されてそんなに嬉しかったの~・・・?♥」
からかうように頬の紅潮を指摘する海狸だが、
少年は既に放心状態となっており、何の反応も返ってこない
「ぼ~っとなっちゃうくらい嬉しかったんだね~・・・・・・♥
ボクと一緒だ~・・・♥」
「ボクも・・・、史くんにちゅ~してた時・・・、
うっかり時間を忘れそうになるくらい嬉しかったんだもん・・・♥」
嬉しそうにそう言う海狸の頬は、
少年と同じくらい紅くなっていた・・・




