第五話 来襲 その3
少年は、目が覚めると見覚えのある天井が目に映ったので、
ゆっくりと起き上がる
「目が覚めたか・・・、起き上がっても大丈夫か・・・?」
少年が声のする方に視線を向けると、
優しい顔の真狐が目に写った
「またとんでもない目に合わせてしまって悪かったの・・・、
調子が悪くなったらすぐに言っておくれよ・・・?」
自分を気遣う真狐の言葉を素直に受け取ると同時に、
少年は直前の記憶を取り戻し、海狸はどうしたのか真狐に尋ねた
「ああ、あ奴なら・・・、ほれ、そこの部屋の隅におるよ、
それとついでに、何があったのかはもう全て聞いたからの」
少年が真狐の指さす方に目をやると、
部屋の隅で暗い顔をして縮こまった海狸が見える
「あ・・・、史くん・・・、その、ごめんね・・・、
色々と・・・」
少年と目が合うと、黙り込んだままでは悪いと思ったのか、
海狸が小さな声で少年に謝った
「さて、史陽も起きたことじゃし、
海狸よ、本格的に話をしようか・・・?」
「う、うんっ・・・! その、ほんとに・・・、
ほんとにほんとにごめんなさい・・・」
真狐に名前を呼ばれた瞬間、海狸が小さく跳ね上がり、
謝罪の言葉を漏らし始める
「ふんっ、お主の謝罪も当の昔に聞き飽きておるわい、
さて、史陽よ、お主にも話を聞いてもらいたいのじゃが、
調子はどうじゃ?」
体調について尋ねられ、問題がないことを告げるとともに、
少年もまた真狐に謝った
「んん・・・? 突然謝ってどうしたのじゃ・・・、
ああ、先ほどの一件か」
「心配せずとも、お主が不貞を働いたとは露ほども思うておらん、
それと・・・、何もかもこやつだけが悪いわけではないことも、
一応把握しておるから安心せい」
まるで胸の内を全て見透かしたうえで、
少年を気遣う真狐
真狐の言葉に安心した少年は、一息ついて胸を撫で下ろしたが、
次の瞬間、少年は大きく驚くことになる
「それでな・・・? お主に折り入って頼みがあるんじゃよ・・・、
明日のデート、3人で行くようなことを言っておったが、
こやつと二人で好きなところに行ってもらえんか?」
その言葉に、少年だけではなく、海狸も大きく驚いた
「えっ! 真狐ちゃん・・・!? それ、どういう・・・」
「お主は静かにしておれ・・・! 史陽が起きたら黙って話を聞くという
約束じゃったろう・・・!?」
「あ・・・、うん・・・」
驚きのあまり大きな声を上げる海狸を、真狐が一喝して黙らせる
そして、再び少年へ向き直ると、もう一度海狸とのデートを頼み込んだ
「どうじゃろうか・・・、気が進まぬかもしれんが、
この頼み、何も聞かず引き受けてはくれまいか・・・?」
何故真狐が突然そのような申し出をしたのか分からない少年は、
狼狽えながら頭の中で考える
そして、理由は分からなかったが、真狐を信じている少年は、
何か考えがあったの行動だと思い、ゆっくりと頷く
「そうか、引き受けてくれるか・・・、
変なことを頼んですまんな・・・、じゃがお主ならきっと・・・」
「ま、真狐ちゃん・・・? なんでこんなこと・・・」
安心したような表情の真狐とは対照的に、
狼狽えた様子の海狸が尋ねる
「ふんっ、こうでもしてやらんと、お主も踏ん切りがつかぬじゃろうが?」
「で、でもっ! そんな、史くんとデートだなんて・・・」
「混ざる気ではおったくせに、柄にもなく気を遣いおって、
ともかく、明日は自分の気持ちに決着を付けるのじゃな!」
「う・・・、うん・・・、でもやっぱり・・・」
きっぱりとそう言い切る真狐だが、海狸は迷っているのか、
煮え切れない態度を取り続けていた
そんな海狸を余所に、真狐が少年に声を掛ける
「そういうわけで、3人でデートをする前の、
予行演習とでも思っておくれ」
「お主は特に気負う必要はない、いつも通り接してやれば
多分大丈夫じゃ」
真狐に気軽な声を掛けられたが、多少は気になる所が残っているのか、
少年はやや歯切れの悪い返事を返す
「それと・・・」
そんな少年に、真狐が顔を近づけ、耳元でこう囁いた
「お主の心がきちんとわしの方を向いておるのは理解しておる、
明日のデートは決してわしを裏切るような行為ではないと分かっておれば、
それだけで充分ではないか・・・?」
その言葉で迷いは断ち切れたのか、少年は元気よく頷く
「うむ、良い返事じゃ♪」
少年の返事を受け取った真狐は、
立ち上がって手を叩いた
「さあ、そろそろご両親も帰ってくる頃じゃが・・・、
海狸よ、今日はここに泊まっていけ」
「えっ・・・?」
「明日は早くに出てもらわねばならん、
特に問題はないじゃろう?」
「う、うん・・・、それはそうだけど・・・」
「ではついでに明日のデートでどこへ行くか考えておくのじゃな、
わしは一切口を挟まんから、好きな所へ行け」
「え・・・、わ、分かった・・・・・・」
戸惑いながら返事をする海狸と、
何の心配もしていない、明るい顔の真狐
二人の顔を見比べながら、明日は何が起こるのかと、
少年は少し考えてみたが、すぐに止めてしまった
どうやら、明日もまたとんでもない一日になるだろうということだけは
充分理解出来ているようだ
少年は、どこへ行けば良いか、両親をどう誤魔化して出かけるかと、
具体的なことに思考を写す
少年の騒がしい日常は明日も続く・・・




