第四話 強敵 前編 その3
「さ~、それじゃあ改めて聞いてみようか?」
少年が部屋へ戻ると、真剣な表情の真狐とは対照的に、
平然とした表情の海狸がすぐ口を開く
「真狐ちゃん、本当はどうしてボクの邪魔をしてたの~?」
「・・・・・・」
「あれくらいのこと、昔はいっつもやってたよね~?」
「・・・そうじゃな」
「だからてっきり、彼のことも体を使って利用しているんだと
思ったのだけど、そうじゃないの~?」
「・・・・・・違う、それにそんなことはもうしようとも思わんわ」
「それじゃあもしかして彼が、真狐ちゃんの呪いを解くための、
「真実の愛」を育む相手だってこと?」
「・・・少なくとも、わしはそう思っておる」
「ふ~ん、あれがねぇ・・・、まぁ、真狐ちゃんが山にいなかったから、
もしかするとそういう相手を見つけたんじゃないか、
とは思ってたんだけれど・・・」
「でもさ~、それだったらなおのこと体を使って好意を持たせた方が
早いと思うんだけど、どうしてやらないの?」
「そんな肉体だけの繋がりは、「真実の愛」とは程遠いものじゃからな・・・」
「昔会ったときは「真実の愛」なんてさっぱり分からないって言ってたくせに、
随分はっきり言い切るんだね~?」
「・・・・・・まあ、な・・・」
一通り聞きたいことを尋ねたからか、
海狸は真狐への問いかけを止め、考えるそぶりを見せる
その間も、真狐は海狸の言葉を受け止めるためか、
一切口を開かずにじっと待っていた
そして、再び海狸が唐突に口を開く
「「真実の愛」っていうのはさ、要するに体じゃない、心と心の、
目に見えない強いつながりみたいなものなのかな?」
「一概には言えんと思うが、それも間違うてはおらんじゃろうな・・・」
「でも、彼だって本当は心よりも真狐ちゃんの体が欲しいんじゃないの?」
「何度言えば分かる、史陽はそんな男ではないわ」
「ふ~ん・・・、ねえ真狐ちゃん、人と妖怪の間に「真実の愛」だなんて、
心と心の繋がりなんて、そんなもの本当に見つかると思っているの?」
今までの軽い口調とは違う、
真剣な言葉が初めて海狸から投げかけられる
「思っておるさ、現にわしの呪いは少しずつ解けておる」
それに対し、真狐も力強く応答した
「本当に? 相手はボクたち「妖怪」とは違う「人」なんだよ?
最初は色目を使っておきながら、後からボクたちの正体を知った「人」が
どういう反応をしてきたか、忘れたわけじゃないよね?」
「無論な、忘れられるわけがない、
しかし史陽は違う、わしを妖怪と分かったうえで、
わしと「真実の愛」を見つけると誓ってくれた」
「それ、相手が「妖怪」だっていうことがどういう意味か、
本当に理解出来ていると思う?」
「少なくともそれなりに出来ているとは思う、
お主とていくらか気付いてはおるじゃろう?
史陽はわしが何度となく忠告したにもかかわらず、
悪戯妖怪だと知ったうえで、お主の手を取ったのじゃからな」
少年が信用に足る理由をはっきりと突き付けたつもりの真狐だが、
対する海狸は、険しい表情をしながら真狐に詰め寄った
「それだよ、真狐ちゃん!」
「な、何がじゃ・・・?」
「彼はさ、実のところボクたちの体が目的で、
優しくしておけばそういう機会が訪れるかもって、
そういう邪な考えを持っていただけかもしれないじゃない!」
「なっ!?」
いきなり突拍子もないことを言われ、
真狐が戸惑う
しかし海狸は至極真面目な様子で言葉を続けた
「だってさ、真狐ちゃんの呪いを解くためなら、
ボクにまで優しくする理由はないと思うよ?」
「優しいゆえに、お主のような悪戯者にも
手を差し伸べただけに決まっておるわ」
「じゃあ、確かめてみない?
もしも彼がボクに誑かされてしまうようなら、
彼とは「真実の愛」なんて育めないってことになるよね?」
「む・・・、まさかお主・・・、
さっきあのようなことをしておったのは・・・」
呆気に取られた表情の真狐に対し、
海狸は邪な表情で口の端を吊り上げる
「ねえ真狐ちゃん、試してみようよ・・・、
彼が本当に真狐ちゃんと「真実の愛」を育むのに
相応しい相手かどうか気にならない・・・?」
「た、試すじゃと・・・?」
「そうだよ~? もしも彼が、出会ったばかりのボクに
欲望を向けるようなことがあれば、
その時点で見切りをつけるべきじゃないかなぁ?」
「し、しかし試すなどと、そんな失礼なことを・・・!」
「でも真狐ちゃんだって一度は試しに誘惑してみたんじゃないの?
それが上手く行かなかったから、さっき、
「体の結びつきだけでは「真実の愛」は得られない」って
はっきり言い切れたんでしょ?」
「う・・・、それは否定できぬが・・・、それでも・・・」
真狐はかなり狼狽え、海狸の提案に難色を示すが、
海狸は更に口の端を吊り上げながらこう返した
「ふ~ん・・・、あれだけ言っておきながら、
彼のこと信用出来ないんだ~・・・」
「なっ! いきなり何を言い出す!」
海狸の発言に憤慨したのか、真狐の語気が荒くなる
しかし真狐の剣幕にも怯むことなく、
海狸は挑発するような笑みを崩さずに言葉を続けた
「だって~、さっきもボクが軽く誘惑しようとしただけで、
随分過剰に止めようとしたじゃない?
あれはつまり、彼があっさり誘惑に応じると思ったからじゃないの?」
「断じて違う、決してそういうつもりで止めたのではない!」
「無理しちゃって~、そうだよね~、男なんてさあ、
自分の欲求さえ満たせれば、意中の相手だろうとなかろうと大して違いはない、
そんな連中ばかりだったもんね?」
「だとしても、史陽はそんな連中とは違う!」
「なら、真狐ちゃんは彼を心の底から信じてるってこと?」
「無論じゃ! 史陽はかつてわしらが見て来たような、
いやらしいことしか頭にない不埒な輩とは違う!」
「じゃあさ~・・・、例えボクが誘惑しても、
彼がボクを拒絶して終わりじゃないの~?」
「うっ・・・」
ここでようやく、自分が挑発されていたことに気が付いた真狐だが、
もはや海狸の言葉を否定出来る段階ではない
「真狐ちゃんは彼のことを信じきっているんでしょ~?
でも僕はまだいまいち信用できないから、試してみたいと思うの」
「つまり、ボクの独断で彼を試すから、真狐ちゃんは全然関係ない、
そういうことでいいんじゃないかな~?」
「うう~・・・、くっ、そ、そこまで言うなら好きにするが良い・・・、
どうせ上手くいかんのじゃからな・・・」
結局海狸の提案を拒絶しきれなくなってしまい、
真狐は恨みがましい声を出しながら、海狸の好きにさせる
「そうこなくっちゃね~♪
じゃあ真狐ちゃん、これ持ってて?」
「む? この小さな板はなんじゃ・・・?
むむ・・・、これは、確かスマホと言う奴じゃったか・・・?」
海狸がポケットから出した小さな機械を手に取り、
まじまじと眺めながら真狐が呟いた
「あれ? 反応薄いね、彼はそれ持ってないの?」
「聞いてみたことはないが、少なくともわしは持っている所を見たことがない、
じゃからわしも本やテレビで聞きかじった程度の知識しか持っておらん」
「じゃあ使い方も全然分からないよね? ちょっと貸してくれる?」
真狐に渡したスマートフォンを返してもらうと、
もう一つ同じものをポケットから取り出し、海狸が画面を指で触れる
何をしているのかさっぱり分からない真狐は、
海狸の行動を黙って眺めていた
「はい、これでよし、じゃあまたこれ持っててね」
「何も変わっておらんような気がするが、
一体何をしておったのじゃ?」
形に変化が見られないから、何をしていたのか理解出来ない真狐が呟く
「裏返して見てごらんよ、さっきと違うから」
少し悪戯っぽい笑みを浮かべつつ、海狸が真狐に言う
言われるがままに真狐が裏側を見てみると、
画面には真狐の頭部が映っていた
「む? これはもしやわしの頭か・・・? 一体何がどうなっておる?」
画面に映る自分の頭に驚いた真狐が顔を上げると、
同じスマートフォンを真っすぐこちらに向ける海狸が目に入った
「ふふっ♪ 驚いたでしょ~?♪ 簡単に言うとね~、
この機械の、この部分が目になっていて、そこに映る映像を、
そっちの機械に送って見れるようにしてるんだよ~♪」
真狐が予想通りの反応をしてくれたからか、
くすくすと笑いつつ海狸が簡単に説明する
呆気に取られた真狐は、感心したような声を上げながら
スマートフォンをまじまじと眺めた
「はぁ~・・・、こんな小さな機械にそんなことが出来るとは・・・、
それはいいが、これで一体何をしようというんじゃ?」
理屈は一応理解出来たようだが、行動の意図が理解できないらしく、
真狐が海狸に尋ねる
「えっとね~、折角だから、ボクが彼を誘惑するところを、
それで見てもらおうと思うんだ」
「なっ!?」
海狸の返答に真狐は驚くが、海狸は気にせず言葉を続ける
「部屋に入ったら、ボクがこれを適当な場所に置いといて、
真狐ちゃんが部屋の様子を見れるようにしておくの」
「いや、何故そのようなことを・・・」
「真狐ちゃんもやっぱり気になるでしょ?
でも一緒に行くわけにはいかないからいい方法だと思うよ?」
「それに真狐ちゃんは彼を信じているんだから、
ボクが誘惑して抵抗される無様なシーンが見れるだけだと思うけどな~?♪」
「ううっ、そ、その通りじゃな!
お主が無様に負ける光景をしかと見届けてやろう!」
ここでも挑発にあっさりと乗ってしまい、
退くに退かれぬ真狐は意地を張ってしまう
「じゃあ決まりね~、あ、そうそう、
これ音もそっちへ伝えることが出来るんだけど、
逆にそっちの音もこっちから聞こえちゃうの」
「だから出来るだけ静かにしていてね?
もし彼が誘惑されそうになったとしても、
声を掛けるのはルール違反だよ?」
「ふんっ、そんなことする必要はなかろう」
海狸の更なる挑発に、そっぽを向きながら真狐が即答した
「じゃあ行って来るから、ここでいい子にしていてね~♪」
「おう、行って来い行って来い、それで無様な姿をさらすが良い」
笑顔で手を振りながら階段を上がる海狸に、
真狐が追い払うように手を振って応答する
しかし、やはり気になってしまうのか、
海狸の姿が消えると、すぐにスマートフォンの画面に目を向ける
(まだ史陽の姿は見えんのう・・・、
ここから出てくる音は、海狸の鼻歌か・・・)
(・・・映像がえらく揺れるのう、これではいつまでも見てられんぞ・・・)
スマートフォンがポケットに入っているからか、
歩く度に揺れ動き、画面も全く安定しない
真狐は何度も目を逸らしながら画面を見ていたが、
部屋の戸を叩く音と、少年の名前を呼ぶ海狸の声が聞こえた瞬間、
画面を凝視し始めた
(部屋に着いたか! ・・・・・・ここからじゃ・・・)
少年のことを信じていても、心のどこかでは不安を抱えているのか、
スマートフォンを握る真狐の手に力が入る
そして少年の声と、扉の開く音が聞こえてくると同時に、
海狸による試練が始まったことを理解した




