第六話 決意 その1
季節は夏真っ盛り、舞台はある町からやや離れた場所にある小さな遊園地
少年と海狸は、二人でそこへ遊びに来ていた
「ほら着いたよ、今日はここで目一杯遊ぼうね」
少年は、自分たちの町からそう遠くない場所に遊園地があったことに驚きつつも
どのアトラクションから回っていくか、早くも目を輝かせている
「ここなら、史くん家からも日帰りで来れる距離だし、
人もそう多くないから真狐ちゃんと来ても大丈夫でしょう?」
「まあ、真狐ちゃんの好きそうな食べ物はあんまりないかもしれないけどね」
いつもの制服姿とは異なる、わずかではあるが露出の上がった
少し大胆な恰好をした海狸
普段の少年なら、恥ずかしがって目を合わせられないかもしれない恰好である
しかし少年は様々な乗り物を前に高揚しているのか、
時間が惜しいと言わんばかりに海狸の手を引っ張った
「わあ、ま、待って、分かったから・・・」
そんな少年とは対照的に、海狸の顔にはいつもの笑顔が浮かんでいない
いつも積極的に他人を巻き込もうと行動を起こす海狸が、
この時ばかりは何故か少年に引っ張られていた
時間は少し巻き戻り、今朝の話になる
朝食の間に、両親へ友達と遊びに出かけると、嘘とも真実とも言えない
今日の予定を告げた少年は、部屋に戻って着替えをしていた
「ふむ、外行きの服へめかし込むのか・・・?
いや、お主のことじゃから、徹底的に遊ぶため、
動きやすい服を選ぶつもりじゃな?」
箪笥の中から服を引っ張り出しつつ、少年は真狐の言葉を肯定する
「まあそうじゃろうの・・・、遊び倒すのは良いが、
暑さにやられんよう気を付けるのじゃぞ」
服を取り出した少年は、真狐に元気の良い返事をしながら
さっさと着替えを始めてしまった
そんな少年に微笑ましい視線を向けていた真狐は、
部屋の隅でじっとしていた海狸にも声を掛ける
「ほれ、何をしておる、お主も早よう着替えんか、海狸」
「えっと、う、うん・・・」
「お主はきちんとめかし込むのじゃぞ? 予行演習とはいえ、
史陽との初デートであることに変わりはないのじゃからな?」
「うん・・・、でも、ほんとにいいの・・・?」
「昨日から何度も言っておろうが、今日一日で、とは言わんが、
とにかく、自分の気持ちに決着を付けることじゃな」
「・・・・・・うん・・・」
海狸が懐から2枚の葉っぱを取り出し、手を放したかと思えば、
次の瞬間、海狸の体を突然煙が包み込む
「・・・まあ、こんなもの、かな・・・?」
そして煙が晴れるとやや露出度の高い、派手な恰好の海狸が現れる
「お主、相変わらず薄っぺらい恰好が好きじゃのう」
「真狐ちゃんの恰好が暑苦しすぎるんだと思うよ・・・?
今の季節は夏なのに・・・」
「ふん、普段から肌を露出しないからこそ、
そういう状況で見せる時の落差が大きいと言うものよ」
「でも、こうして派手な恰好をしておけば、
勝手に男の方から寄ってきて便利だよ?」
「確かにそういう面もあるじゃろうな・・・、じゃが・・・、まあいい、
そんなことよりも史陽よ」
二人で何か議論を交わしていたかと思えば、
突然自分に矛先が移り、少年は驚きながら返事をした
「海狸のこの恰好はどうじゃ? お主にとっても好ましいものか?
よ~く見て、感想を言ってみるがよい♪」
「ちょ、ちょっと真狐ちゃん、そんなこといきなり・・・」
「いいから、ほれ、この胸元なんぞ、
屈んで話しかけられたら胸の谷間が思い切り見えてしまいそうじゃな?」
「それにこのスカートも、お主の高さなら、階段なんぞで前を歩かれては、
思い切り下着が見えてしまうのう?♪」
海狸の妖艶さに注目させようと、真狐は性的な部分に注目させている
少年は思わず、頬を赤らめながら目を背けてしまった
「これ、めかし込んだ女子から目を背けるとは何事か、
きちんと見て、きちんと褒めてやるがよい♪」
恥ずかしがる少年とは対照的に、面白がって海狸に注目させる真狐
しかし、当の海狸は居心地が悪そうに狼狽えていた
普段の海狸なら、むしろ積極的に少年をからかうような状況のはずだが、
何も言わず、ただ二人の行動を見ている
「ほれほれ、早う褒めてやらんか♪ 海狸も待ち遠しいようじゃぞ?」
「えっ、いや、別に、そんな・・・」
真狐の言葉をやんわりと否定しようとした海狸だが、
真に受けたのか、少年は姿勢を正し、はっきりと海狸を褒める
少年の称賛を受け、海狸は目を逸らしつつ、少年にお礼を言った
「あ、ありがとう・・・」
「なんじゃ、お主も褒められたのじゃからもっと嬉しそうにせんか」
「う、うん、ごめん・・・」
「まあ良い、さて史陽よ、今日はどこへ行くのか当てはあるか?
ないのなら、仕方ないからこいつに聞けばよい」
具体的な計画は決まってないらしく、少年はそのことを海狸に伝えると、
一日中遊んでいられる場所がないか尋ねてみる
「え、それなら・・・、うーん・・・、ああ、
小さいけれど、それなりに遊べる遊園地があったかな?」
遊園地、という言葉に目を輝かせた少年は、
身を乗り出してどこにあるのか海狸に尋ねた
「うん、そう遠くないから、今から出発すれば、電車で近くの駅まで行って、
そこから歩けば着く頃には開園時間だと思う・・・」
「ほう、おあつらえ向きな場所ではないか、
ではそこで決まりじゃな♪」
少年も、真狐の意見に賛同すると、すぐにでも出かけようと海狸を急かす
「う、うん、じゃあ、真狐ちゃん、その・・・」
「うむ、二人で楽しんでくるが良い♪
わしは今日、テレビでも見てのんびり過ごすとしよう♪」
「分かった・・・、じゃあ行って来るね・・・」
そう言うと、玄関から出るわけにはいかないのか、
海狸は開け放った窓から軽々と飛び降りる
「では史陽よ、お主も行くが良い、それと・・・、
一応海狸のこと、よろしく頼むぞ?」
少年も、真狐に軽く返事をしてから部屋を出た
(真狐ちゃん・・・、ボクのこと怒ってないのかな・・・、
史くんもボクのこと、煙たがっていないのかな・・・)
少年が家を出るまでの間、家の外で待つ海狸が一人問答している
(昔は他人が考えていることなんて手に取るように分かってたのに・・・、
どうして今一番知りたい人の考えが分からないんだろう・・・)
(ううん、今はそんなことより・・・、自分の気持ちに踏ん切りを付けなきゃ)
(ボクの大好きな二人が真実の愛を育むんだもん・・・、
これ以上邪魔するわけにはいかないよね・・・)
そう考えを固めた海狸に、玄関から出来てた少年が横から小さく声を掛けた
「あ、もう来たんだね・・・、ちゃんとご両親に挨拶してきた・・・?
うん、そう、じゃあ行こうか」
二人は並んで歩き始めたが、真狐の時とは違い、
少し離れて歩く二人にはどこかぎこちなさが見える
「とりあえず、駅まではバスで、そこから電車、後は歩きね、
タクシーでもつかまれば使ってもいいけど・・・」
特にそこまでは求めないのか、少年は歩きでも問題ないことを海狸に告げた
「そう? まあ史くんは元気な盛りだし、
ちょっとくらい歩いてもへっちゃらかな?」
「あと言い忘れていたけど、今ボクの姿は誰でも見えるようにしているから、
万が一知り合いに会ったときの言い訳は何か考えておいてね?」
その言葉に少し驚く少年だが、よく考えれば、そうしなければ
バスに乗ることも、料金を支払うことも出来ない
少年はバス停へ着くまでの間、あまり動かない頭を捻って
良い言い訳を考えていた
そんな少年に少し悲し気な微笑みを向けながら、
海狸は心の中でこう呟く
(今日一日で、キミへの想い、諦められるように頑張るよ・・・)




