第四話 強敵 後編 その1
人の気配がする扉の前に立った海狸は、
部屋に入ってからの流れを考える
まずは部屋の内装を確認し、スマートフォンを置くための
手頃な場所を見つけること
そして適当な理由で気を引いて、
さりげなくそこに置いてしまえばいい
例え気が付かれたとしても、誤魔化す方法はいくらでもある
海狸は少年を誘惑する方法などは一切考えず、
ただ、スマートフォンのカメラを通じて真狐が部屋の様子を見ていること、
その点に気付かれないことだけを注意していた
(よし、さっきの反応を見る限りは、
あんまり鋭いタイプじゃなかったから多分大丈夫・・・)
考えをまとめると、海狸は部屋の扉を何度かノックする
すると予想通り、中から少年の声が返って来た
「史陽くん? 海狸だけど、入ってもいいかなぁ・・・?」
ごく自然に、穏やかな声で少年の声に応答する
当然少年は訝しむこともなく、すんなりと部屋に入る許可を出した
「ありがとう~♪ じゃあお邪魔しま~す♪」
部屋に入ってから行う、一通りの流れを頭の中で再確認しつつ、
海狸は扉のノブに手を掛ける
(待っててね真狐ちゃん、
もうすぐこいつの化けの皮をはがしてあげるよ・・・)
そして、一瞬だけ邪な笑みを浮かべながら、海狸は部屋に入っていく
「わぁ~、いいお部屋だね~♪」
部屋に入るとすぐ、海狸は内装を褒めつつ自然に辺りを見回す
海狸の予想通り、取り立てて注目する点のない、
ごく普通の部屋だった
机にベッド、本棚と、個室にありそうなものが一通りそろっている
(この机の物陰に置いておこうかな・・・)
海狸は机の上に設置されている本棚を近くで眺めつつ、
少年から見えづらい方の手で素早くスマートフォンを設置する
「机の上にあるのは・・・、全部教科書か~、
キミ、結構勉強熱心なんだね~♪」
そしてさりげなく少年を褒めながら視線を向けることで、
少年の目を自分の顔に注目させ、手元には目を向けさせない
案の定、少年は照れ笑いを浮かべながら視線を逸らしたので、
海狸の行動には微塵も気付かなかった
(これで良し、と、じゃあ後はベッドに誘導しますか)
「ねえ、ちょっとお話したいことがあるんだけど、いい・・・?」
海狸は唐突に瞳を潤ませながら、
可愛らしい仕草で少年に要望を伝える
先ほどから何度も騙され、からかわれているにも関わらず、
少年は何ら警戒することなく海狸の要望を聞くことにした
「ふふ、ありがとう~♪ じゃあ・・・、
ちょっと長くなるかもしれないから、
そこのベッドに座らせてもらっていいかなあ?」
この要望も二つ返事で了承すると、
少年はベッドのシーツを少し直して座りやすいように配慮する
「もう座ってい~い? ・・・ありがとう♪
じゃあ、キミもこっちに座ってね♪」
さりげなく少年を壁側に座らせつつ、
二人はベッドに腰かけた
居間で様子を見ていた真狐は、画面の揺れが止まり、
いつも眠っているベッドが映ったことで、
海狸が机にスマートフォンを設置出来たと判断する
(相変わらず手際が良いのう・・・)
そして、海狸が少年を誘う声が聞こえてきたかと思うと、
程なくして二人がベッドへ座る様子が映ったことで、
海狸の誘惑が始まったことを理解した
(ここからか・・・、結局拒み切れず
試すような真似をして申し訳ないが・・・、信じておるぞ・・・)
罪悪感に胸を痛ませながら、真狐は瞬き一つせず
スマートフォンの画面を注視し続けた
(しかし・・・、海狸は何故ここまで躍起になっておるのじゃ・・・?
いつもの気まぐれ・・・、にしては少々執着が過ぎる・・・)
不意に疑問が湧き出たものの、画面の向こうで会話が始まり、
真狐は慌てて画面に注意を戻す




